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自分らしい道を選ぶエネルギーは「好き」という思いにある。 | ”おみせ”の人びと

もうすぐ30代半ばの私。それなりに年を重ねてきたつもりでいたけれど、人生を俯瞰してみると、まだまだこの先は長いのだとふと気がついた。

周りの人が道を指し示してくれた10代、体当たりで取り組んできた20代を経て、これからは仕事も生き方も、より自分らしい道を選び取ることができたら。

でも「自分らしい道」を選択することは、簡単なことではない。
そもそも「自分らしい道」って何?どうやったら選ぶことができるの?頭の中はクエスチョンマークと不安だらけだ。

だとしたら、自分のお店や活動を築き上げてきた人たちは、人生の分岐点で、どうやって歩む道を決めてきたのだろう。

そんなことを聞きたくて、「”おみせ”の人びと」シリーズの2回目として、今回も2人の店主さんにお話を伺った。

1人目は、ブックカフェ「ひとつぶ」を営む大塚美貴子さん。2人目は、本屋「BREAD&ROSES」の店主、鈴木祥司さん。2人とも、松戸から私鉄で10分ほどの距離にある常盤平の街に、これまでの経歴とは異なる業種のお店を営んでいる。

ひとりの時間を楽しむカフェ

大塚さんのお店「ひとつぶ」は一人の時間を楽しめるカフェ。店内の本棚には大塚さんの嗜好が詰まった本が並ぶ。カレーやポトフなどのご飯ものやおやつ、コーヒーをお供に、誰もが思い思いの”一人の時間”を楽しんでいる。

大塚さん:前の仕事を辞めるとき、これから何をしたいか考えていて、本を読める空間というコンセプトを思いついたんですね。これからは好きだった本に囲まれて生きていきたいなって。

ひとつぶ 店主の大塚美貴子さん

小さな頃から本や読書が大好きで、学生時代は憧れの本屋でアルバイトをしたほど。会社勤めをしていた時も、本をテーマにしたお店や空間をいつか作ってみたいと、家の近くの空き戸建を横目に夢想する日々。

そんな時に出会ったのが、今も憧れてやまないお店「フヅクエ」。「本を読んで過ごすこと」に特化したお店で、都内に数店舗を構える。

大塚さん:「自分が求めていた場所のイメージに近いかもしれない」と思って、実際行ってみたら、やっぱりすごくよかったんです。その頃にこの物件に出会って、もう色々ドンピシャじゃない!って。(笑)omusubiさんとも知り合うことができて、「地元にこんな面白い活動をしている方がいるんだな」って感じられたんですね。色々なことが重なって今のひとつぶに繋がっていきました。

ひとつぶ店内

物件を契約した後、コロナ禍に突入。社会全体が不安に苛まれる中もオープン準備を続け、緊急事態宣言が開けるとともに「ひとつぶ」をオープンした。

大塚さん:まさかあんなことになるとは思いませんでしたけど・・。でもひとつぶが大事にしていることは「一人の時間を楽しむ」こと、つまりおしゃべりを中心にしない場所だったので、他の飲食店とは少し状況が違ったと思います。不慣れな中でのスタートだったので、ゆっくりと始められて、かえって良かったこともあったと今は感じていますね。

世の中が混乱していた傍らで、大塚さんが静かに漕ぎ出したお店は、この夏で4年を迎える。

地元の縁をつなぐ本屋

鈴木さんが営む「BREAD&ROSES」は、常盤平駅から歩いて約10分。地元では有名な桜の名所「さくら通り」沿いにある。白を基調した店内に広がるのは、DIYワークショップで参加者とともに作った本棚。鈴木さんが選書した、新刊を中心とする本が並ぶ。お店の中にはカフェスペースもあり、セルフサービスのカプセルコーヒーなどとともに、同じ物件に入居するお菓子工房「やつやつ」さんのお菓子も購入可能だ。

BREAD&ROSES店内

鈴木さん:「BREAD&ROSES」は小さな本屋として、本を販売しながら、ブックフェアやトークイベントなど、色々なイベントも開催していきたいと思っています。特に地域との関わりを大事にしたいなと思っていて。地元のアーティストの展示など、活動の発表の場としても使ってもらいたいと考えています。

