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美容室が怖い

ここ二か月ほどの間に一度、市販の染め粉を使って自宅で染髪した。長らく担当してもらっている美容師の顔がチラつく。担当ごめん。(ちなみにまだ正確に名前を記憶していない)

そうした染めた髪もかなり伸び(なんか髪が伸びるスピード早まってる気がする)、この前久しぶりに美容室に行った。しかし通っている美容室は職場の近くで自宅からは遠いため、自宅から自転車で行ける距離にある、行ったことのない美容室に行った。

今日はその時の話。

隣をちらちら見る美容師

初めて行った美容室は駅の近くにあった。雑居ビルの上階に入っていて、まず入り口を見つけるのに10分くらいかかった。

入って一番に驚いたのは働いている美容師についてなのだが、8割男性だった。コンタクトをつけない状態で飛び込むようにして店内に入った、そんな状態のわたしでも分かるほどに、目の前に男、手前に男、奥に男、の美容師ばかりだった。女性美容師は一人いたかな……くらいにしか覚えていない。

あれ?もしかしてメンズ専用の美容室だった?と思ったけどその時には女性のお客さんも複数人いて勘違いだったと安心し、施術が開始した。

ついてくれた美容師の方はわたしの要望に応じた髪色を進めてくれ、髪型についても難なく理解し、早速とりかかってくれたのだが、わたしの髪の面倒を見ながら、とにかく他の美容師の方をちらちらと見る。

染め粉を塗りながら、髪の染まり具合を確認しながら、ちらちら。なんだかなあと思いながらもシャンプーの時間がきた。

顔に水かかってるんですけど

最初に思ったことはまず「水の勢いが強い!」だった。最大量の水を出しているのかというほど耳元で大量の水が流れており、その水が洗面台に跳ね返っているのか細かな水しぶきがめちゃくちゃ顔にかかっている。

しかし、このなんだかウワノソラ美容師の前でわたしはすでに抵抗する気力をなくし、シャンプー台にいる頃には「ハイ、大丈夫デス」と「ハイ、オネガイシマス」の二言しか発せられない人間になっていたため、水量についても水しぶきについても指摘ができない。

そのまま始まるシャンプー、洗い方もまあ雑なものだったので美容師がいる左側はよく洗えているけれど、反対の右側に関しては「さわっ」って感じだった。ほんとうに。

そしてシャンプーやらトリートメントやらを流すときに思ったのは「え、顔に水かかってるんですけど!」だった。前述した通り、左は丁寧に、右は雑にを信条としている美容師のため(?)、左側は多少の水を耳にかけながらも水が顔にかからないように守ってくれていた。

ただ右!問題は右なんだよ。実際に見てはいないのでなんとも言えないが、シャワーから出る最大量の水が限りなく右耳に近いところで、しかし頭からは離れた場所から当てているため、顔の右側にめちゃくちゃ水しぶきがかかっていた。全頭をしっかり洗ってほしいと思う気持ちと、水がかかりすぎて右側にシャワーがあてられるのが怖いという、美容室人生史上最も謎といえる感情が生まれてしまった。水が顔全体にかかりそうで本気で怖かった。

仕上がりはよい

そのあと、なんやかんやで髪も切ってもらい、ドライヤー後の髪色や髪質はよいものだった(ただしシャンプー後、髪の毛を全然タオルでふかないため、結果的にドライヤー時に顔がびしゃびしゃになりかけた)。

しかし、わたしはすっごく複雑な感情になっていた。仕上がりはよいし、応対はフラットだし、なんかよかったような気がしているけれど、完成するまでの時間が苦痛すぎる。失礼な言葉づかいはないし、数秒の会話では笑って話せたし、多分このあたりは普通だ。ただなんかずっとウワノソラなのだ。この美容師はアンニュイな男でも演じているのか?

わたしはすごく迷っていた。この美容室にまたくるかどうかを。施術中ずっと、数年担当してくれていた美容室の担当美容師の顔がチラついた。あんたを裏切ってここに来ずに、素直にあんたのところに行っておけばよかったと。あんたの客への気遣いが当たり前すぎてそのありがたみに気づいてなかったと。「つまらない」とフった男のよさを、他の男と付き合ってから知る、みたいな感覚だった。

せめて、この美容室を出る前に、通い続けるかどうかを決めたかった。アンニュイ美容師とヘアケアについて話しながらエレベーターを待つ。このときばかりは古いタイプのエレベーターに感謝した。上階といえど一般的にみれば高くはない階数をのろまに上がってくる。エレベーターもゆっくり決めなよと言っている……。

決めかねるわたし、話をするアンニュイ美容師。わたしはふと先ほど手渡されたポイントカードと、美容師の名刺を見た。名前は一切覚えていない。ちらりと見えたのはアンニュイ美容師の肩書きで、それは「店長」だった。わたしはさらに決められなくなり、チン、と軽い音を鳴らし、エレベーターが到着した。

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