博士取得直後に任期なし助教の職を得た話【物理系博士課程学生の就活体験記】

タイトルの通り、個人的なアカデミアの公募体験記、というよりはいち博士課程学生の就活体験記です。

はじめに、この記事の内容は私の一例であって一般論ではありません。
大学院生・研究者の数だけある体験談の1つと思って読んでいただければと思います。

さて、私はこの4月から高専で任期なし助教として着任し、アカデミアでの教員としてのキャリアをスタートすることになりました。
私の専門分野でポスドクを経ずに任期なしのポストを得られることは極めて稀で、幸運としか言えません。

というわけでこの記事では、1つの体験談としてアカデミアの公募、もっと広く物理系博士課程学生の就活体験や感じたことをまとめようと思います。

専門分野

私の専門分野は宇宙物理学で、主に数値シミュレーションを用いた理論的な研究をしています。
なので、基本的には自分の有する物理学や数値シミュレーションに関する知識・経験を活かせる求人に応募することになります。

就活の状況

博士の学位を取った後にどうすべきか迷いに迷った末、「そんなに迷うならとりあえず全部応募してから決めれば良い」との結論に至りました。そのため、最終的にさまざまな選択肢を選べるように、考えられうる全ての進路を潰さないように進路を探ってきました。

具体的には、民間企業・学振PD・高専の公募に応募しました。

民間企業

主に都内で探していました。
会社の規模や業種はあまり絞らず、広くAIやデータサイエンス、数値解析等に携われそうな企業を中心に探しました。
アカリクやLabBaseといった院生向けの就活サービスを中心に職を探し、最終的には都内の2-300人規模のベンチャー企業から機械学習エンジニアとして内定をいただき、助教がダメだったらそこに行くつもりでした。

民間企業の就活も体験した感想としては、企業の規模を問わず博士の院生を評価してくれる企業が想像以上に多かったです(少なくとも新卒扱いでは)。

これらの企業は、研究で培う試行錯誤のプロセスや忍耐力、アイデアを生み出す思考力や知的好奇心などを評価している印象を受けました。普段の研究活動では、直接的に褒められる・評価されるということが少なかったため、自分が企業で評価されることが意外だったし、予想以上に就活を楽しむことができました。

私の専門は宇宙物理系なので民間企業でダイレクトに専門知識を生かすことはほぼほぼ不可能ですが、それでもAI系や数値解析系の研究開発職、コンサル・シンクタンクなどのポジションで職を得ることは十分可能という印象でした。

また、博士中途退学の学生を新卒として受け入れてくれる企業もけっこうあって、博士進学後に「やっぱ研究しんどい」と気持ちが変わってもそこまで心配することはないのではないでしょうか。
研究へのプレッシャーや経済面、博士取得後のポストなど不安要素はたくさんあると思います。ですので進学を手放しにお勧めできるわけではないですが、少なくとも民間企業への就職という点を悲観的に見る必要はないと思います(文系博士に関しては状況は違うかもしれません)。

若いうちであれば、ある程度ポスドクや助教を経験した後でも民間企業への転職は可能だろうという感触を得ることができ、自分が将来取り得る選択肢の幅が広がったという意味でも、企業就活をした意義は大いにありました。


【民間企業向けの就活スケジュール】
情報系やバイオ系・化学系などと比べて物理系の博士の民間就活情報はまだ少ないと思うので、一例として参考にしていただければ幸いです。

D2の6〜7月
各種就活サイト等で情報を集め始め、説明会等に参加し始める。

D2の夏休み
引き続き情報収集しつつ、1dayインターンに参加する。(少なくとも短期の)インターンは内部の人とざっくばらんに話す場として使う価値はあったが、それ以外の価値は特別感じなかったため、1つ2つ参加した後はそれ以上は深入りしないようにした。

D2の年末
早いところは選考が始まるので2,3社受ける。実際に入社するつもりだったベンチャーにはこの時期に内定が決まっていた。以降は民間就活は手を抜き、アカデミア就活の準備にシフトした。
選考の早い企業で内定を決めておくと、民間の面接と学振PD等の時期が被る可能性が減るので負担もだいぶ減るし、何より精神的な安心材料にもなった(学位取得後の行き先がある安心感はやっぱりでかい)のでこの選択は個人的には正解だったと感じた。

