磨けばいいってもんじゃない

ひとりの男がいました。

男は宝石の職人で、素人には価値があるように見えない石ころでも、職人の手にかかればきらびやかな宝石に姿を変えることができました。

その腕を買われ、男のもとには貴族から沢山の仕事が舞い込んでいました。男は沢山の石ころを宝石に変えました。

ある日、工房で男はひとつの石と向き合っていました。それは不思議な石で、磨けば磨くほど美しく輝くものでした。

依頼主の貴族は言いました。世界で一番美しく輝くように磨いて欲しいと。

男は石をじっくりと見て、触り、対話をしながら慎重に石を磨きました。

男から仕上がったと報せを受けて、貴族は馬車を急がせました。馬車ががたごとと揺れる度に貴族の胸は期待でいっぱいになりました。

石は、それはそれはキレイな、それこそ世界で一番美しい宝石になっていたはずです。はず、なのは残念なことに依頼主にとって満足のいく出来ではなかったからです。

貴族は男にもっと磨くよう命令しました。もう少し磨けばもっと素晴らしいものになると。

男は困惑しました。男にとってこれ以上磨けるところはなかったのです。男は断りましたが、貴族に強いられ、石を磨くことにしました。

あとどこを磨けばいいのですか、と男は問いかけました。知らんそんなの自分で考えろ、とにかく磨きが足りないのだ、手を抜くな。と貴族は言いました。

どうなっても知りませんよ、と男が研磨機に慎重に石を当てたそのときです。

ぱきん、とかわいた音をたてて石は粉々になってしまいました。

貴族は悲鳴をあげて石のかけらをかき集めました。でも、どんなに頑張ってくっつけても、石の輝きが戻ることはありませんでした。

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