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【創作】 結婚前夜。

明日、私は結婚をする。

「入籍と結婚式の日が違うと忘れてしまいそうだから」という理由で明日は朝イチで市役所に行って、すぐに式場へ向かう予定だ。

情勢を鑑みて、親族だけで行うことにした結婚式。一般的な式と比べて準備することが少ないとはいえ、ギリギリまでやることを引き伸ばしがちな私たちは昨日まで寝る時間を削って作業していた。

そんなバタバタを乗り越えてようやく時間が空いた今日。
前から予定していた通り、私だけで実家へと向かう。

実家へは新潟駅で乗り換えてひと駅。
「結婚前最後の日になにかプレゼントでも買おうか」と新潟駅にある『ぽんしゅ館』へと足を向ける。

日本酒好きの父とお酒を酌み交わすようになって早8年。気づけば、日本酒の好みが近いものになっていた。お互い辛口でも柔らかいお酒が好きで、辛すぎるお酒も甘すぎるお酒も苦手。新潟のお酒でいうと『越後鶴亀 純米酒』や『鶴齢 純米酒』を好んで買っていた。

お祝いだからと華やかなお酒にしようかと思ったけど、変に緊張しそうだからといつもの『鶴齢 純米酒』を手に取る。おつまみは塩引鮭を乾燥させた『鮭の酒びたし』。定番だけど、やっぱり日本酒には塩気の効いたおつまみが一番合う。

父へのプレゼントが決まると、今度は母には何がいいかなとぽんしゅ館内を見渡す。チーズケーキ好きの母には、佐渡のチーズをふんだんに使った『クリームチーズタルトケーキ 綿雪タルト』が良さそうだなと、前に買ったときに衝撃を受けた酸味と濃厚さの程よいバランスを思い出し、カゴに入れる。

ふたりへのプレゼントを買った私は再度電車に乗り、新潟駅から東新潟駅へと一駅だけ移動する。

最寄り駅からは徒歩7分。「ただいま〜」と私はいつも通りに玄関のドアを開けると「あら、おかえり。早かったのね」と母がキッチンから顔だけ出して私の姿を確認する。

「もうやることも終わらせたからさ。何作っているの?手伝うよ」

そう言って母が作っていた酢飯を冷ます役目を変わる。
今日はお寿司らしい。ブリにカツオに、サーモンときちんと私の好物が揃っている。

準備をしていたら、もう17時。明日の朝は早いので、父も交えて3人で早めの夕飯を食べ始める。「結婚式の準備は終わったの?」「明日は親戚の〇〇さんも来るのよね?」「向こうのご家族は下の妹さんも来るんだったかしら?」と矢継ぎ早にくる母からの質問に答えながらご飯を食べていると、あっという間に時間が過ぎてしまった。

我が家は夕食が終わってからお酒タイム。大まかに片付けてから、ぽんしゅ館で買った日本酒とおつまみ、チーズケーキをふたりに渡す。

母はお酒を飲めないので、ちょっと良い紅茶を用意。父と私はおちょこを出して、飲み始める。こうして父と日本酒を飲むようになって早5年。20歳になったばかりのころは日本酒が苦手で一緒に飲むことはほとんどなかった。それでも、社会人になると会社の付き合いで飲むようになり、気づけば実家に帰る度に日本酒を買ってくるようになった。

買ってきた『鮭の酒びたし』をおつまみに日本酒を口にふくむ。今度は鮭に日本酒をかけて3分置いてから食べる。すると、身が柔らかくなり、口のなかに鮭の旨味が広がってくる。

母は最初から紅茶と合わせてチーズケーキを食べている。美味しそうに食べる姿に我慢ができず、私もひとつ。記憶よりも濃厚だったけど、クリームチーズを存分に味わえる味に思わず顔が綻ぶ。

飲み始めて1時間近く経ったころ、父が「もう明日なのか」と寂しそうにつぶやく。急に現実に引き戻されて泣きそうになり、思わず「ははっ。何言ってんの、明日泣かないでよ?」とごまかすように笑う。

それまで物静かに飲んでいた父がふと漏らした言葉にまだ動揺が抜けず、まだ余裕はあったものの、「そろそろ迎えきてもらうわ」と席を立つ。リビングのドアを閉め、一呼吸してから彼に電話をかけた。

私の家から実家までは車で30分。後片付けをしながら待っていると「こんばんは〜」と小さな声が聞こえてくる。何回来ても緊張が抜けない彼の声だった。両親がパタパタと玄関へ向かい、私は身支度を整えてから玄関へと向かう。

「じゃあ、朝早いしもう行くわ。明日はよろしくね」。

簡単に挨拶だけ済ませて彼の車に乗り込む。車のウインドウを開けると、母が「明日楽しみにしてるわね。ちゃんと早く寝るのよ」と心配を口にする傍ら、父は寂しそうな顔をしている。そんな父の顔に気づいたのか、母は「ほら、あなたも」と私に声をかけるように催促する。

「……身体に気をつけろよ」。

一度口にしかけた言葉を飲み込んで、少し間を置いてそうつぶやく。その姿に思わず涙が流れそうになるもお腹にグッと力を入れて「それは明日言うべき言葉でしょ」と口にして、車を出してもらう。見えなくなるまで手を振っている母と気恥ずかしそうに佇む父。双方の性格を引き継いでいる私は「このふたりに育てられたんだな」とその姿を見ながら考えていた。

角を曲がると彼が「どうだった?」と口を開く。「んー、楽しかったよ。久しぶりにゆっくりできたし」。この数時間のことを振り返りながら、そう答える。でも、なんだか変に緊張してしまって疲れてもいた。「ごめん、ちょっと寝ていい?」そう聞くと彼は「ん、いいよ。着いたら教えるから」と優しく答えてくれた。

目を閉じると、さっき両親が見送ってくれた姿が思い浮かぶ。明日私は結婚をする。日が落ちて暗くなった車内で一筋の涙を流していた。


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