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(九) コーチから会長へ

さてさて、ひょんな流れから空道を指導する事になった訳だが、そもそも僕は空道をやった事がない。伝統派空手と総合格闘技の経験はあるが、自分が未経験の競技に対してどこまで有効な指導ができるか未知な部分もあったが、少なくとも今の彼らよりはレベルを上げる自信はあった。

指導を始めるに当たっては条件をいくつか付けた。まず、お金は取らない。これは僕がインドという国で働かせてもらっている事に対するお礼という気持ちがあったのと、日本の会社の支店の責任者としての立場もあるので正規のトレーナーとして責任を取り切れないと感じた為。そして指導は大人の黒帯だけにした。道場主のプラヴィンはお金を支払うから子供のクラスを持ってくれと頼んできたが、それではただの客よせパンダになってしまう。僕の赴任期間は2年と短い。長く続く形で足跡を残そうと思ったらきちんとした技術を持った指導者を作るのがてっとり早い。

最初は20~30名ほどの黒帯が集まっていたが、どんどん数が減っていく。仮にもそれまで指導者として活動していた彼らがいきなり現れた日本人にけちょんけちょんにしごかれるのはプライドも傷ついた事だと思う。だけど僕には金をもらってないという遠慮のなさがあったし、極論、1人チャンピオンを作ってしまった方が後々の技術の発展には貢献すると考えていた。プラヴィンも練習からは離脱していたが場所を仕切る者として練習内容を見学したり、ビデオに撮ったりしていた。

指導を始めて1ヶ月ほどが経ったある日、僕のアパートに一通の封筒が届いた。開けてみると「アーメダバード市・空道協会・会長への就任依頼」だった。とにかくインドではモノゴトが進むスピードが早い。あくまでボランティアで指導を行っていたので向こうからすれば地位はポジションを確保しないといつ気まぐれに僕がいなくなるかわからないという心配もあったのかも知れない。

実はインドの空道連盟の代表はアクション俳優のアクシル・クマールという人物が担っている。アクシル・クマールに空道の経験はない。簡単に言えば版権を買ったという事だ。日本では考えられないがフランチャイズのように武道の看板を買い取り、元祖である日本の組織と繋がる事でブランディング化して生徒を増やしていくという手法だ。例えればセリアAのクラブチームの名前を冠したジュニアのサッカークラブを日本で展開するような感じだ。だが、いくら名前をもらっても肝心の技術が流入していないのでは意味がない。馬にペンキで色を塗ってもシマウマにはならない。
 いいかげんな組織運営だなと思いつつも、会長という肩書に対してオファーがあった事に対しては、日本に確認が必要だろうと感じたので、息子の先生にメールした。返ってきた答えは

「インドでの事については我々は感知しません」

 事なかれ主義(笑)。結局、インドにおいて簡単にサインするとろくな事がないという経験則に基づいて依頼は受諾しなかったが、指導を続ける事については確約した。

 指導を続けて残ったのは実質2人の青年だった。一人は軍人の一家に生まれ、ボクシングでもレスリングでも地方のメダルを総なめにしているアニール。そして、ハエも殺さないという徹底した不殺主義のジャイナ教の家庭に生まれつつも武道を志す不器用な男、プージャン。

 彼らは2017年2月にインドのムンバイで行われる空道のワールドカップへの出場を目指しているという。アーメダバードはインド第7の都市で練習環境にも恵まれていない。そんな場所にたまたま僕が関わる事で夢が叶うならばそれも面白いじゃん。

 若者2人との無謀な挑戦が始まった。

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