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「クジラはなぜ、陸にむかうのか」(後)/連作短編「お探し物は、レジリエンスですか?」

<松之介さんコラボ企画>


翌日の北都新聞の社会面。

大滝カメラマンが撮影したクジラの写真がでかでかと載り、発見から三頭が息絶えるまでの経緯が記された。有識者の見解として水族館職員が、海流と海水温上昇の影響についてコメント。そしてその下にこんな小見出しがあった。

『クジラ迷走の原因は軍用ソナーか』

記事は海外での数百頭に及ぶクジラ座礁被害と軍用ソナーを巡るアメリカでの判例について触れ、最後に元海上自衛隊の軍事評論家が「日本での実例は確認されていないが、軍用ソナーはクジラの環境に影響を与える可能性がある」と締めくくった。

記事を読み終えた水沢は、ふぅーっ、と深く息を吐いた。榊原教授の名前も、国の極秘実証実験の話も、記載はされていなかった。ほっとしたような、肩透かしを食らったような、複雑な心持だった。

バイブに設定していたスマホが振動した。画面をみると『洋子さん』と表示されている。母の妹、叔母にあたる榊原洋子からの着信だった。

「もしもし、百合子です」

「ちょっとユリちゃん、きのうのあの人、なんなのよ!」

「・・・あら、ごめんなさい。なんか失礼なこと言ってました?」

「いやそうじゃなくて、あの人、彼氏かなんかなの?ずいぶん信用してるのね。追い返そうとしたらファンデーションがなんとかといいだすから、ユリちゃんの差し金だってのはすぐわかったけどね」

化粧品会社の広報担当から転職し、県庁の広報課長を務めることになって1年弱。何かと口うるさい叔母に会わせたのは失敗だったかもしれない。

「でもあの人、それなりにうまくまとめたみたいね。軍用ソナーって言葉を出してるから実験を行っている機関も慎重になるでしょう。環境団体も反応するかもしれない。つまりはあの記事自体が『ソナー』の役割を持っていると、いうことね」

「そういうものですか」

「あら、あなた、わかっててやったんじゃないの?そんなだから男っ気が・・・」

広報課の入り口に、有村が姿を見せた。水沢を見つけ、ペコリ、と頭を下げる。

「洋子さんゴメンナサイ、ちょっと来客が。またかけます。はい、はーい」

電話を切りながら有村に目で合図して、広報課を離れて廊下に出る。

「水沢さん、スンマセン。とりあえずきょうのところはアレが限界でして」

「いえいえ、思いつきで変なことを押し付けてすみません。叔母が言うにはうまくまとまっている、って」

「叔母?ああ、やっぱりお身内でしたか。後半なぜか、趣味とか職歴とか聞かれましてね。30も半ばを過ぎて独身か、と叱られましたよ」

「・・・独身、なんですか」

「ええ、そうなんですよ。この年ごろで独り身なんて、やはりちょっと問題ありますかね。それはそうと、今回はいろいろと勉強になりました。榊原教授がおっしゃるには・・・」

「・・・問題、って・・・」

水沢の顔から表情がすうっと消え、目が半眼になる。水沢の脳内では先日の避難訓練の際に妄想したイメージが再び甦る。有村の額に照準を合わせて、トリガーを・・・。


「え?なにかお気に召しませんでしたか?」

「いえ別に、なにも。あーりがとうございましたー。仕事に戻りまーす」

「み、水沢さん?」

だらりと頭を下げて戻っていく水沢を、有村は呆然と見送った。わけのわからぬまま記者室へと戻る道すがら、有村はクジラのことを考えた。

頭数が増え、縄張り争いの末にたどり着いた水域で、今度は頭が割れんばかりの騒音に苛まれる。これが人間ならば、自殺、という選択肢も脳裏を巡るかもしれない。そうではないのだとしたら、案外本当に・・・「陸の生き物」になりたいのかもしれない。そう思った。


<終>

※後日談的に貼っときます↓

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