高校1年生の時からなりたかった日本語教師の資格を得るまで#2大学生:入学~ゼミ決定編

さて、めでたく大学1年生になった当時のomuraisuこと私はもちろん、日本語教員養成課程を履修することに。もちろん、教職課程も取りましたが、こちらは英語にすることに。

養成課程ハードモード

私が在籍していた大学の養成課程では、必要な科目を含めた一定の単位数以上を取り、なおかつ上位科目の平均が75点以上というルールでした。おそらく、教職課程で国語科を選んでいれば被る科目も多く、そこまで大変ではなかったと思います。実際、国語の免許と養成課程に在籍する同期もいたので。ですが、私は英語と養成課程なので、なかなか被らない!笑 多文化共生や言語比較という意味では被る科目はありましたが、そもそも両極的ですからね。
2年生の後期までパンパンの時間割で、4年生になっても教職と養成課程がらみの講義に出る必要があって卒業するために必要な単位を取り終えても大学に行き、単位に関して気の抜けない時期もありました。でも、自分の興味のあることを勉強しているので、総じて面白いなと感じる講義は多かったです。
※1年生の時、必須科目だった教育心理学は落単しました。2年生で再履修して単位を取り直したので、成績ダメダメだから無理と思わず頑張ってください

まさかのインターン

そして大学2年生になる春。留学するなら今年(大学2年)後期だと思っていたけど、教職課程と養成課程の掛け持ち、魅力的な提携校がない…。うーん。と思っていた時、日本語教師アシスタントのインターンシップを発見。即刻応募することにしました。この時行く前にアクシデントがあったけど、既に書いたので割愛。詳しくはこちらの記事から。
高校生の時は少なからず語学研修という側面はあったけど、今回は「日本語を駆使すること」が目的だったからあまり英語力は伸びていないです。先生達は間接法で教えていたけど、私はあえて日本語を貫くスタイル。
途中で風邪引いて大変だった時もあったけど、毎日が楽しかったです。久々に見る海外・ニュージーランドということもありましたが、やっぱり教育関連の資格を勉強する人間としてリアルな海外の教育を目の当たりにできたことは大きな財産になったと思います。正直、日本とニュージーランドでは目的が違いすぎて、持ち帰って教職課程で活かせるか不安を覚えたこともありました。
ここでの一番の糧は、現地の先生から言われた言葉です。
「この子達に背景を教えてあげて」
これは日本に帰る1週間前くらいにとある授業をやらせてもらう時に言われた言葉です。確か、日本のお菓子(干菓子、上生菓子とか)について話す時だったと思います。当たり前過ぎてそんなこと考えてもいなかったのでハッとさせられました。あと、日本語教師になる!と思っていたのに教えられることの少なさをめちゃくちゃ恥じました。「日本人はなんで現金が好きなの?カードで良いじゃん!意味分からない」みたいなことも言われましたが、ハッキリ「こうだよ」と説明できないんですよね。挫折みたいな衝撃を覚えて、日本に帰りました。
ちなみに、この先生とは今でも話していてアニメや漫画の話で盛り上がっています。2年くらい前には某刀が擬人化したゲームを布教して、その後すぐ某バレーボール漫画を読んだ!と連絡が来ました笑

大きな岐路

日本に帰って1ヶ月もすればゼミ選択が待ち構えていました。ゼミによっては主専攻が取れます。入学当初、私は言語学に関するゼミに入ってガッツリ日本語教育の研究をしようと思っていました。
ですが、言語学に興味がなかったこと、何よりインターンで言われた言葉が忘れられませんでした。そして、私は言語学ではなく、日本文学を研究するゼミに入ることを決めました。理由はもちろん、背景を教えられる教師になりたかったから。
ゼミで言語学を選ばないということは主専攻の選択肢はほぼ消えたことになります。日本語教師になるのが夢なのに副専攻で良いの?と疑問を感じる人もいると思います。でも、私は日本語や文法だけを教えられる教師にはなりたくないです。文化やその背景を教えられる人になりたいから、副専攻を選んだことに後悔はないです。もちろん、前者のような教師像が悪いとは思いませんし、人によってはそっちの方が良いと感じると思います。それは否定しません。あくまで、私の理想が文化や背景を教えられる教師、というだけです。

次回、最終回(のはず)実習と就職活動と今後

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