真実が見えるメガネ

2100年、とある研究所は画期的な発明品を開発した。

形は一般的なメガネのようなもので、それをかけてニュース、SNSなどの情報媒体を見ると真実でない部分が赤く見えるというものだった。

もちろん最初は鼻で笑われたものだ。
しかし、ある政治家がそれを着用し質疑応答をした際に、相手の政治家の文章答弁のウソを見抜き、指摘した。

そして指摘通り"真っ赤なウソ"が明るみになると、それの信頼性は一気に増したのである。


その後はこの発明品への問い合わせが殺到し、連合政府は保身と混乱を避ける為メガネをかける事が出来る人間を一定の知識水準をもつ『知識層』に絞った。

知能テスト会場は連日人が殺到し、晴れて"知識層"と成れた人には件のメガネと、分厚い説明書が配布されていった。

メガネの効果は絶大で、下らないゴシップ記事は瞬く間に淘汰されていき、 SNSで毎日のように産まれていたデマ情報も、メガネ着用者によってすぐに糾弾されるようになった。

"真実が見えるメガネ"と名付けられたそれは、このデマに溢れる情報社会に光明をもたらすものになるはずだった。


2102年

いまや"真実が見えるメガネ"は社会的ステータスの象徴になっており、それを手にする事が出来た人々は"知識層"と呼ばれている。

一方、一定の知識水準を満たせなかった人間は"知識弱者"とされ、"知識層"からは冷笑されるようになった。

差別から逃れる為、度のあるなしに関わら人々はメガネをかけるようになった。

"真実のメガネ"の効果は情報媒体に限られていたため、表だった差別は鳴りを潜めつつあった。

こうして、国民の95%がメガネ着用者になろうとしていた。


2105年

とあるSNSの書き込みが話題を集めていた。

関係筋からの情報です。
来週、大規模な気象異常により首都を隔離することがわかりました。皆さんパニックにならないよう対策をとりましょう。


"真実が見えるメガネ"が普及してもこの手の衝撃的な文面はまだまだ見られていた。これも"真っ赤なウソ"のひとつと思われていたのだが──

情報を出したアカウントの人間は身分を公開しており、"知識層"の一員だった。そして、公開された情報はメガネを通して見ても赤くならなかったのだ。

情報自体に異を唱えた"知識層"もいるにはいたが、"正しく"見えていた人々が圧倒的に多かった為無視された。

この事実が知れると国民はパニックになった。首都が隔離される為に災害並の対策が練られ、来たるその日に備える為に皆生活用品を買い込んで備蓄とした。

政府は否定の会見を開いたが、"知識層"が見ると赤く染まっていたため信じられる事はなかった。


"知識層"主体で来たるべきその日のガイドラインが作成された。しかし、"知識弱者"達にはどちらの発表が正しい物かの判別が出来なかった為、彼らは政府発表を信じ、いつも通りの生活を送っていた。


そして、来たるべきその日がやってきた。

異常気象に備え戦々恐々としていたが、驚くほどに何もなかった。穏やかないつも通りの日々だった。

結果、あの情報はデマとされ発信者は糾弾され逮捕される騒ぎとなった。

しかし、デマとわかった後でもその情報を見ても赤くはならなかった。

この騒動で"真実が見えるメガネ"の開発元にも問い合わせが殺到し、開発元が会見を開いた。

思わぬ形で顔に泥を塗られた"知識層"は皆"真実が見えるメガネ"をかけて会見を見た。


えー、この度の騒動ですが、えー、まず皆さんにお聞きしたい事があります。
皆さん、"真実が見えるメガネ"をお渡しした際に付属された説明書はお読みになりましたでしょうか。そこに答えが書いてありますので回答はそちらに代えさせていただきます。それでは。



会見後、あちこちの家からガタガタと家捜しの音が響き、それは朝まで止むとこはなかった。

ほとんどの"知識層"は"真実が見えるメガネ"が配布された後、説明書を読まずに破棄してしまっていた。


かろうじて説明書を見つけた者も、内容を信じる事が出来なかった。説明書の内容が真っ赤なのだ。
"知識層"は真実を求め情報媒体を探りに探った。
これ幸いと"知識弱者"達が拵えたウソの説明書の内容を読みふけり、これが真実だと流布する者まで現れたのだった。

"知識層"の混乱の大きさを深刻にみた政府は改めて開発元に会見を開くよう要請し、再度会見が開かれる事になった。

会場の開発者は呆れ返った態度でまずこう言った。

えー、会見を始める前に皆様にお願いがあります。
メガネを外してご覧下さい。いいですね、その曇って使い物にならなくなったメガネを外してご覧下さい。
よろしいですか?メガネですよ?これだけ言ってもまだそのガラクタにすがるおつもりならどうぞそのままお掛けのままでよろしいですが。では始めさせて頂きます。

しばしの間を置き、会見が始まった。

えー、前回の会見で説明書をお読みになれば答えがあると申し上げましたが、えー、説明書を読まずに破棄された方がですね、えー、こんなにいるとは私どもも想定出来てませんで…
説明書をお読みになった方もですね、内容を事実ではないと仰る始末でありましてね、私どもも驚いております。
改めて説明書の該当部分を読み上げます。
とはいっても、3ページ目ですがね。

『このメガネの使用期限は概ね3年です。期限中に一定の知識水準を下回ると、メガネが曇り正しい情報の判断が難しくなります。見えている真実がおかしく感じられたら、都度知識水準テストの更新を行って下さい。更新に至らなかった場合はメガネの返却をお願いしています。』


世界中の"知識層"達の顔が一斉に真っ赤になり、曇ったメガネを叩きつけた。

更新会場は"知識層"が殺到すると思われたが、実際に更新に訪れた者は僅かだった。

そして、その僅かな"知識層"の50%は再びメガネを手にすることは出来ず、"知識弱者"に落とされたのである。


2107年

国民の95%が度のあるなしにメガネを着用する今現在、情報媒体では下らないゴシップやデマ情報が溢れかえっていた。
"真実が見えるメガネ"をかけた"知識層"が踊らされている"知識弱者"を嘲笑っている。

そのメガネが曇っているかどうかは、誰にもわからなくなっていた──

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