見出し画像

「人に弱さを見せる練習をした方がいい」作家・岸田奈美さんが語る、“心の安全地帯”のつくり方

 多くの女性が「隠れ我慢」を抱えているといわれています。
 「隠れ我慢」とは、不調を我慢して仕事や家事をしてしまうこと。ツムラが実施した調査では、全国20~50代女性の約8割が「隠れ我慢」を抱えながら日々過ごしていることが分かりました。
 作家の岸田奈美さんは、体調を崩して休職をした経験から「自分のしんどさを冷静に見極めて、周囲に伝えるようになった」といいます。

「かりそめ頑張りポイント」が無理を加速させてしまう?

──岸田さんは、体調不良などで「隠れ我慢」をしたことはありますか?

 私はあまり大病をしないのですが、小さな不調は抱えがちかもしれません。気圧の変化が原因とみられる片頭痛は特にひどくて、頭が割れそうに痛くなったり、寝ても寝ても眠気がなくならなかったり。

 あとは今でも、過度に没頭して集中してしまう「過集中」の状態になります。例えば、しゃべるのと同じ速さで原稿を書いたり、4000字のエッセイを30分で書き終えたり、普通なら3〜4時間かけてやるようなことも1時間でできてしまうのですが、それが終わった後は動けなくなってしまいます。今はフリーランスなのですが、2年前まで会社員をやっていたときは「過集中」のせいで周囲に迷惑をかけることもあり、隠れて休むことも多々ありました。それでも頑張ろうとして、ミスが増えてさらに迷惑をかけることにもなり、悪循環に陥ってしまっていました。

──振り返ってみて、そうなってしまった原因はどこにあったと思いますか?

 「かりそめ頑張りポイント」のせいですね。つまり、「しんどい」と口にはしつつ「でも、やります」と、その場限りの頑張りを主張してしまうこと。体調が悪くても無理をしている自分の「かりそめの頑張り」を見せることで許されようとしていたんだと思います。自己肯定感がとにかく低かったんですね。

──現在は変わったのでしょうか?

 所属している事務所の代表で編集者の佐渡島庸平さんに「岸田さんが面白くて、でも人を傷つけない文章を書けるのは、岸田さん自身がすごく傷ついてきたからだね」と言われたことをきっかけに、考えが変わりました。

 それまでは肝心なときに体調を崩してしまうのがコンプレックスだったんですが、自分の失敗談やつらかったことを面白く前向きに語れる「作家」のフィールドにいけば、これはチャンスになるんだと気付けた。そうやって徐々に自己肯定感が回復していきました。

画像1

「痛みを持つ人」に寄り添いたい

──20〜30代の女性は「周りに負担をかけたくない」から我慢をしたり、「自分がやらなくちゃ」と頑張り過ぎてしまう傾向が、ツムラが実施したアンケート結果にも出ています。

 休職をしているときに、医師が「メンタル的に落ち込んでいるときは何も判断してはいけない。心が不安定なときに下した判断は大抵間違っているから」と言っているのを聞いて、ハッとしました。

 周りに迷惑をかけたくないからといって我慢してしまう気持ちは本当によく分かるのですが、疲れているときに「我慢をする」という判断自体が、間違っている場合もある。今思い切って休んでしまった方が、後から「あのとき休んでおいてよかった」となるかもしれない。

 一方で、「休んでもいい」という基準は他人が決めることじゃないから、
自分でどう折り合いをつけられるようになるかも重要ですよね。私も「人に迷惑をかけている自分が許せない」と思っていました。だから周りに「休んでもいいんだよ」と言われてもそれができず、自分を責めてしまっていた。そうして倒れてしまったんです。

 そんな私を見た母親に、「あなたがつらそうにしていることが私は一番つらい。あなたが幸せそうにしていることが私の幸せだから」と言われて、目が覚めましたね。

──そういう実体験を経て、今は、自分や周囲とどのように向き合うようになってきましたか?

 自分のしんどさを冷静に見極めて、周囲に伝えるようになりました。人間は複雑だから「こういう症状があって、つらい」となったときに、続いて「だから病院に行きたい」という人と「しんどいことだけ共有させてください」という人、いろいろいます。

 まずは自分の状態を理解して、「私は何をしてほしいか」をちゃんと自分でも分かっておくことが大事。何をしてほしいか自分でも分かっていないのに、不調を訴えるだけだと、かえって自分ががっかりすることもあります。なので私は、自分が「どういう不調なのか」、その上で「周りにどうしてほしいか」を、落ち着いて頭の中で考えるようになりました。

 以前は、他人に期待して、自分が思っていなかった対応をされると怒ってしまうこともあった。それをやめて、前向きに諦めるようになったんです。

──「前向きに諦める」ようになった結果、何か変化はありましたか?

 前向きに諦めつつ、「これは本当にまずい」となったときに、周りにSOSを出すようになりました。日本には黙って察する、我慢することを美徳とする文化もあるので、人に弱さを見せる練習をした方がいいですよね。

 同時に周囲も、SOSを受け取る練習をしなくてはならないと思います。自分も、もし誰かが何か不調を訴えてきたら、分かったつもりにならずに「自分には何ができるかな?」と声を掛けたい。だって、その人の痛みはその人にしか分からないから。「痛み」という事象を見るのではなく、その「痛みを持つ人」に寄り添いたいと思うんです。

 そうやって「心の安全地帯」がつくられることで、「じゃあ病院に行こう」「こういう対処をしてみよう」という発想になるんじゃないでしょうか。

画像2

自分が心地よくいるためにあらゆる手立てを

──毎月やってくる生理やPMSなどの不調に、何か対策はされていますか?

 少しでも不調だなと思ったら、思い切ってお金を使って、初期投資するようになりました。お金をためていても、自分がしんどくなったら意味ないなと思ったからです。

 生理用の吸水ショーツなどフェムテック商品は安くはないけれど、やれることを全部やろうと思って、そこに金銭をかけることはいとわなくなりました。フリーランスでも毎年健康診断に行きます。最初は贅沢かもと後ろめたかった時もありましたが、今は自分が心地よくいられるための環境づくりを心がけようと思いました。

 PMSや生理痛に関しては、自分の判断を信用していません。この痛みが他人と比べてどうかは自分では判断できませんし、この先どうなるかも分からないので、そこはプロに判断してもらう。そのための時間もお金も惜しまない、と決めました。自分の判断で我慢ができると考えてしまうから、隠れ我慢をしてしまうんですよね、きっと。

画像4

岸田奈美・作家
1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科2014年卒。
在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。 2020年9月『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)、2021年5月『もうあかんわ日記』(ライツ社)を発売。

画像3

これがわたしの#OneMoreChoice

 「もうあかんわ」と言う人は弱くも悪くもなく、そう言える人こそが、誰もが生きやすい社会をつくっていけるんだと思います。自分でもそんな人になっていきたいという思いから、この言葉を選びました。

取材・文=川口あい 撮影=Shin Ishikawa

投稿コンテスト「#我慢に代わる私の選択肢」を開催中です!
 体調のよくないときに、考え方を変えた、小さな一歩を踏み出したなど、隠れ我慢をしない、させないための工夫やそれにまつわるエピソードを募集しています。ハッシュタグ「#我慢に代わる私の選択肢」をつけて投稿をお願いします。コンテストの詳細はこちら