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負の記憶の反芻って本当によくないね

アイスをかじりながらぼーっと今日は何について書こうかと考えてた時、ふと恋人と大喧嘩した時のことを思い出した。

あーあの時ああしてればよかったなぁ。相手はどういう意図であんなこと言ったのかな。もうあんな精神的に疲れるやりとりしたくないな。なんて思いながらかじるバターアイスを食べてた。

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もともと喧嘩も仲直りも下手な私たち。たかだが”寝起きが悪い”ただこれだけで2週間近く険悪な状態で過ごし、なぜか別れ話にまで発展して、朝の6時まで長い話し合いをした。

話し合う中で、恋人は「こんなに楽しいことも有った」と楽しかった思い出を簡単に振り返っていた。

今までのことを覚えていてくれたことが嬉しくて、まだ仲直りもしていないのに好きでたまらない気持ちでいっぱいになった。

しかし、話を聞きながらそんなことあったっかな?と心の中で思い出すのに時間がかかる自分にショックを受けた。

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自分の人生を振り返ってみると、嫌なことは鮮明にその時の匂いまで再現されるぐらい思い出すことができる。その代わり、楽しかったことは漠然としか思い出すことができない。誰と一緒だったかもあまりよく覚えていない。

そしたら急に悲しくなって泣きそうになった。どんなに誰かを好きで楽しいことがいっぱいあっても、最後に自分の記憶に残るのは”嫌な思い出”。確かに、過去の恋人たちとの楽しかった出来事は一切思い出せない。(これはこれで好都合ではある・・・)

頭に残らないならデータとしてどこかに置いておかなければと焦ってツイッターのアカウントを取得した。ただひたすら楽しかったこと、嬉しかったこと、恋人の好きなところを残すためだけのアカウント。

これがあれば、いつでも振り返れる。いつでも幸せな気持ちになれる。

ちなみに喧嘩は、お互いが自分自身を一方的に責めるだけの言い合いになって、自己肯定感が低い者同士の永遠とも思える泥仕合へともつれこみ、不毛を極めた。結果朝方までの話し合い。

まあ、結局、お互いに疲弊して喧嘩の発端のバカらしさに気づいて笑って終わった。

ここまで書き起こして思い出したのは、最後はお互い笑って好きだよって伝えあったこと。思い出せてよかった。

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