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「MBAに行ってみたい」という社会人の方への長い手紙。

博士の話を書いたら「MBAはどうですか?」って聞かれるようになってしまったので、こちらについても少し書いておこうと思います。なお、これは私が通った神戸大学MBAをベースにしたお話しであり、他校だとどうかは分かりません。これについてもある程度共通してるんじゃないか、と言うところをかいつまんで書きますが、最終的には皆さん自身で説明会に行ったり卒業生に話を聞いたりしてご判断ください。


MBAホルダーの実態

これを読んでいるあなたがMBAに行きたいという理由は何でしょうか。昇進が決まってマネージャーとしてのスキルを磨きたい? 実家を継ぐにあたって経営を広く学びたい? MBAホルダーの肩書を持って転職を有利にしたい? 人によってさまざまだと思います。ただ、これらがMBAに通ったから得られるか…というと、全く無意味とは言いませんが、MBAを取ったから万事解決という訳にも行かないというのもまた事実です。

MBAカリキュラムでは、General Manager の育成を主眼に置いていることが多いので、戦略、組織、財務、会計、マーケなど幅広いことを学びます。これらの事を2年(神大は1.5年)で修めるわけですから、その密度はすさまじく、相当念入りに予習復習をし、学んだそばから実務で使うようなことをしないと中々定着しません。とは言え、基礎的な概念を知っているだけでも非常に視野が広がることは確かで、営業/マーケ畑でやってきて「PLって何?」と思っていた当時30過ぎの私などからすれば、経理の人が言ってることが「あ、あの事か」とわかるだけでも社内コミュニケーションが大いに捗ったものです。

逆に統計の授業で学んだことを活かしたマーケ施策の効果を検定したところ、部長からは「お、おう…? まぁ、ようわからんけどA(結果が悪い方)やろ」と言われて苦笑いしたこともありました。同期の人は「MBAなんやからこの仕事もいけるやろ」と揶揄された事もあったようです。世の中みんなそんな人ばっかりだとは言いませんが、多かれ少なかれ越境学習して現場に戻ったものが辛い思いをするというのはよくあるパターンです。

そんなわけで、現場で学んだことが行かせるかと言うのは個々人や状況によって違います。MBAの課程を修了しても別に給料は上がりませんし、転職市場で抜群に有利になる訳でもないです(コンサルとかはちょっと有利かも?)。学んだことそのものは本を読めば習得できたかもしれませんし、実際の現場で「ミンツバーグの言うとおりにマネジメントするぞ」などと思っても理論と実態がその通りにならない、などという事はザラです。ではMBAを取ることに意味はあるのでしょうか。

学費の半分は人に払っている

ここからは極めて個人的な見解ですが、MBAを取ること、と言うよりはその過程に身を置いて教員や仲間とともに励む過程にとても価値があると思います。また、(これも極めて個人的な体験からですが)若い時分程その効果は高いと思います。

理由の1つは、若い時分は知らないことが多く、学ぶことすべてが新鮮でチャレンジに満ちているからです。MBAを取るのに経験が浅いとついて行けないのではないか、というご心配を聞いたことがありますが、むしろそのような状態で死に物狂いでついて行くくらいの方が学びの価値は大きいと思います。仕事じゃないんですからケースディスカッションで的外れなこと言っても良いじゃないですか。失敗できる場があるというのは貴重です。

理由の2つめは、自社にいるだけでは話せないような方とも気さくに話ができることです。これは入るスクール次第と言うところもありますが、私がいた神戸大学MBAは参加者の年齢分布が広めなので、同年代以外にも大企業の部長、役員クラスの方もおられました。そのような方と机を並べ、議論し、授業が終わったら飲みに行くという経験は中々できるものではありません。他社のお話は自社を相対化して理解するのに役立ちますし、人生の先輩のお話は自分がこれから辿る道です。

理由の3つ目は、これからのキャリアを考える素晴らしい機会になるからです。これは転職の幅が広がる、と言う話ではなく経営というものがどういうふうに成り立っていて、自分がどの領域に心惹かれるのかが相対的に捉えられるようになるからです。私は組織行動の分野から人と組織の関係性を捉えることに心惹かれましたが、ファイナンスの理論から経営を見る人もいますし、戦略こそ一丁目一番地だと考える方もおられます。どれも重要なことには変わりありませんが、実務の世界では「畑」という言い方が昔からあるように、多くの場合限定された領域の事しか触れることがありません。若いうちに組織の全体像を朧気にでも触れておく事は、その後の仕事人としての視野を大きく広げてくれるでしょう。また、それらのことについて教授陣や同期の学友にざっくばらんに話ができることがそれを後押しすることは言うまでもありません。

そんなわけで、単純に授業の内容がどうと言うだけでなく、そこで関わり合う人々との交流によって、その学びが何倍も価値あるものになります。〇〇理論や××フレームワークは実務で使わないと忘れますが、人と語り合った事と言うのは中々忘れない物でそういう場を大人になってから得られるという事に大きな価値があります。だから私はよく学費の半分は出会った人に払ったようなものだと言っています。

必要なのはとにかく時間。所帯持ちは家族の理解も。

では実際に課程に入るとどうなるのでしょうか。実は時間管理の面だけで言うと、博士課程よりもキツイ、と言うのが私の感想です。

まず、MBAは修了年限が一般的に2年(神戸大学の場合1.5年ですが)と決まっています。博士も3年と決まってはいますが、前にも書いた通りその辺は緩いのです。しかしMBAは大半の人々が2年で出て行くわけですから、自分だけ残るというのも「いやちょっとそれは」となるのが人情です。同期のみんなが修了式でハットトスしているのを眺めるわけにはいかないわけです。なので、絶対に修了するというのが前提になります。

