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浮気されても、あなたは「浮気されるような人」じゃない

昨日の夜中、少し前に書いたnoteにコメントがついた。そのコメントを読んで、これはすぐに書かなくては!となった。

「浮気エピ、笑い話に昇華されてるなら聞きたいです。絶賛その1・2ヶ月状態です、が、どこか自分ごとではなく他人事になってしまっています…。」

他人事になってしまうのはすごいなぁと思いつつ、自己防衛の一種ではないだろうか。自分事としてまっすぐ受け止めないことによって傷つかないようにしている?でも、全然それもありだと思う。自己防衛って全く悪いことじゃないし、必要なことだと思う。(私は攻撃的ブチギレ泣きじゃくりタイプでした)

当時のことをできるだけ詳細に思い出しながら、その時々に感じたことや今思っていることを書きます。つらかったら読まなくてもいいです!何ヶ月後かに読んでください。

浮気された日のこと(夏)

相手の家に合鍵で入って、小さい灯りがついていることに気づいて、玄関に小さい靴があることには気付かなかった。ベッドにいる半裸の女性を見た瞬間、血の気が引いた?頭に血が上った?とにかく強い強いショックだったことは覚えている。
声が出なくて、どうすればいいか分からなくて、力の限り引き戸を強く閉めた。階段を駆け下りて、駐車場を抜けて、アパートの前の道に座りこんだ。追いかけてきていなかった。女性を見た瞬間よりもショックだった。彼にとっては、追いかける価値のない存在だったんだと思った。いつになったら来てくれるんだろうと不安に思いながら、友達に電話をかけた。過呼吸になりたいのになれなくて、微妙に息が浅いだけだった気がする。友達がすぐに向かうと言ってくれた。さっきまで一緒に飲んでいた友達。留学から帰ってきて2日?申し訳なさを掻き消すぐらい、1人ではいられなかった。
友達が到着するまでに考えた。私の歯ブラシや服がたくさん置いてあるあの部屋で?今ならわかる、そんなの気にしない女の人がいるということ。いや気にしていたのかもしれない。でも彼女の存在は知っていたに違いない。だとしたら、ふたりそろって悪でしかない。
友達が乗り込んでくれて、また別の友達が泊めてくれた。友達は私をひとりにしなかった。彼氏(元彼)は、私の友達が呼ぶまで、私の元へ来なかった。書いててもムカつく。そろそろ地獄に行っているだろうか。泊めてくれた友達は、死にたい死ねばいいんだ明日死ぬと話す私をやんわり止めて、ベッドで寝かせてくれて、本人はヨギボーで寝てた。本当に友達の優しさを感じた。いつまでも忘れない。
次の日、話したいとLINEが来た。会った。話した。ヤンニョムチキンを作ってくれた気がする。違う、チーズタッカルビだ。料理がうまかった。うざくて、まだ好きで、むかついて、その場にあったコースターを全部投げつけた。割れないものを選んでるあたりが、私の甘さだと思う。
今思うと、彼がその日に私に話した内容は、言い訳と保身でしかなかった。私にとって嬉しいと思う話はひとつもなかった。後味悪く終わりたくないだけ。別れようという言葉はなく、別れた。ここから私はどんどん壊れていく。

浮気されて1〜3ヶ月(秋)

