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SS「トリックスターに、さようなら」(フルバージョン)/#冒頭3行選手権より&夏のショートストーリー参加!

ワンナウト満塁の大ピンチ。内野陣がマウンドで伝令・氷川を待ち受ける。

「わりぃ、景気のいいヤツ頼むわ」とショート・村田がリクエスト。

「じゃ、アイツ直伝のとっておきを出すか」氷川はニヤリと笑ってみせた。

「まあ無理すんなって。まだ5回だろ。間が取れただけで十分だよ」

マウンド上のエース・佐倉はグラブで口元を隠しながら、氷川に向かって言った。

「大丈夫。お前には竹ノ内みたいなトリッキーな伝令は求めてないよ。そもそも俺はあいつの伝令、あんま好きじゃなかったし」

夏の甲子園を目指す県の予選大会。その決勝戦で対峙しているのは強豪・東武大学付属高校と、50年ぶりの全国を目指す進学校・北都英明高校だ。
北都英明は超高校級エース・佐倉のワンマンチームだが、その佐倉が連打を浴び、1点を失ってなお満塁。大量失点だけは避けたい場面だ。

高校野球では試合中、監督がフィールド内に入ることができない代わりに、出場登録選手が「伝令」としてマウンドに赴くことが許されている。1試合につき3回、それぞれ30秒程度の伝達が可能だ。
当然、監督からの指示をそのまま伝えるのが伝令の役割だが、中には北都英明高校の川村のように内容は選手に任せ、『間を取る』ことに重点を置いて伝令を出す監督もいる。

「おい、審判がみてるぞ。そろそろ時間か?」と村田。

「・・・もういいよ、ここは何とかする」

佐倉は氷川に向かって、右手の甲を2、3度ヒラヒラと軽く振った。戻れ、というジェスチャーだ。

「オッケー!」

といいながら氷川は佐倉を案ずるようなそぶりで、後ろ向きのまま数歩下がる。と、そのまま全速力でベンチに向かって背走した。

どっと沸きあがる3塁側・北都英明の応援団。

佐倉の顔に目をやりながら背走した氷川は、その表情が

(しょうがねーヤツだな)

と少し緩むのを見届け、向きを変えてベンチに引き下がった。その甲斐があったのか、佐倉はその後の打者3人を立て続けに三振に取って5回の裏は終了した。ダグアウトに引き上げてくるチームメイトを迎えながら氷川は、タケならどんなネタをブッコんだだろうか、と考えた。

タケこと竹ノ内は、左利きの3番手ピッチャー・氷川と同学年の控えキャッチャーだった。小柄な体型の割に声が大きく、性格もひょうきんな竹ノ内は伝令を自ら買って出ることが多く、むしろそのために日頃から小ネタをせっせと仕込む甲斐甲斐しさを見せていた。その伝令は、

「試合終わったら、帰りにバーガー食って帰ろうぜ」

といった定番の食べ物ネタに始まり、フィールド内でわざとコケたり、マウンドに集まったチームメイトの前を全力疾走で素通りしたり。ゴリラのモノマネのような動きを見せながら、「ラジオ体操、第128!」と叫んでみたり。

スベることもままあったが、ショート・村田の軽妙なツッコミで場の空気が変わり、野手の緊張をほぐす効果はてきめんだった。監督・川村はそんな竹ノ内を『うちのトリックスター』と呼んでここ一番の場面で伝令の舞台にあげていたのだ。しかしその竹ノ内は、いまここにはいない。

2週間前、信号無視で突っ込んできたトラックにはねられ、あっけなくこの世を去ったのだ。ベンチの隅にはその竹ノ内の笑顔の遺影が置いてある。氷川が心ここにあらずの間に、試合は7回裏。佐倉は2者連続でストレートのフォアボールを出し、疲労の色が見え始めていた。

「タケ、じゃなくて氷川。行っとくか」

グラウンドに顔を向けたまま、川村が言った。

「はい」

答えてダグアウトを飛び出す。2度目の伝令だ。マウンドで佐倉を囲む内野陣。駆け寄る氷川。

「さあ、どうするどうする!?」と村田が小声で囃す。

「どうもこうもねーよ」と佐倉の声。

氷川は帽子のつばに手を当てながら、少しうつむいて言った。

「じゃあさ、次に乞うご期待、ってのはどう?」

「は?」

佐倉を囲む全員がきょとんとした表情。

「次って、なんだよ」

「タケと一緒にさ、練習してたのがあるんだって。次、それを見せるよ」

「だから、お前が来るときゃー、毎回ピンチの時なんだよ!もうくんな!」

村田のツッコミで周囲が笑った。氷川がダグアウトに戻ると川村が言った。

「佐倉はだいぶバテてるな。村上と氷川、2人で肩作っておけ」

いわれた2人は目顔で合図をしあい、レフト横のファールゾーンでキャッチボールを始めた。間を取ったおかげで佐倉は持ち直し、内野ゴロ2つと外野フライでしのいで後続を断った。

ピンチの後にチャンスあり、とはよく言ったもので9回表、北都英明はフォアボールで出塁したランナーを5番・佐倉がまさかのホームランで返して逆転。1点リードで最終回の裏を迎えることとなった。

完全に肩で息をしている佐倉を、キャッチボールをやめた氷川はダグアウトで見守っていた。リリーフで出るなら2番手の村上。自分は伝令で、と構えていた。
佐倉は渾身の投球で2アウトを取ったまではよかったが、あとひとりというところで力が尽きかけていた。シングルヒット、フォアボール、フォアボール。誰が見ても明らかに体力の限界を超えていた。

「氷川、いくぞ!」

川村の声がした。

「はい」

いいながら氷川はマウンドに走った。フィールドのラインを越えたところで背後から何か呼ぶ声が聞こえたが、もう止められない。

助走の勢いのまま側転、バク転、バク宙。着地のポーズを決める。

「よし!やったぞ、タケ!」

前にもまして湧き上がる3塁側応援団。

「バカ!おい、バカ。何やってんだよ」

「練習してたんだよ、タケと。これで思い残すことはない」

「いや、伝令じゃねーから。お前、リリーバーな!」

ベンチをみると川村が、氷川のグラブをもって、取りに来いと呼んでいた。

「え、俺?」

「相手、左バッターだろ。お前の出番なんだよ」

あわててグラブを取りに戻り、マウンドに引き返す。

「打たれても責めないから、ストライク、頼むな」

佐倉はそういってボールを氷川に渡し、ベンチに下がった。頭が半分、真っ白になりながら7球の投球練習を終える。打者が左打席に入る。審判のプレイ、の声が響く。

(あーあ、お前がキャッチャーだったら、なんも怖くなかったのに。タケ、いま、俺を笑わせてくれよ!)

涙がこぼれ落ちないよう、これ以上ないくらいの仏頂面で、氷川は震える腕を大きく振りあげた。


<終>


夏のショートストーリー、参加してみます!

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