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取るに足らない些細な出来事(ボイスドラマ・声劇、男1女1)

 誰にでも忘れてしまいたい記憶というのがございます。でもそういう記憶に限って、なぜか忘れることができません。あの時、嫌なことを言われた。言ってしまった。なんであんことをしてしまったのだろう。そういった嫌な思い出というものは、なぜだか脳にこびりついて離れない……。
 ですが、実は。そういう嫌な思い出というものは、本人にとっては大事でも、他人からすれば取るに足らない些細な出来事なのかもしれません。いや、あるいは、実は本人からしても……。
 人を殺してしまっても、案外適当に生きていけるものなのかもしれません。

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(人物一覧表)
桃真(26)…彼氏
菫(27)…彼女

ボイスドラマ・声劇想定台本
上演時間約30分

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 SE 土を埋める音

桃真「幕が上がる。幕と床の隙間から光が漏れ出す。客席に徐々に光が届く。舞台中央。眩しさの中に小さな影がある。何があるのかと観客は影を見る。視線が集まる。幕が上がるにつれ、それは立てられた三脚とビデオカメラだと分かる。舞台中央にぽつねんとビデオカメラが佇む。客席をじっと見つめながら」

 SE 土を埋める音、止まる

桃真「ふー……」

菫「桃真、埋め終わった?」

桃真「終わったよ、菫」

菫「見事に白骨死体になってたね」

桃真「服は残ってたけど。やっぱり分解されるの遅いんだな」

菫「そうだね」

桃真「……あれは何かの……。夢だと思ってた」

菫「まさか。ちゃんと殺したじゃない」

桃真「そうだけど。掘り返すまでは信じてなかったというか。信じたくなかった」

菫「気持ちは分かるけどね」

桃真「はぁ……しんどい」

菫「さっきの、何」

桃真「さっきのって?」

菫「埋めながら喋ってたやつ。幕が上がるーって」

桃真「昔見た舞台だよ。覚えてない?」

菫「一緒に見たっけ?」

桃真「見ただろ」

菫「あ。あー。うーん。ビデオカメラ。なんかそれで思い出せそうな気がする。気がするだけだけど」

桃真「かなり前だから。俺もうろ覚えなんだよな。どんな舞台だったっけ」
菫「そんなに面白い舞台じゃなかったんじゃない?」

桃真「そうかなぁ」

菫「思い出せないってことはさ。取るに足らない内容だったってことでしょ」

桃真「そんなもんか。でもなぁ。イライラするんだよなぁ。こう、喉元まで出かかってるのに」

菫「あるよね、そういうこと」

桃真「そう、そうなんだよ。あるよなぁ。……あー。えっと。この後どうする?」

菫「どうするって?」

桃真「いや、ほら。掘って埋めて。疲れたじゃん。腹も減ったし」

菫「ファミレスでも行こうか」

桃真「そう、そう」

菫「でも汚れてる」

桃真「このままだと怪しまれるかな」

菫「そりゃそうでしょ」

桃真「そうだよな。どうしよう」

菫「休憩できて、シャワーとか浴びれるところ。あ。ホテルとか」

桃真「あぁ。いや。そうだね」

菫「てか普通にどっちかの家行けばよくない?」

桃真「そうかな」

菫「そうでしょ」

桃真「うん」

菫「何。緊張してるの?」

桃真「そういうわけじゃ」

菫「今更固まる仲じゃないじゃん。そんなんで同棲始まったらどうするの?」

桃真「あぁ、そう、そうだよね。同棲。うん」

菫「どうしたの? 何か、変だよ」

桃真「あー……。あのさ。もう、終わりにしないか?」