D2の年度末〜D3の序盤
学振PDや公募書類等を書きつつ、選考が始まった有名企業を2,3社受けるも普通に落とされる。ハイレベルな人が集まる企業や、特定の分野の研究・開発に力を入れている企業では、ポテンシャルよりも専門分野やこれまでの経験とのマッチングがより重要視されるのだと痛感した。

この後D3の7,8月までは就活サイトのメッセージの受信をONにしていたのですが、この時期でも複数の企業からメッセージが届き続けました。
中には誰もが名前を知っているような大企業からの求人もあり、民間企業への就活はかなり遅い段階(D3の夏休みくらい)からスタートしても間に合うのではないかという印象です。


ポスドク

ポスドクをやるにしても首都圏の研究機関で働きたい意志が強かったため、東京都の機関に学振PDを申請しました(ちなみに不採択でした)。
また、結果的には申請しませんでしたが、海外学振を出すために海外の研究者にコンタクトを取ったり、毎年定期的にポスドクを雇っている機関の研究者とコンタクトを取るなどし、学振PDがダメだった場合に、他のポスドクの公募の勝率を少しでも上げるための関係作りも意識していました。
日本だとなかなかないと思いますが、資金が潤沢な研究室や研究機関などではポスドクとして雇ってくれるチャンスもわずかながらあると思うので、ダメ元でも連絡を取ってみる等のアクションを積極的に起こすことは重要と感じました。

アカデミアの教員公募

この後でも詳しく述べますが、アカデミアの教員公募は高専教員の公募に絞っていました

D3の5-7月にかけて以下の2件の選考がほぼ同時進行していました。

【A高専(電気工学)】
書類の締め切りから1ヶ月半後くらいに通過の連絡をメールでいただく(締め切りから時間が空いたので書類で落ちたと思っていた)
→その2,3週間後に面接
→B高専内定のため辞退

【B高専(物理)】
書類の締め切りから2週間後くらいに通過の連絡をメールでいただく
→その2,3週間後に面接
→面接2,3日後に内定の意志確認の連絡を電話でいただく
内定承諾

今回縁がなかったA高専の方も、応募がJrec-inからの電子応募でよかったり、こちらの都合で面接や返答の日程を調整していただいたりと、極めて柔軟な対応をしていただき本当に感謝しています。

内定をもらっていた民間企業も雰囲気が良いし、仕事も楽しそうだし、立地も良いし、内定の前後で大変良くしていただいた(給料や内定承諾時期などだいぶわがままを言ったが全て受け入れてくれた)ので大変迷いました。

しかし、内定を得る難易度や研究・教育を続けられること、民間就活を通して今後も民間への転職のチャンスがありそうなこと等を鑑み、最終的には助教に決めました。

高専教員の公募で意識したこと

自分が勝てる土俵で戦う

これは「なぜ高専の公募に絞ったか」というところに繋がります。

私は学部時代は教育学部の学生だったこともあり、中学校・高等学校理科の教員免許を有しています。
それだけでなく、修士課程時代の2年間は都内の中高一貫校で週2,3日ほど非常勤講師として実際に中学理科と高校物理を教えていました。
またアウトリーチ活動にも関心があったため、博士課程時代の間はアウトリーチ活動の実践も積極的に行ってきました。

このため、私は同年代の大学院生・ポスドクと比較すると教育普及関係の実績が圧倒的に豊富でした。
特に高校生年代に対する教育経験は、教員免許を持っているからこそできる貴重な経験で、とりわけ高専の公募では他の研究者と明確に差別化できるユニークかつ強力な手札でした。

また、知り合いの複数の高専教員の方々から、現在高専では若い人材の採用にかなり積極的であることも聞いており、博士取得直後は年齢も他の研究者より優位に立てる要素の一つだと考えました。

大学の公募や待遇の良いポスドクといった研究業績重視のポジションに応募しても全く勝ち目はなかったはずですが、高専であれば、高校生への教育実績・アウトリーチ活動の実績や関心・若さを前面に押し出せば自分でも十分に勝算があると考えました。

