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コロナ禍の誕生から4年。散歩社×omusubi不動産、BONUS TRACKの歩みとこれからの話。

2020年春、下北沢駅と世田谷代田駅のあいだに誕生した複合施設「BONUS TRACK」。小田急電鉄が思い描く「支援型開発」という夢のバトンを受け取り、いっしょにこの場所をつくってきた散歩社。そして下北沢という新天地でまちづくりに挑戦をすることになったomusubi不動産。今回は両者でBONUS TRACKの4年間をふりかえりつつ、未来の話もしてもらいました。

お話してくれるのはこちらの4人。

(右から)
内沼晋太郎さん散歩社 代表取締役
BONUS TRACKの仕掛け人の一人であり「本屋B&B」「日記屋 月日」というテナントのオーナーでもある。現在はインターネット書店「バリューブックス」の取締役も務め、長野県・御代田町と東京の二拠点生活。

獅子田康平さん/散歩社 クリエイティブディレクター
BONUS TRACKの運営から現場までを担い、施設内外での空間にまつわる活動を中心に、ウエディングのプロデュースも行う。

殿塚建吾さん/omusubi不動産 代表
BONUS TRACKの施設管理を担当。テナントとしてコワーキングスペース、イベントスペース、シェアキッチンを出店。

塚崎りさ子さん/omusubi不動産 コミュニティマネージャー
omusubi不動産がBONUS TRACKで出店するテナントスペースの企画運営を担当。利用者と一番近い距離で接しているコミュニティマネージャー。


オープン直後に緊急事態宣言。でもわるいことばかりじゃなかった。

───「4年間を振り返ってどうでしたか?」という質問に、さまざま想いを巡らせるみなさん。誰も予想できなかったコロナ禍というスタートも、いまとなっては良かったのかもしれない、と言葉が出てきます。

獅子田:このさき永遠に思い出すだろうなと思うのは、開業直後に緊急事態宣言が発令されたこと。でもそのおかげというと変ですが、近隣の方々とじっくりと馴染む時間が作れたと思うんです。僕は最初の半年間「ボーナストラック新聞」をひたすら書いて、ほぼ毎日ご近所さんにポスティングしていたんですよ。近隣の方々とオープンに会話ができる関係を築く、一つのきっかけになったと思います。地域の人が利用してくれるベースを作れたのはすごいよかったなと思います。

殿塚:僕も最初は緊急事態宣言で思うように動けなかった記憶が強いです。会社としても拠点が増えたから人を増やしたい、でもこの状況下でどうしたらちゃんとお金が続くようにできるんだろうってずっと考えていた気がします。BONUS TRACKに出店したことがきっかけで(omusubi不動産を)知ってもらえて、今かたちになりはじめていることが多くあります。

塚崎:私はオープンして半年後にomusubiに入社したんですが、一番最初のお仕事は夏祭りのヨーヨー釣りのおねえさん(笑)。施設運営という初めての業務に取り組みながら企画をしてみたり…いまも仕事内容はあまり変わらないけれど、当時は初めてのことだらけで、やること満載だったなって思います。

内沼:一番厳しいところからスタートしたから、伸びしろしかなかった4年間だなという感じはあります。普通は開業時をピークにだんだん落ち着いていくものなんだけど、ここは3年目くらいにピークがきて、いい感じで維持できている感覚。お金のこともだけど、一番心配したのは人のこと。新しい施設であることはもちろん、世の中が不安定であることもあって余計に、働く人にまつわることがなかなか安定しない。、すごいスピード感で各社それぞれ組織の形も変わっていったし、自分自身も成長していった。色んな意味で人とのコミュニケーションを考えた4年間でした。

殿塚:自分も含めテナントさんは、一人でコロナ禍の不安に立ち向かわなくて済んだことが心強かったと思います。開業後しばらくしてから、密にならないよう注意しつつ集まる場を設けて、テナントさんと交流する機会を作ったんですよね。あれがあったからその後も気軽に話したりできるようになった気がします。個人店だと相談できる相手もいなくて、孤立してもっとしんどい思いをしたかもしれない。

内沼:毎月店長会をやっていて、お互いに全ての店舗の売上まで知っている。お互いのテナントを想い合える商店街みたいな場所。ほかで小さな商売をしている人からしたら、うらやましい環境かもしれないですね。

テナントさんも運営側もみんなが“やさしい”。

───BONUS TRACKがほかの商業施設と違っているのは、「新しいことを始めたい人たちを応援する」という性格を持っていること。小田急電鉄の強い想いから生まれたこの大テーマを内沼さんたちが館に落とし込み、スタッフや各テナントも同じ想いを共有。だからなのかBONUS TRACKには、不思議とやさしさがある人が集まってくるそうです。