菫「終わりって? 何が?」

桃真「何がって、そりゃ」

菫「死体なら埋め直したじゃん。殺しについてはこれで終わりじゃない?」

桃真「そっちじゃなくて。その、俺たちの関係」

菫「……別れるってこと?」

桃真「そう」

菫「どうして急に?」

桃真「それは……」

菫「私たち、三年間大きな喧嘩もなく良くやってきたじゃん。もう同棲も目前なのに。そしたら、ほら。結婚だって秒読みって感じじゃん。それなのに」

桃真「うん。それは、そうなんだけど」

菫「あ、もしかして。喧嘩が無い分、溜まってる感じ? 言いたいことがあったけど、言いにくくてって感じ?」

桃真「別にそういうわけじゃ」

菫「私、何かした?」

桃真「何かしたっていうか。……一緒にしたじゃん」

菫「何を?」

桃真「……殺人」

菫「うん。したね。……嫌だった? でも仕方ないじゃない。襲ってきたのはアイツが先だったし、それに。こういうのはあれだけど、手を出したのは」

桃真「分かってる、分かってる。俺だ。俺がヤツを後ろからぶっ倒してやった。菫が襲われそうになってるのを見て、思わず。そしたら偶然、たぶん、打ち所が悪くて」

菫「夜道は危ないね」

桃真「人通りも少なかったし」

菫「酔っ払ってたのかな」

桃真「酒の匂いはしなかったけど。とにかくヤバイヤツ。仕方なかったってのはその通り」

菫「今思うと倒れた後に踏みまくったのはさすがにどうかと」

桃真「うん。そうだね。過剰防衛かも」

菫「その後一緒に死体を車に積んで、山に行って、埋めた。ここに」

桃真「そう、その通り。それで俺は……忘れられないんだ。ずっと脳にこべりついてる。踏みつぶした顔の感触も。引きずった死体の重さも。シャベルで穴を掘る火照った体、死体の冷たさ。汗と血の香。梟の鳴き声。木の葉の擦れる音。全て。感じた。今も感じる。毎日夢に出てくるんだ。その度に思い出させられる。人を殺したことを」

菫「それは辛いね」

桃真「だから……夢なのだと。思い込むようにして。自分が本当にやったことじゃないんだと。現実逃避して。だけど……君に会うと。嫌でも思い出してしまう。頭の隅っこに追いやったはずの記憶が、前に前に来て、目の前にやってくる」

菫「そっか。私のせいで、そんな風に」

桃真「君のせいじゃない。君のせいじゃないけど……。どうしようもない。記憶が……消えない」

菫「だから別れようって? 別れて、距離を置いて、思い出すきっかけを少しでも減らそうって?」

桃真「うん。自分勝手だけど、もう、こうするしかないじゃないか」

菫「そっか」

桃真「別れてほしい。別れてほしいんだ。もう。俺は限界だ。別れて……忘れる。あの日のことも。今日のことも。君のことさえ忘れて。何事も無い日常へ」

菫「分かったよ。いいよ。別れよう」

桃真「本当に、いいのか」

菫「何。自分が別れようって言いだしたのに」

桃真「そう、そうだな。うん。別れよう」

菫「うん」

桃真「……えーっと。じゃ、これで」

菫「そうだね」

桃真「帰りはどうしよう」

菫「車、桃真のだから。乗せてもらわないと私帰れない」

桃真「じゃぁどうしようか。タクシーでも呼ぶ?」

菫「何で……お金の無駄じゃん」

桃真「だって別れたのに同じ車で帰るって」

菫「別に変じゃなくない? 友達時代も二人っきりで車乗ったことあるし」

桃真「それはだって。ほら。何となく『あぁ、両想いだなこれは』って分かってたぐらいの時の話でしょ」

菫「うん。あれ、桃真、そういうの気にするタイプ?」

桃真「気にするって言うか。まぁ。ちょっと気になるかな。いや、気になるっていうか。別に嫌いになって別れたわけじゃないし。好きな気持ちは変わってないから。ほら。な?」

