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自分の中の悪を認める喜び

世界を変える最短の方法は自分の心を浄化することだと竹下雅敏先生はおっしゃっています。

どのように? ありのままの自分であることによって。
自己と世界の革命は、ありのままの現実を認識することから始まるのです。
一切の期待と欲望の投影なしに。

https://shanti-phula.net/ja/smg/faq/?category=kokoro
Q&Aコーナー(質問と答え)

ありのままを認めること=愛、と言ってる人は多い。
自分でも世界でも何も投影しないでありのまま見ることは…難しい。
自分の中に世間的な評価基準がインストールされてたら、その基準に合わないモノは悪として批判の対象になってしまう。
正邪の判断を下さずに、ただ認めてみると面白かったりする。

自分のしたことは全部自分に還ってくるというカルマの法則が好きです。
子供を殴って育てた人間は子供が成長したときに殴られるようになる、とか。
老人が虐待されてると聞くと、その老人が若い頃に自分より弱い者を虐待したカルマが還ってきてるだけじゃないの?と思う。
子供が虐待されてると聞くと、前世でそれだけの悪事を成したんじゃないの?とは思わずに虐待してる側に怒りが湧く。
この違いはカルマの法則を信じてます!と言いながら、自分より立場が上にあるものに対する怒りを発散してるだけなのがわかる。
弱者に酷いことをしたクズざまぁwww自らの罪を全部受け入れろよwwwと喜びと爽快感すら感じてたりする。
ここで世間的な基準を持ち出して他人の不幸を喜ぶなんて自分はとんでもない悪だ!とジャッジしちゃうといけない。
世間の基準がどうであれ、自分はこう思う!と堂々と認めたら良い。
わざわざ公言する必要はないし、ただ自分の心の動きを見つめるだけ。
そんな悪いことは考えちゃいけない!という世間様からの圧力に縛られれるとありのままを見つめるのは無理。
私は自分より立場が上の人間の不幸を喜んでます、とただ認めるだけ。
人間に対する恨み・憎しみ・怒りはまだまだあるよ!

ありのままを認めることが愛なのに、自分にとって都合の良い幻想を愛と呼ぶことはよくあること。
恋愛感情を抱いた相手は愛しているわけでなく、自分の欲望に都合よく当てはめてうまく利用できる存在だと思ってるだけだったり。
こいつは自分の欲望(夢)のために利用できる!と思ってるだけなのに愛しているの!と嘘つくから変な風にこじれていくんでしょう。
自分の野心に都合の良い展開キタ!と素直に認めちゃったら正直さと自己への愛がレベルアップするかも?

自分は子供も夫も誰も愛していないという現実を認められない人が多いと竹下先生の講演録のどこかで聞いた。
愛をアピールしてる人間は最も警戒が必要だと私は思ってる。

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悪をモチーフにした面白アイテムあります。
その悪は誰が悪に認定したの?

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