さらに、自分の専門分野も高専とマッチングしやすいと考えていました。

私の研究活動のかなりの割合を占めるのが、シミュレーションコードの開発やデータ解析です。
つまり、物理学の中でもプログラミングを積極的に使う分野です。

高専はものづくりを専門的に学ぶ場所なので、プログラミング経験も(わずかながら)他の候補者との差別化の要素になると考えていました。

他にも、勝率を上げる手段として「工学系・情報系の公募にも目を向ける」という点も意識していました。

物理等の理学系と比べ、工学系・情報系は修士・博士卒で企業を選ぶ人が多く、アカデミアの教員公募の倍率が低いのではないかと考えました。

なので、高専の公募でも物理系だけに絞らず見ていました。
例えば、私の応募したA高専の公募は電気工学系の公募でした。
電気工学ど真ん中の公募はさすがに無謀ですが、今回応募したものは主に電気工学で必要な電磁気学や電気数学などを担当できる教員の公募でした。これなら当然守備範囲内です。

他にも、コンピュータやプログラミングを担当する情報系の公募なども、データ解析やシミュレーションを行うことが多い分野の出身であれば十分守備範囲内なのではないでしょうか。

このように、物理の公募でなくとも、自分のスキルを活かせる公募は実は工学系・情報系にもあるはずです。

より倍率が低そうで、自分にも勝算がありそうな物理系以外の公募を狙ったのも、良い結果を残せた一つの要因ではないかと考えています。

大学院時代の体感から、アカデミアで自分が研究実績だけでポスト争いに勝つのは難しいかもしれないということは薄々感じていました。
もちろん研究は好きだし楽しいけど、寝食を削ってまで研究に没頭するような生活は自分にはどうしても合わず、そのような方々と研究業績だけで勝負するのはさすがに勝ち目が薄いと感じました。

だからこそポスト獲得のためには研究実績以外の強みを活かさないといけないということで、
他の研究者と比較したときの自分の強みである教育への関心や経験を活かせる場所で勝負すれば良い
と考え、修士入学当初から様々な布石を散りばめた結果、それらが運よく活きたという形です。

また、教育学部時代の先輩に自分と似た境遇の先輩がおり、ロールモデルとして参考にできたというのも非常に大きかったです。この先輩にはめちゃくちゃお世話になりました。

模擬授業について

高専は大学と比べて教育の重要度が高く、書類選考通過後の面接で模擬授業(15~30分程度)が課されることがほとんどです。

模擬授業では設定時間の約10倍程度の時間は準備を重ね、下の中〜中の下程度の学生を想定して授業を組み立て、とにかく明快で具体的な説明を心がけました。

このとき意識したことは、中学校以前の内容とのつながりを明言すること具体例をしっかり出すこと(場合によっては演示実験等も行う)・数式を数式だけの説明で終えないこと(必ず黒板に日本語で意味を書く)です。

ほとんどの学生は高校レベルの物理をスムーズに理解できないことは教員経験の中で知っていたので、「少なからず平均よりは物理が得意だったはずの高校時代の自分」や「博士まで物理を研究で使ってきた自分」に合わせずに授業を作ることを忘れないようにしました。

そして、模擬授業を行った後、質疑応答で模擬授業に関する具体的な意図や今後の展開の案などを聞かれることが多いと思います。
そのため、「なぜ模擬授業内でこのモデルを説明に用いたか」「なぜこの表現・言葉遣いを選んだか」「もし意欲的な学生がいた場合にどのような発展的な内容を提示できるか」などの細かいところまで想定して意図を説明できるように、その高専のシラバス等も参考にしつつ、その授業の位置付けや狙いを明確にして模擬授業を作りました。

公募書類について

過去の教育実習で開発した実験教材を紹介するなど、既に自分が教員として十分な戦力を有していること・専門性を生かしたユニークな授業展開も考えていることをアピールするようにしました。

また、ひとくくりに高専といっても、それぞれ特色のある・力を入れている教育や取り組みが違ったりします。
そこに自分がどう共感できるか、どう協力できるかを考え、その高専を構成する一員としてやる気があるということも意識してアピールするようにしました。

また、高専特有の事情として、多感な高校生年代ながら親元を離れて寮生活を送っている学生がいたり、留年や編入学というものが身近に存在します。
そういった様々なバックグラウンドを持つ学生が存在することを認識していること、サポートする気概があることも明確に書くようにしました。この辺りも、教育経験などがあれば、その経験を生かした書き方ができると良いのではないでしょうか。

さらに宇宙物理学・天文学はプラネタリウムや科学館、カルチャーセンターなどの近隣の社会教育施設でのアウトリーチ活動や公開講座などがしやすい分野なので、1つのネタとしてアピールするのも良いかと思います。