菫「な? って何、な? って」

桃真「察してくれよ」

菫「無理無理」

桃真「えー」

菫「あ。そういえば。来週デートの約束」

桃真「あぁ。してたね」

菫「どうする? 私、レストラン予約しちゃったけど」

桃真「キャンセルするか」

菫「えー。あそこのレストランいつも予約待ちで、今回奇跡的に取れたんだよ」

桃真「気の毒だけど」

菫「うーん。あ、じゃぁ、友達と行こうかな」

桃真「友達?」

菫「うん」

桃真「それって、男?」

菫「女の子だけど」

桃真「あぁ。ならいいけど」

菫「ならいいって何。男だと何か問題あるの」

桃真「いや」

菫「私たちもう別れたんだから、私が男と一緒にどこ行ったって自由でしょ」

桃真「そうなんだけど。待て待て。この場合、俺と付き合ってる時からその男とは何らかの関係があったってことだろ。レストランに一緒に行くぐらいの関係が。それは気になるぞ」

菫「いや、男じゃなくて女の子だから大丈夫だって」

桃真「あ、そっか。うん? 違う違う、仮の話、仮の話。仮に、男だったとしたら、問題あるぞってこと」

菫「問題ある? 別に男とホテル行こうっていうんじゃないんだから」

桃真「いやそうだけど」

菫「あれ? そういうの気にするタイプだった?」

桃真「いや。気にしない……こともないけど」

菫「何よ。はっきりとしないね」

桃真「やっぱり俺と付き合ってるのに他の男と二人っきりでどっか行くっていうのはなぁ。気になるなぁ」

菫「そう。なら気を付ける」

桃真「気にするって言っても、まぁ、別れたわけだから別にいいっちゃいいんだけど」

菫「はっきりしないね。あ。あー。思い出したかも」

桃真「何、急に」

菫「あれ。舞台。一緒に見たやつ」

桃真「あぁ、舞台ね。何を思い出した?」

菫「何かけっこうグロいっていうか。ホラーな感じの舞台じゃなかった?」

桃真「グロ、ホラー……。あ、あー。あれだ。映研だ、映研。映画研究会」

菫「そうそう。どこかの大学の映研が卒業制作で映画取りに山奥のペンションへ」

桃真「で、ビデオカメラを設置して、定点カメラものの映画を撮ろうって話になってて、そしたらその映研のメンバーが一人、また一人と殺されていく」

菫「殺人鬼は誰だ! パニックホラー・サスペンス、開幕」

桃真「それだ、それだ。あー。思い出した。すっきりした。え? でも何で思い出した?」

菫「ほら。最初に犠牲になる人。カップルの男の方」

桃真「どうでもいいようなことで喧嘩になって」

菫「一方的に別れるって言って、なんか頭冷やすとかで外に出て」

桃真「次に登場する時には死体で。あー。そうだった、そうだった」

菫「今の状況とピッタリ」

桃真「今の?」

菫「いきなり別れを告げられてる。私」

桃真「それはごめん。でも」

菫「分かってる、分かってる。限界ね、限界」

桃真「そう」

菫「ふーん」

桃真「何だよ」

菫「別にぃ」

桃真「意味深だな」

菫「次の男、どうしようかな」

桃真「次って。え、早くない?」

菫「命短し恋せよ乙女。男と違ってね。女には時間がないの。賞味期限が短いの」

桃真「賞味期限って。そんな言い方しなくても」

菫「会社の同僚? 学生時代の後輩? それとも上司とか?」

桃真「悪い。悪かった。俺が悪かったよ。だから止めてくれ。せめて俺のいないところでやってくれ。今は……その。俺も辛い」

菫「別れたのに?」

