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+3℃

例えば、君が君じゃなかったら
寒いね。
ってだけで電話なんかしてないよ

「もしもし。」
 「もしもし。」
「今日寒くない?」
 「いつも言ってんじゃんそれ。」
「いやぁ、だってこの時間よ?」
 「確かにそれもそうだね。今外?」
「そうそう。バイト帰り。」
 「んー、おつかれ。」
「君は今何してんの?」
 「今?」
「そ」
 「今は課題やってた。で、終わったところ。」
「あー、おつかれ。」
 「んー。」
「寒い。」
 「かわいそうに、風邪ひくなよ。」
「…うん。」
「じゃあ。」

 バイト先から家までの帰り道、外気が冷たい。君からの「風邪ひくなよ」って言葉はもう切るよって合図だと何回目かの電話で知った。そして、そのあとかけ直してねって合図でもあることをその数回あとに知った。別に7回目のベルで受話器をとるわけではないんだけど、急にかける電話にすぐに出てくれる君の声は、みんなといるときと違って少し優しい。
 寒いから、と電話をかける相手なんて今までの冬にいなかった。思えば冬なんて、いつも寒いわけだし。どんな冬にもマフラーとダウンとブーツがあって、吐く息の白さに空気の冷たさを知った。誰かと過ごす冬もあれば、一人で過ごす冬もあったけど、最後にはまだ行かないでって悲しくなるのが十二月なんだと毎年思う。今年の冬は君のせいでいつもよりも早くそう思い始めた。
 電話を切り、足速にイルミネーションの光の中を進む。一人になるこの瞬間がたまらなく寂しい。どうしてこんなにも寂しい夜を過ごさなきゃいけないんだ、と冬と君をちょっとだけ恨みながら家に向かった。
 簡単に言えば、友達を溶かして固めて「おともだち」にしたのが君だ。周りの人とはまた別段上の「おともだち」。気のおけないひとで、それでいてお互いにお互いの心を一番さらけ出せる間柄。少なくとも、私はこの先何年もこのひとと一緒に居たいと思う。君もおんなじ気持ちならいいなとも思ってる。大学生のただの戯言なんだけど、今しか言えないことだからと気持ちを残した。


 家につき、温かい湯船に浸かる。作り置きしていた豆腐ハンバーグを電子レンジでチンした。この春、大学に入ってから一人暮らしを始めて、早もう一年が経とうとしている。一人の家に帰ってくることには慣れたけど、寂しいなって気持ちを浄化するのにも同じくらい慣れてしまった。換気扇の音とか、アナログ時計の針の音とか、隣の部屋の人のテレビの音とか、実家では気が付かなかった小さな音たちに気がつくことで独りを感じる。


 いつもよりゆっくりとお風呂に入ったせいか、時刻はまもなく24:00をさそうとしていた。そろそろ、かけ直さないと君が寝る時間になってしまう。「おやすみ」の四文字をいうために、はやる気持ちで電話をかけた。

「もしもし。」
 「もしもし。」
「眠いね。」
 「眠い眠い。遅すぎるよ、かけ直すの。」
「お風呂とご飯の時間ぐらいちょうだいよ。」
 「まぁ、それはしっかりとってもらって。」
「といっても、お風呂で寝てただけなんだけどね。」
 「それ、危ないって。気をつけな。」
「うん。もう、夜遅いから出ないかと思ってた。」
 「いや、眠かったけど、かかってくるかと思って。」
「ごめんね、ありがとう。」
 「まぁ、いいっていいって。」
「遅いから、おやすみってだけ言おうとしてた。」
 「せっかく待ってたのに。」
「ごめんって。」
 「寝るまでは話そうよ。」
「明日早いんじゃないの?」
 「そこはなんとか。」
「そ?」
 「うん。」
「じゃあ…今日何してた?」
 「今日は、…」

 たわいもない話をして、君が暖房をつける音がして、私がベッドの中に潜って、「おやすみ」の前に君が眠りに落ちる。今日が君の声と共に終わっていく。この瞬間がたまらなく愛おしい。


 君が眠ったあと、静かに君のLINEの名前を「火星人」にした。考えが読めないのと、少しの愛をこめて。君は大体ネリリキルルハララしている。そこがいいなと私は思う。今日も今日とて「火星人」との夜の交信は優しくてあっという間で少し暖かかった。さっきよりも体感温度+3℃の世界が私を包み込む。
 煌めく空の星よりも、眩い光のイルミネーションよりも、一本の電話だけで自分がこんなにも幸せになれるなんて、今までの人生じゃ知れなかった。少し上がった体温を下げたくてベランダに出る。半分よりも少し太めの月の下に三つの光が光っていた。火星はここから見えないけれど、私の近くにきっといるんだろうなと思うと、独りじゃないんだって気がしてくる。

金星、土星、木星、
夜空を指で
なぞりながら
溢れた思いに
名前をつけた


蜂賀三月さんの企画に参加させて頂きました。
https://note.com/apis3281k/n/n3cc83d2205d3

#創作の輪2021
#アドベントカレンダー2021

昨日はゆうらさんの可愛いエッセイ漫画でした。
ちなみにオオムラ家は家族全員にサンタさんがくるという制度です笑。よそはよそうちはうちですね。
https://note.com/yuruyuura
https://note.com/yuruyuura/n/n27e8e0f6db4b



明日は湯呑屋さんです。
https://adventar.org/users/44425
なにやら、【クリスマスに一矢報いる者達だけに聴こえるジングル】とのこと。気になります。明日の湯呑屋さんの作品、とっても楽しみです!

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眠れない夜に

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