あの日から一ヶ月間は、文字通りボロボロだった。夜になると泣けてくる。自己否定、悲しい、なんでこんなことに、なぜ私だけこんな不幸なのか、知らなければ良かったのかも。痩せたい、痩せて見返したいと思った。全然食べずにいたら、7,8kg痩せた。すぐにリバウンドした。
もう友達にも話せなかった。まだ気にしてるの?と思われたくない。暗い友達の暗い話なんて聞きたくないだろう、もううんざりだろう。友達との関係にも心を閉ざしてしまった。こんな姿を誰にも見せたくなかった。4つバイトを掛け持ちして、友達にはあまり会わなかった。バイト先の人とも全然仲良くなくて、それがちょうどよかった。友達だと会ったら私を慰めようとしてくれるだろうから申し訳なかった。スナックのバイトを始めた。元彼に「おなみがおかしくなっちゃった」と思ってほしかった。(スナックで働くようなタイプではなかったから)お酒弱いのに飲まないとだし、夜遅いし、酷いおじさんもいるし、つらかった。でも、浮気よりはつらくなかった。
4年続けた天ぷら屋の店長には何でも話してた。最初は怒りと悲しみを笑いながら愚痴っぽく話していたのに、一ヶ月くらい経ったとき、店長に泣きながら「やり直したい、全部許すからやり直したいです」と話していた。まかないのビールを飲んでいたけど酔ってはいなかった。もっと時間が経ってから店長にそのときの話をされて、「どうしちゃったかと思ったよ、やばい状態だなーと思った」と言われた。でもそのときは何も言わずに聞いてくれた。優しい、お父さんみたいな存在。
その浮気した元彼は同じゼミだった。ゼミの事務連絡で何通かLINEをした。自動車学校にいたときに彼からの返信を見て、明らかにこれまで使っていなかった絵文字をたくさん使っていることにブチギレた。「すべてわかってんだよ、もうあの浮気相手と付き合ってんだろ。私と別れても付き合わないって契約だったよな?」という旨を送った。正常な精神状態じゃなかった。それでいい。それが普通。浮気されて一年ぐらいは、本当の自分ではないと思っていい。おかしくなるのが普通。このラインの件は何度も思い出してキャーーと恥ずかしくなっていたけど、今はもはや恥ずかしくもない。
心が辛すぎて、初めてカウンセリングを受けに行った。一万円60分。カウンセラーさんは、うん、うん、うーん、うん、しか言わない人だった。それなのに延長した。Xデーから2ヶ月以上が経って、この頃はもうあまり泣いていなかったのに、カウンセラーさんの前で大泣きした。友達にも話せていなかったから、聞いてもらえるだけでデトックスになったのだと思う。「いま本当に自分がおかしい気がして、こんな自分が嫌で...」というようなことを話したと思う。すっかり100%解決したわけではないけど、何かここは大きな区切りだったように思う。

浮気されて6年(夏)

思い出すことはほとんどない。あのときの経験が糧になってる....✨なんてことも別にない。別に無くてよかった過去。教訓もクソもない。
でも死ななくてよかったとは思う。社会人はその頃の自分よりもよっぽど自由だし、もっと気が合ったりかっこいい男性がいることも知れたし、浮気された=浮気されるような女、ってわけじゃないこともわかった。浮気する人が浮気する人なだけで、「浮気されるような人」なんていない。
天ぷら屋の店長で泣いたときのことは、本心は「戻りたい」じゃなくて、「私を傷つけたことを後悔してほしい、謝ってほしい、私のこと悲しませないでほしい」だったんだろうな。それの一番わかりやすい行動が「よりを戻そうと言ってくれること」だと思っていた。

今の私が同じ状況になったらどんな反応をするんだろう。どんな感情になるんだろう。わからないなー。

当時は、どんな言葉をかけられても響かなかった。自分のことは誰も分かってくれなくて、この世界に本当の意味では一人なんじゃないかと思っていた。
・「大丈夫だよ」(大丈夫じゃないよ)
・「ゆっくり休んでね」(もう話聞きたくないってこと?)
・「早めに別れられてよかったじゃん」(それはそうだけど....つらい)

それが分かるからこそ、どんな言葉をかけても無意味かもしれないけど、ひとつだけ良かったことは、人に優しくなれたことです。そのとき話を聞いてくれたり家に泊めてくれた友達のことは、今は連絡を取る頻度が少なくなったけど、ずっとずっと感謝しています。そして、恋愛ひとつでドン底に落ちて死にたいとまで思ってしまった経験から、人には人それぞれのめちゃくちゃ辛いことがあると理解できて、色んな人に寄り添えるようになりました。今はそんなこと考えるフェーズじゃないと思いますが、いつか「あ!たしかに優しくなれた!」と思える日が来たら嬉しいです。

今は、無気力になっても他人事に感じていてもどれだけいつもの自分とは異なっていても、それが普通だから大丈夫です。
(でもあまりにも、なんかいつもの本来の自分と違いすぎてつらいと思ったら、カウンセラー等に吐き出すことをおすすめします!)

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