桃真「だから……好きなの。まだ。まだっていうか、たぶん、しばらく」

菫「なら別れなきゃいいのに」

桃真「だって。話したろ、思い出すんだって」

菫「ふーん」

桃真「もう、同じ話を何度も……」

菫「ごめんごめん。そうだね。からかいすぎた」

桃真「君は……菫はどうして平気なんだよ」

菫「平気? そう見える?」

桃真「見える。なんか。大したことないって、思ってそう」

菫「へぇ。そうなんだ」

桃真「変な意味じゃないんだ。その、責めてるわけでも、嫌味で言ってるわけでもなくて。ただ、なんでかなって」

菫「実際大したことないからじゃない?」

桃真「は?」

菫「そんなわたわたするほど大層なことじゃないよ」

桃真「いや……大層なことだろ! 人が一人、死んでるんだぞ。それも、俺のせいで」

菫「桃真のせいじゃないじゃん。原因を作ったのはアイツでしょ?」

桃真「それは、そうだけど」

菫「じゃぁ桃真は悪くない」

桃真「でも、過剰防衛」

菫「それってどうなんだろうね」

桃真「どうって」

菫「だってさ。アイツを殺さなきゃ、こっちが殺されてたかもしれない状況だよ? やられる前にやって何が悪いのさ」

桃真「……確かに」

菫「過剰だなんて言われる筋合いないよ。殺されるかもしれないなんて状況で手加減できるわけないじゃん」

桃真「確かに」

菫「だから貴方は悪くない」

桃真「確かに確かに。何だか胸がすーっとしたというか。目から鱗。心ハレバレだ」

菫「ね? 私はそう思う。だから大したことじゃないって思う」

桃真「うん。なるほどね。なるほど……かなぁ」

菫「納得できない?」

桃真「大したことではあるんじゃないの、やっぱり。だってほら。人の命って大事じゃん」

菫「でも人間誰しもいつかは死ぬんだよ」

桃真「それはそう」

菫「それが早くなっただけ」

桃真「俺のせいで」

菫「違う。アイツ自身のせいで。私たちのせいじゃない」

桃真「アイツのせいで。俺たちは悪くない」

菫「でしょう?」

桃真「うん。ありがとう。何だか楽になったよ」

菫「じゃぁ、行こう」

桃真「うん。うん? 行こうって、どこに?」

菫「私の家でいいんじゃない?」

桃真「そうだね。いや。待て待て。俺達別れてるんだから」

菫「もー。今日だけ。それでいいでしょ」

桃真「あ、あぁ、今日だけ、今日だけね。おっけー」

菫「じゃぁそのシャベルしまって」

桃真「了解、了解」

 SE 虫の鳴き声

桃真「……俺が、俺達が、埋めたんだよな。ここに、死体」

菫「うん」

桃真「何だ? 俺は……今の俺は何だ」

菫「どうしたの」

桃真「何でこんなに……罪悪感が無い。悪いことをした実感が……消えてしまった」

菫「それは嫌なことなの?」

桃真「嫌……うん、嫌だ。だってこんなの……アレ、アレみたいじゃん、アレ」

菫「アレって、何」

桃真「アレ……サイコパス」

菫「殺人鬼」

桃真「人を殺して、平気でいられるなんて。そんなのヤバいやつじゃん」

菫「それ私にも刺さるんだけど」

桃真「ごめん。でも、だって」

菫「そりゃぁさ。そこらへんにいる赤の他人を無差別に、とか、心通った友人を、とか、騙して連れ去って襲って、とか、そういうのならサイコパスだなって思うけどさ。今回はそういうわけじゃないじゃん。好きで殺したわけじゃないし。嫌だけど、仕方なく殺しただけだし。それはサイコパスとは言わないんじゃないの?」