BREAD&ROSES 店主の鈴木祥司さん
ちょうどこの時はomusubiのスタッフ数名の有志による展示を開催中

鈴木さんの社会人としてのスタートは、実は本屋だった。2年ほどで転職し、その後は労働組合の職員として30年以上務めた。
そこから再び本屋になろうと思ったきっかけは、定年退職だった。

鈴木さん:定年後の生き方として、有力な選択肢の1つは「そのまま職場に残る」ことでした。今は65歳まで働き続けることが当たり前ですし、仕事にやりがいも感じていた。ただ、それ以外の候補として考え始めた1つが、本屋だったんです。

定年後を考える上で、鈴木さんは「三角形」を大事にしていたという。1つ目はやりたいこと。これは三角形の頂点に位置する。2つ目はできること。そして3つ目は食べていけること。
様々な独立系と呼ばれる本屋をめぐる中で、鈴木さんの中で大きくなっていったのは、1つ目の「やりたいこと」だった。

鈴木さん:お店を回れば回るほど、「やっぱりすごい、自分でもやりたい」という思いが強くなっていきました。本屋なら、始めるのに資格もいらないですしね。
ただ3つ目の「食べていけること」、これが難しかった。妻にもすごく心配されました。最後は、チャレンジをする年齢の上限とこれまでの蓄えも後押しになって、踏み切りましたね。今も妻には認めていないって言われますけど、「どうせやるんだったら」って手伝ってくれている。向こうのほうが肝が座っています。(笑)

”第2の人生”どころではない

実は今回、私はこの対談を依頼するにあたって、「第2の人生のその先へ」というテーマをおふたりに伝えていた。
ただ、そのテーマを見た時、大塚さんは「今は”第2”どころじゃないな」と感じたという。

大塚さん:大学を卒業後、就職して、子どもが生まれてからは10年くらい専業主婦をしていました。その後、パートとして社会に復帰して、正社員になって。
1番大きな転機は、専業主婦になったことですね。それがいわば第2の人生が始まったときだったと思うんですよ。子どもたちが大きくなって、そろそろ働きたいなって思った頃、それが第3かな。だからもう、転換点だらけなんですよね。

特に女性にとって、結婚や出産、育児など、ライフサイクルの大きな変化が仕事や社会との関わり方の転換点になることは少なくない。そしてそうした変化は1度ではなく、2度3度と続いていく。確かに”第2”どころではない。

では、どうやって第4とも言える今の転換を遂げたのか。

大塚さん:最後に務めていた会社は楽しかったのですが、色々とあって退職することになりました。その後どうしようって思った時に、自分が好きだった本の世界を思い出したんですね。もうちょっと本に触れられる仕事がしたいなあって。

大塚さん:子育て中はなかなか本も読めなかったし、本屋に行くのも難しかった。今の生活になってから、読んだり掘り下げたりしたい本がたくさんできて、すごく楽しいんです。大学生の頃、自分の好きなものにまっすぐだった時期に戻っているみたいだなって感じています。結局、自分の”好き”という気持ちに帰ろうとしているような感覚はありますね。

大塚さんの言葉を聞きながら、鈴木さんが頷く。

鈴木さん:私は労働組合に勤めていた時、組合員の人たちや社会的な目線に立って、色々なことを発信する仕事をしていました。もちろん意義を感じていたし、この仕事は自分にあっているという感覚もあった。だけど、組織の中で働くことには様々なしがらみもあるんですよね。

だから私の場合は、もう少し自由に、自分の思うようにやりたいという思いも後押ししたと思います。今は一人で決めることができる。もちろん不安なこともありますけど、今は決断する楽しさも感じていますね。

鈴木さん:あと、これまでの仕事は、組合員の人たちとそんなに直接的な関わりが持てなかったんですね。でも今は、地域のお客さまと毎日のように接している。お客さまの色々な人生に触れることができて、勉強にもなるし、面白い仕事だなと思います。