特に自分の専門とは少しずれる工学系や情報系の公募に応募する場合は、本当に着任後に授業を担当できるのかをめちゃくちゃ気にされました。なので、学生の意欲を維持できるのかなどという観点から、着任後の所属学科や担当授業と自分の専門との関わりを明示することは重要だと思いました(実際この手の質問を何回も受けました)。実際に思いつく授業のテーマや卒研のテーマがあれば、明示できるようにしておくことも重要だと思います。

最後に(複数の感想と所感)

昨今、アカデミアではポスト争いがますます激しくなっており、任期のない職を得るのが難しい中で、博士取得直後にこのような結果に恵まれたことは極めてラッキーだったと思います。

ただ本来はもっと厳しいはずですし、教員免許を持っていた私だからこそ取れた戦略だったとは思います。
また、ポスドクを経験しないことは、研究の幅や経験を広げたり、他分野や海外の研究者とのコネクションを作るという視点ではマイナスな面もあるはずです。

しかし、個人的には企業でもアカデミアでも、任期付きのポジションは可能な限り避けたいと思っていました
それは、腰を据えて研究や教育に携わり続けることができ、さらに結婚や子育て・介護といったことに備えやすいからです。
個人的には、特にこの辺りのライフイベントやパートナーの人生を大なり小なり犠牲にしてまで研究にこだわる必要はないと思っていました。

アカデミアは「やりがい搾取」的な側面がどうしてもあり、それに慣れた考えをしてしまう方も多いと思います。しかし多くの民間企業のように、任期の心配がない、家族の事情に合わせた働き方、住居の自由を制限されることがないなど、人間として当たり前に安心して生活できる環境は、私は本質的に極めて重要だと思います。心の安定につながるこの点をないがしろにしてまで研究をしたくはありませんでした。

また、博士新卒で就職した場合や同年代の他業種との比較などを考えると、高専の任期なし助教の待遇は特筆するほど悪くない(専門が物理系かつIT経験やビジネス経験もない私では初任給6,700万以上のポジションを狙うのはさすがに厳しかった)と感じました。
高専教員は昇給もあるし、社会保険やボーナス、家賃補助・交通費・退職金等の各種手当ももちろんあるからです。

公募戦線の状況は厳しいとはいえ、自分の専門分野ドンピシャの公募や大学・研究所の公募だけでなく、高専や他分野の公募にも広く目を向け、戦略的にうまく立ち回ることで少しでも採用の可能性を上げることはできるのではないかと思います。

企業の就活も経験した体感として「採用は職場と応募者のマッチング以上でも以下でもない」という感想を抱きました。これはアカポスであっても例外ではないと思います。
研究職なので最低限の研究実績や教育実績(公募により異なる)を持つことは当然必要ですが、その上で性格や経験・年齢・近い研究分野の人がいるかいないか…といった具体的な要素と最もマッチした人が選ばれるのだと強く感じました(アカデミックポストが現代より多くあった時代や研究者の人口分布が大きく異なっていた時代は違ったのかもしれません)。

身の回りの人のアドバイスを参考にするのは大前提ではあるものの、自分の強みを生かせる自分のための一貫した戦略を淡々と実行するのが一番大事なのだとも、就活を通して再確認できました。なにより自分の人生ですしね。

また、アカデミアに残ることを選んだ後でも、やはり「この選択で正しかったんだろうか」「アカデミアから出るタイミングを逃しただけではないか」などという迷いは何度も頭をよぎりました。
ただ企業を選んでも逆のことを考えていたと思うので、こればかりは自分の選択を正しいものに変えていくしか無さそうです。
まぁ、嫌になれば転職すれば良いだけですからね。

最後になりますが、公募書類を見せてほしいとか、実際の面接で聞かれたことを教えてほしいとか、より具体的な内容を知りたい方はご一報いただければ幸いです。

n=1の事例として、誰かのロールモデルとして参考になれば何よりです。
長々と読んでいただきありがとうございました。

ちなみに

全国の国立高専教員の公募情報はこのページに網羅的にまとまっています(東京都立高専は別のページ、他の公立高専や私立高専は個々の自治体・学校のページやJrec-in)。
2,3年にわたる観測に基づく体感として、5〜7月・年末〜年度末周辺に公募が出ることが多いような気がしますが、年中更新されます。
物理系に限れば年10件は行かずとも5件くらいは出る印象です。
また、情報系や工学系は再公募が出るケースも珍しくなく感じたので、やはり狙い目であると言えます。

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