桃真「でも普通。罪悪感ぐらいあってしかるべきだろ」

菫「例えばさ。子供が悪いことをして、それを叱ってる時。罪悪感を覚える?」

桃真「それは仕方ないことじゃん」

菫「相手が大人だったとしても。悪いことをしたなら叱らないと。でしょ?」

桃真「うん」

菫「大人が襲ってきた。なら止めないと。それは時に言葉ではなく。暴力になるかもしれないけど」

桃真「今回は言葉じゃ聞かない相手だったから」

菫「他にどうすることもできず、暴力で解決しちゃったってだけ」

桃真「そうか、そうか……俺はマトモなんだな」

菫「マトモ。そうね。マトモだよ。桃真は。いたって普通の感覚だと思うわ」

桃真「死体埋めてるけど、それも?」

菫「それも。嫌なことは隠したくなるじゃん」

桃真「そっか。……でも。やっぱり。菫に言われたからなんかそんな気がしたけどさ。おかしいよ。こんなの」

菫「そうかなぁ」

桃真「そうだよ。こういう場合、自首とかするのがマトモなヤツだよ。平気な顔で殺して、埋めて隠してなんて……ヤバいって」

菫「そもそも桃真。私に言われる前から。最初から殺したことも埋めたことも大したことないと思ってたんじゃない?」

桃真「は?」

菫「何も特別なことじゃない。仕方ないこと。取るに足らない些細な出来事だと思ってたんじゃない?」

桃真「ちょ、ちょっと待て。さすがにそんなことは無い。だって俺は……悪夢だって見たし。今だって、思い出すし。あの時の事を。そのぐらい大きい出来事で……。酷い記憶で」

菫「ねぇ、耳を澄まして」

桃真「え?」

 SE 虫の鳴き声
    木の葉の擦れる音

菫「何が聞こえる?」

桃真「虫の鳴き声。木の葉の擦れる音。ぐらいかな。他は……静かな山の中だ」

菫「梟の鳴き声なんて聞こえないよね」

桃真「そうだな」

菫「でも桃真の記憶にあるあの日は、梟の鳴き声が聞こえる夜だった」

桃真「……あ」

菫「あれは今からちょうど一年ぐらい前だから、季節も変わらない。この辺に梟は住んでないんじゃないかな」

桃真「そ、そんな」

菫「死体の冷たさって言ってたけどさ。夏だよ。死体だからってそんなすぐに冷たくなるかな」

桃真「な、何だよ、何が言いたいんだよ」

菫「夜だから梟が鳴いてた気がする、死体だから冷たい気がする……。あの日の記憶ってやつは、桃真が勝手に妄想で作り出しただけなんじゃないかな」

桃真「そんなわけ」

菫「じゃぁ覚えてる? アイツの声。アイツの顔。アイツの体格は? 骨の大きさ、合ってた? 着てた服は? 靴はスニーカー? 革靴? 指輪はしてた? ネックレスは? ピアスは空けてたっけ? 掘り起こした場所からアクセサリーは出てきた? そんなこと気にしてない? 自分が殺した相手なのに気にしなかったの?」

桃真「や、やめろ……」

菫「私はアイツになんて言われてた? 桃真はなんて言って止めようとした? 二人で死体を引きずったね。車に入れたね。どのぐらいの重さだった? 太ってた? 痩せてた? 覚えてるの? 本当に? 夢に出てくるほど?」

桃真「夢に……出てきたよ。ちゃんと! 出てきた」

菫「それは本物のアイツなのかな? 同じアイツだった? 服が変わったり、声が変わったりしなかった? 自分の中で適当に作り上げたアイツっぽい何かじゃなかった?」

桃真「それは……そんなはずは」

菫「否定できる? 本物のアイツだって、胸をはれる?」

桃真「……無理だ」

菫「ならきっとそれは……作り物だね」

桃真「作り物」

菫「桃真に罪悪感みたいなものは最初からなかったんだよ。でもそれは人として外れてるような気がする。だから誤魔化すために記憶を捏造して、悪夢を見たり、私を見て思い出したような気になったりしてただけ」