内沼:小田急さんは「支援型開発」と言っているんですが、ディベロッパーとして良いまちをつくっていくために大事なのは、誰もがチャレンジできる領域をつくること。たとえばテナントに対しては費用面などのハードルを低くすることで、商売を始めやすい環境を用意して支える。言うのは簡単ですが、それが実現できているのは本当にすごいことです。外からみるとテナントに注目しがちだけど、実際はオーナーシップを持っている小田急さんの「まちを良くするんだ」という思いが一番先にあって、それに引っ張られる形で僕らやテナントさんたちがいる。他のメディアでもよく言ってるけど、小田急の橋本さんと向井さんがすごいんです。だから見た目や枠組みだけ似たような施設をつくっても、おそらく同じ結果にはならないだろうなと思います。

獅子田:本当にそうですね。こういう開発ってよくあるのが、開発が終わったら運営管理の部署に引き継いで担当者も変わってしまうパターン。でもここは変わらず小田急電鉄の向井さんたちが担当で、月に1、2回ミーティングすることでずっと同じ感覚を共有できてる。万全の体制の中で僕たちも自由にチャレンジできるという、会社としても良い関係だと思います。

塚崎:私はいちスタッフとして、ここで働けてすごいよかったなって思います。これを言ったら笑われるかもしれませんが、自分の健康を感じるからそう思うんです。最初は何がなんだかわからないなかでやっていたのが、散歩社さんや他のみなさんと関わるなかでだんだん言葉が集まってきて、コミュニティマネージャーという仕事も、この場所が目指している像もわかるようになってきた。一つ一つ、一日一日を積み重ねて、この過程を経験できたことがよかったなと。

内沼:健やかに働くために、言葉が通じるということはとても大事ですよね。実感としてそういう話が出てくるのは、とてもいいなぁ。きっとBONUS TRACKで働くひとたちは、みんななるべく嘘がないように仕事をすることにこだわっているんですよね。運営側もテナントさんも、誰かにやらされているわけでなく自分の思いがあってやっているから、身体と言葉との関係性に無理がないというか。

獅子田:僕も個人的にいまハードワークではあるんですけど、すごく大変だと思うことがあっても、BONUS TRACKが在ることってすごくいいってずっと思ってます。

全員:うんうん、わかる。

内沼:やれるし、ここでやりたいし、良いものができそう、見たことのない風景が見れそう、っていうのがあるからこそ、忙しくてもやり切れるというのが、きっとあるよね。

殿塚:近くに「ありがとう」って思ってくれる人がたくさんいるのも、力になっているんじゃないかなって思います。たとえばBONUS TRACKのメンバーが全員同じ会社だとしたら、何をしても「仕事」で終わるけど、ここでは「ありがとう」を言ってもらえるし自分も何か返そうと思えるというか。

獅子田:みんなびっくりするほど優しいですよね。疲れて歩いているとお菓子をくれたり声をかけてくれたりして、どうやってこんな良い人たちばっかりが集まったんだろうって不思議に思います。

内沼:…持ち上げるわけじゃないんだけど、それさえもさ、やっぱり小田急の力なんじゃないかって思うんだよね。

全員:はははははは(笑)

殿塚:みんなを良い人にする“何か”があるってことですよね。『YOYO(旧:胃袋にズキュンはなれ)』の福家(征起)さんが言ってくれたことが個人的にうれしかったんですけど、「ここにいると、ここのために何かしようという気持ちにすごくなる」って。

内沼:それは支援型開発という形で、僕ら全員が最初に小田急さんから背中を押してもらっているからかもしれないと思うんです。自分が背中を押してもらったから、次は自分も誰かの背中を押したいと思う。BONUS TRACKのみんなの中にはそういう気持ちがベースにあるから、やさしさが循環しているような気がします。近所の方たちや訪れてくれる方々にもその気持ちは伝わっていたらいいなと思うし、伝わってるなと思う瞬間もすごくあります。

社会に小さなアクションを起こすきっかけの場所になりたい。

───聞けば聞くほど魅力的なBONUS TRACK。これからどんな場所に成長していけばいいなと思っているのか、それぞれの思い描く未来を教えてもらいました。

塚崎:自分の仕事の範囲でいえば、「MEMBER’S(コワーキングスペース)」に力を入れたいです。会員さんも大募集中ですが、みんなで取り組む部活動みたいな集まりがいくつかあるんです。明日はちょうど2021年から始まった「落語部」の2回目の素人発表会があるんですが、そんなふうに自分たちで何かやってみたいという会員さんがもっと集まって活動しやすくなれば、コミュニティとしてより面白くなりそうだなと思っています。

内沼:部活動があるの、本当にいいですよね。実際にこのまちでやられている例で「園藝部」というのがあるんだけど、母体はランドスケープデザインや植栽をやっている会社で、そこに植物に関心のある人たちが集まって、ボランタリーに関わる人たちも含めて、この線路街全体の植栽管理が成り立っている。これも本当に素晴らしいあり方だなと思ってて。これからは働く人やコワーキングの会員さんだけじゃなく、“お客さん以上、スタッフ未満”みたいな人たちも、なるべくBONUS TRACKに関わってもらえるようにしていきたいので、もっといろんな部活動が生まれるようにしていきたいです。