その上で各授業ごとの課題や参考図書が明確に定まっており、単純に毎週の期限までに手を動かさなくてはならないことが多いです。自分のペースで進められる博士と違って、授業のペースに合わせる必要があります。しかも自分が実務で携わっている分野ならともかく、全くやったこともない事(私の場合は会計やファイナンス、統計は本当に苦労しました)は時間もメンタルも削ってきます。

授業が平日夜や土曜日1日中というコースになっていることも多いので、ご結婚されている方は、これまで家族と過ごせていた時間が大幅に削られてしまうという事も念頭に置いておかなくてはなりません。ちなみにこの記事のTOP画像は入学前に並べてみた指定図書のごく一部です。ベッドに並びきらなかったのを今でも覚えています。

逆に言うとMBAのプログラムは時間さえ確保してしっかり取り組めば2年で出られるようになっています。とにかく在学中は課題にしっかり取り組み、同期と飲みに行くことを怠らなければ(笑)素晴らしい学生生活になるでしょう。

どうやって学校を選べばいいのか

どの学校もオープンセミナーや説明会と言う形で接点を用意してくれています。気になる学校があればどんどん参加して、そこで質問してみるのがいいでしょう。OBを探すのも有効です。ただ、そもそもどうやって学校をピックアップするかという問題があります。これは個々人で事情が異なりますが、私の検討内容を参考として挙げておきます。

まずどうにもならない制約条件から検討します。時間、距離、費用です。私が在職していた会社では、平日夜の講義は確実に受けられませんでした。そのためほとんどの学校がこれでアウトになりました。皆さんもまずは自分が講義に出られるタイミングを明確にしておきましょう。仕事の都合で課題が出せません、みたいなのは汲んでもらえないと思っておいた方がいいです。ただし、会社によっては企業派遣の制度を持っているところもあり、そのような場合は学業を優先することが認められるかもしれません。会社側のサポートについても調べておくとよいでしょう。距離の問題も制約条件になりがちですが、土曜のみで修了できるプログラムがある場合は飛行機や新幹線で行くという手もあるので、制約としては少しだけ弱いかもしれません(現にそのように通学される方もおられました)。費用に関しては後述する他の選定軸との兼ね合いでもありますが、極端な例では海外MBAで生活費込で…という選択を気軽に取れる方はそうそうおられないでしょう。時間、距離、費用の3点はある程度機械的に判断できると思います。

時間的、距離的に行ける範囲の学校をリストアップしたら、あとは個々人の好みで大事なものを優先していきます。私の場合、自分が学びたいことが学べるかがポイントでした。人事やりたいけど人事やれない→大学でやろう! と思ったので、私としては組織行動(リーダーシップやモティベーションなど)が学べる事が重要でした。どのような先生が講義を担当するかは見ておくといいでしょう。

次にカリキュラムです。ケーススタディを中心にやる学校もあれば、理論をしっかり学ぶところもあります。神戸大学の場合は、ケース研究、テーマ研究と呼ばれる少人数でのグループ研究がユニークな柱になっています。また、修了に当たってペーパーを課す場合があります。私の場合は学びたいことがあったので、それを形にするうえでも修士論文必須としているところを探しました。そのような場合、ゼミなどが用意されていて執筆指導が受けられるのかも重要なポイントになるでしょう(せっかく書くならちゃんとしたもの書きたいじゃないですか)。

学校の雰囲気も重要でしょう。ただ、雰囲気は「入ってしまったらそこの事しか知りようがない」わけで、よほど懸念がなければ後から慣れるものだとは思います。それよりもOBに聞くチャンスがあるなら、同期の年齢や性別、キャリアの分布、所属企業の傾向などを聞いてみるのがいいと思います。

受験勉強は必要か

これについてもOBを探して実態を聞くというのが一番です。ただ、英語や小論文あたりが試験科目にあるのはご想像がつくかもしれませんが、なじみのない物としては応募時に研究計画書を課されることがあるでしょう。

研究計画書はあなたが研究しようと思っていることについて、端的にまとめたものです。これは多くのスクールにおいて当日の試験科目と同等かそれ以上に重要な書類となっています。これについては要点があるので、必ず余裕をもって書き方を学んでおきましょう。また、書式も大学ごとに全く違うので、事前に書類を入手して確認しておく必要があります。私は数千字書く気満々で準備していたところ、500文字しか書けなくて逆に苦労しました。

研究計画書を書こうとする段階である程度その分野に関する(経験だけではない)知識が必要となりますから、代表的な文献や論文などは抑えた上で執筆するのが望ましいです。そのため必然的に、そのための準備と作成に時間が必要になるでしょう。それと並行して試験科目の対策が必要なのは言うまでもありません。また、回答が筆記の場合、「何年かぶりに長文を手で書く」という事になりますのでものすごく疲れます。一度制限時間内に自分の考えを書ききれるかリハーサルしておいた方がいいでしょう。一度書いたものをコピペして違う段落に持っていく事はできませんので。

おわりに

ざっと入学前に気になりそうなところについて思いつくままに挙げてみましたがご参考になりましたでしょうか。

冒頭に書いたようにMBAその物が何か突然あなたを違う人間にしてくれることはありません。しかし、そこで得た学びの習慣、経験、知識、仲間はあなたの人生をとても豊かにしてくれると思います。あなたの行く先が『人生を変えるMBA』であることを祈っています。