桃真「俺は……なんだ。俺はそんなに……薄情というか、倫理観の無いヤツだったのか」

菫「それが普通なんじゃない?」

桃真「普通なもんか。こんなんじゃ。あの舞台の殺人鬼と同じだ」

菫「同じかな」

桃真「そうだよ。映研でずっと一緒にやってきた仲間たちを容赦なく殺害していくサイコパス」

菫「あれ? そうだっけ? あれって結局外部犯ってオチじゃなかったっけ?」

桃真「え?」

菫「確か、殺人鬼が殺すだけじゃなくて、疑心暗鬼で殺し合いが始まったり、恐怖で自殺するような人が出てきて。結局、映研のメンバーは全員死んじゃうんだ」

桃真「全員って。それじゃ誰が犯人なんだよ」

菫「だから外部犯なんだって。ペンションを狙った殺人鬼が偶然いたっていう」

桃真「……えぇ……つまらねぇ……」

菫「でしょぉ」

桃真「なんかあれ、『そして誰もいなくなった』のオマージュというか。そういう感じに最後は犯人が誰か分からずに終わるみたいなやつかと思ったら。そんなオチかよ」

菫「そうそう。拍子抜けって感じ」

桃真「まぁ完全にパクリにするわけにもいかないってのは分かるけどさ。それにしても滑ってるよなぁ。あぁ。思い出してきたわ」

菫「だよねぇ」

桃真「そっか。あの殺人鬼仲間を殺してたわけじゃないんだったな。まぁでも。無差別にザクザクってのは……サイコパスだな」

菫「でも桃真はそうじゃないじゃん」

桃真「うん。まぁ。そうだけど」

菫「なら、いいじゃん」

桃真「いい……のかなぁ」

菫「意外と皆そんなもんじゃない? いちいち気にしないよ」

桃真「そんなことないだろ」

菫「あるって。ほら。だって食卓に並んだ鶏とか豚とか牛とかに対して、『あぁ、これは今まで生きていて、今食べるために殺されて、なんて可哀そうなんだぁ』とか思わないでしょ?」

桃真「それは……そうだけど」

菫「気にしない、気にしない」

桃真「うーん。そんな簡単に切り替えられないよ」

菫「意気地なし」

桃真「何を」

菫「うじうじしててみっともない。しゃきっとしなさい、しゃきっと」

桃真「あのなぁ」

菫「私の顔を見て。何を思い出す? 今、何考えてる?」

桃真「な、何って」

菫「答えて」

桃真「まぁ。可愛いなって」

菫「それだけ」

桃真「それ以外何が」

菫「でしょ。可愛いでしょ、私」

桃真「はい」

菫「思い出す?」

桃真「なんか色々。今までの思い出的なものを」

菫「死体のことは」

桃真「さっぱり」

菫「それでいい。取るに足らないことであーだこーだ考えないの」

桃真「うん、そう、そうだね」

菫「分かったところで。どうしよっか」

桃真「どうって、何」

菫「別れたままでいいの?」

桃真「いいのって言われてもな」

菫「だってもう別れる理由ないじゃん」

桃真「いや。……あ。そっか」

菫「ね?」

桃真「……でも一度言ったことを取り消すわけには」

菫「もう。融通が利かないんだから」

桃真「ごめん」

菫「なんだか今日は誤ってばかりだね」

桃真「ほんとだ」

菫「じゃぁ、こうするのはどう? 私と付き合ってよ。復縁しよう」

桃真「えーっと」

菫「別れた事実は消せないけど。もう一回付き合おうってこと。それならいいでしょ?」

桃真「まぁ、いっか。うん。付き合おう」

菫「良かった」

桃真「じゃぁ、帰ろうか」

菫「うん。私の家でいい?」

桃真「おっけー。……あ。思い出した」

菫「何を?」

桃真「あの舞台。ラストシーン」

菫「ラストシーン?」

桃真「そう。あの舞台、最後は……。ビデオカメラの周りに死体が転がる。寝ている死体。うつ伏せ、仰向け。座っている死体。体育座り、胡坐。それは映研の成れの果て。上手から人がやってくる。黒いスーツに長身痩躯。狐の仮面で顔を隠している。手には日本刀。殺人鬼はビデオカメラを止める。静寂の中、殺人鬼は呟く。『今日はくだらない。俺にとっては取るに足らない些細な一日だった』と」

菫「そんな最後だったっけ?」

桃真「だったと思うけど。うろ覚えだからなぁ。多少脚色しちゃってるかも」

菫「そうね」

桃真「……忘れてしまうような昔のことでも。ひょんなことで思い出してしまうかもしれないね。記憶を多少捏造しながら」

菫「そうしたら、また忘れたらいいよ」

桃真「そうだね」

菫「さ、行こう」

 SE 二人の足音、FO

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