”好き”は最大のエネルギー

もしこれから、自分の思いを形にしたい、そんな場所を作りたいと思う人がいたら、2人はどんな言葉をかけるのだろう。

鈴木さん:これから若い方が自分の思いを形にしようとするときに、「食べていけること」というのは本当に切実なことだと思うんですね。
経済的にやっていくのが厳しいから「やりたいこと」を諦めざるを得ないと考えることもあると思います。それは現実として仕方のないことだと思うんです。
それでも、本当に自分が「やりたいこと」の部分は、どうにか頑張って掲げてほしい。もうアドバイスでもなんでもなくなってしまうんですけど・・。

力強い言葉の最後、声のトーンが少しだけ落ちる。「三角形」という客観的な視点を持って考え続け、それでもなお「やりたいこと」で選び取った鈴木さんだからこそ、きっとその思いは身に染みている。「だけども、志の部分は高く」という言葉に、切実さを感じた。

鈴木さんの言葉に頷きながらも、大塚さんは少し軽やかさも感じさせながら言う。

大塚さん:若いうちに「やってみたい」と思うことがあれば、どんどんそれに対する知識や経験を積んで欲しいです。私の場合は、そういうものがないままに飛び込んでしまった。だからこそできたこともありますけど、やっぱりノウハウや経験はあればあるほどいい。経験を積んで、お金も一生懸命貯めて。そうしていくうちに流れに乗れるかもしれないし、自分のお店を持つことになるかもしれない。何が起こるかわかりませんから、そのための準備は抜かりなくして、いつでも飛び立てる準備をして欲しいと思いますね。

最後に、それぞれこれから取り組んでみたいことを聞いてみた。

大塚さん:私は、お店のクオリティをどんどん上げていくっていうことを今年の目標にしていこうと思っています。そこが自分に一番足りていないところだと感じているので、改めて勉強もしてみたいですね。

鈴木さん:私は本を売ることの前に、本を紹介することが仕事だと思っています。だからできるだけ本を読んで、伝えていきたい。
それからこの場所自体を、もっと地域の文化拠点だったり、情報が集まるようにしていきたくて。街のサードプレイスのような場所になったらいいなと思っているんです。

大塚さん:BREAD&ROSESさんができて、まさにそういう場所が常盤平に増えたなっていう印象がありますよ。時々ひとつぶが満席で、お断りしてしまうお客さんもいらっしゃるんですね。そういう時に紹介できるお店があるのはありがたいです。ひとつぶに来たお客さまが紙袋を下げていて、見たらBREAD&ROSESさんの袋だったっていうこともありますしね。

鈴木さん:うちの店も、本当にひとつぶさんで知ってきてくださった方が本当に多いんですよ。

大塚さん:こうやって地域のお店が増えて、一つ一つの点から面として広がっていくのが良いですよね。

鈴木さん:そうですね、より広がりができる。「あそこにいくと面白いものに出会えるよ」っていう街にもなったらいいなって思いますね。

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それぞれの人生の分岐点に立った時、道を選び取るためのエネルギーの源は、2人とも自分の「やりたい」という気持ちだった。

もちろん、選ぶ上でのポイントは他にも多々あった。お金のことも含めて、いくつかの視点から選択肢を見ること。興味があるものには、少しでもインプットを重ねておくこと。

様々なことを考えて悩んで、それでも最後は「好き」という思いを道標に、グイと自分が歩く方向を定める。

これからもし人生の転換点で迷ったら、自分の「やりたい」という気持ちを思い出してみればいい。
それは転職だったとしても、お店を持つことだったとしても、道を選ぶときは、きっと同じ。

よく晴れたさくら通りを歩く帰り道、少し自分の心も軽くなったような気がした。

(文章・写真 原田恵)


【各店情報】

・喫茶と読書 ひとつぶ
住所 〒270-2261
千葉県松戸市常盤平2-9-1
第2石川ビル3F
営業時間 13:00~21:00
定休日:火・水曜日
インスタグラム https://www.instagram.com/hitotsub291/

・本屋 BREAD & ROSES
住所 千葉県松戸市常盤平4-8-15 ウエキビル1F
営業時間 
ランチ 12:00~20:00(日曜日18:00Close) 
定休日 :月曜日
X https://x.com/breadrosesbooks

※状況により、営業時間等が変更になる場合があります。詳細は各店舗のインスタグラム等をご確認ください。

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