至福のKiss
仕事に疲れて、アパートに帰る。
職場の人間関係。
婚活や合コンでのイヤミな男性陣。
私よりも、先に結婚して、出産してマウントとる、兄妹達や同級生。
「早く結婚しろ」「老後は私たちの介護を」と騒がしい親。
TVや雑誌、SNSでは、政治、エンタメ、誹謗中傷。気象情報以外は、どうでもいい情報で疲れる。
私の唯一の癒し。
アロマとぬいぐるみ。アロマは別に知識も何もなく、私が香りが好きで、石けんの香水や、バラ、レモンのエッセンシャルオイルを買って、たまに嗅ぐだけ。
ぬいぐるみは、本当に、ぶらっと、意味のないお見合いデートで、異性に「真面目」と言われただけで疲れていた。
UFOキャッチャーの中で、ツンとすました顔の男の子のぬいぐるみ。
なんかのアニメ?、アイドル?最近の流行りに、私は疎い。
別にぬいぐるみが好きでも、UFOキャッチャーで遊びたかったわけでもない。
ただ、気づけば、小銭を入れて、そのぬいぐるみをとる自分がいた。
どうせ取れない・・・。
これで、終わりにしよう・・・。
待って。あともう少し・・・。
気付けば、13回目でやっと取れたそのぬいぐるみを手にする私がいた。
何やってんだろ。馬鹿じゃん、私。
そう思いつつも、細かい刺繍で見つめられた瞳を見ると、妙に可愛いく感じる。
アパートに、ぬいぐるみの「彼」を連れてきてから、ほんのちょびっとだけ、私の楽しみが増えた。
平生の生活は、相変わらず変わらない。でも、アパートに帰ると、彼がベットで待っている。たまに、ダニ除けで、窓に置いて、日干しすることもある。
それから、私は毎晩、彼と寝ている。
たまに、大好きな彼に香水やエッセンシャルオイルをつける。
さらに、それから・・・。いつの間にか、私は寝る前に、彼にキスをするようになった。
部屋では、誰も馬鹿にする人も、笑う人もいない。ただ、無性に、彼が愛おしかった。
今まで、生きた人でも、こんな感情を抱いたことない。
フェルトで作られた彼の唇は、言葉で喩えると「ほわほわ」、だと思う。
夢で、何回かごく稀に彼が本当の男になって、私を抱いてくれた時もある。
彼からは、歯磨き粉のようなミントや、香水の石けん、エッセンシャルオイルのバラ、レモンの香りがした。
夢の中で彼は、クールに気取って、大胆に、時に甘く、爽やかに、私にキスをして抱いてくれる。
日に日に歳をとる私。世間では、「お一人様」、「老後の資産運用」、「孤独死」・・・。とにかく、TV、雑誌、SNS見るだけで、辛くなってくる。
これから私、どうなるんだろ。将来の漠然とした不安が毎晩襲いかかる。
でも・・・。これだけでは言える。
例え、どんなことがあっても、この彼だけは、手放さない。
大志とか絶対とかではない。
でも今は、せめて、もう少しだけでも、1日でも長く、彼と居たい。
それが、今の私の幸せ。
だから、今宵も、私は、彼にそっとキスをする。
あなたとのキスは、私にとっての「ほわほわな」幸せ。
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