殿塚:僕らが松戸で芸術祭をやっているのもまさにそんな印象で、いつもお手伝いしてくれるという立ち位置の方々が活躍してくださるんですよね。BONUS TRACKならテーマ別に、いろんなコミュニティをつくれそうですよね。

内沼:いわゆるカルチャー=文化的なことと、ソーシャル=社会的なことを2本柱にしたいと思っていて、そうしたコミュニティの人たちにこの場所をメディアとして使ってもらえるようにしていきたい。入口は下北沢らしい、カルチャー的なイベントなんだけど、そのなかで自然と社会課題に取り組んでいる人を紹介したりすることで、参加した人が日常で小さいアクションをすることに興味をもつような、そういう渦の中心を作っていきたいという思いがあります。いま年間イベントとして6月に環境月間、11月にケア月間というのをやっているんですが、たとえば環境月間に向けてみんなで勉強会を開いたり、課題図書を読んで準備をするとか。まずは2つのイベントを起点にして広げていけたらいいなぁ…ってアイデアをちょうどメモしてました。

獅子田:すごくいいですね。僕はもう少しインナーのことで、学校的な取り組みをやりたいなと思っています。ここには経営者、マネージャー、現場スタッフといろんなレイヤーで働いている人がいるので、外部の人から学ぶ場を設けて、チームでも個人でもスキルアップをしていきたい。そうすればもっと健やかな場所になると思うんです。

殿塚:omusubiとしては、施設の外にBONUS TRACKを染み出させることも大事な役割だと思っています。地元の土地のオーナーさんたちがこの場所に共感して、同じような考え方でテナントを受け入れていく流れができたらいいよねって。去年から今年にかけて2、3件そういう不動産が出てきていて、レンタルスペースの利用者さんの出店が決まったりもしているので、今後もっと広げていきたいです。

内沼:僕はたまにBONUS TRACKのことを雑誌にたとえて話しています。広場のイベントを「特集」に、テナントの営業を「連載」に見立てて編集しよう、クライアント案件であってもBONUS TRACKらしさを大事にして、ただの場所貸しではなく「記事広告」のように企画しよう、というような意味合いで話してきました。いま話していて思ったのは、たとえば「『POPEYE』を読んでいる」というのは、自分をあらわすひとつの要素というか、態度みたいなものとして機能し得ますよね。それが雑誌の面白いところのひとつだと思うのですが、BONUS TRACKのような場所もそれになり得るのではないかと。「BONUS TRACKによく通っている」ということが、ある人たちにとっての態度表明になるくらいの場づくりを目指すというのも、いいかもしれないですね。

そして新たな場づくりへ。

───BONUS TRACKももちろん続いていきますが、散歩社とomusubi不動産、それぞれまた新たな場づくりに挑戦中なのだとか。最後にその話もちょっとだけ紹介します。

内沼:散歩社はまた小田急さんと一緒に、旧池尻中学校、旧世田谷ものづくり学校(IID)の跡地活用のプロジェクトに採択され、取り組むことになりました。2025年の初めからゆるやかにスタートして、その後にフルオープンを目指していく感じです。1階がBONUS TRACKのようにお店があるようなオープンなエリア、2階はコワーキングスペースと新しい教育施設、3階はオフィスになります。道を挟んで世田谷公園と隣接していて、とても気持ちのいい空間です。校庭や体育館もあって、規模はここの何倍にもなるので、BONUS TRACKでは収まりきらない、広い場所が必要な企画もできますし、連携することでさまざまな可能性が広がるなと期待しています。

殿塚:omusubiは学芸大学の高架下が舞台です。耐震補強のために東西1kmに渡る高架下がリニューアルされるのですが、碑文谷公園に隣接する区画に「GAKUDAI COLLECTIV」という複合施設をつくります。この秋オープンする予定の12のテナントとシェアキッチン、シェアアトリエ、コワーキングスペースが入るのと、隣接する碑文谷公園の民間活用も見据えたプロジェクトになります。また地元の松戸でも、BONUS TRACKのような場所をつくりたいという人も出てきているんです。まちごとにやり方は変わるので、各拠点で得たものをそれぞれのまちで相互に活かしていけたらいいなと思っています。


Photo・Text=井上麻子


*2024年7月現在、omusubi不動産ではBONUS TRACK MEMBER'Sの統括マネージャーを募集しています。7/13(土)には採用説明会を開催予定です。場の運営やディレクションにご興味のある方、どんな仕事?とご興味を持ってくださった方、ぜひ下記をお読みいただけますと幸いです。


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