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「デイズ・オン・フェス」に学ぶ、チルくて地獄な音楽フェスにようこそ!陰キャも惹かれる”n=1の感動”。

『三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2021」』にて、2021年を代表する新語が発表された。応募総数1,525通から選ばれた大賞は「チルい」であった。

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2021」より引用


もともとは、落ち着くという意味であるChill outが俗語として形容詞化したのが「チルい」だそうだ。私はYoutuber・DJ キャブヘイさんの動画狂いなので、「ンギモッヂイイ!!!」と共に「チルい」については認知していた。

(安定の面白さ:『Amazonで低評価の道具でキャンプ行ったら全部壊れてた件www』より)



ただし「チルい」を使う機会は、なかなか訪れない。覚えたての言葉は特に使ってみたくなるものではあるが、自宅では毎日ゴジラ園児キングコング幼児が頂上決戦を繰り広げているので、安らぐという状況とは言い難い。また、このようなご時世で外出も難しく、気持ちが落ち着きくつろげる様な状況に身を置く事自体が少なくなっている。

では、これまでどの様な時にチルいと感じていたかを振り返ってみると、音楽フェス、特にフジロックに参戦していた時が、最もチルい時間を過ごしていたと私は思う。


「フジロックフェスティバル」(以下フジロック)は、1997年から開催されている日本最大級の音楽フェスだ。新潟県湯沢市にある苗場スキー場を会場に、山の中で3日間開催される。
今年は某感染症の流行下にもかかわらず開催されたということもあり、悪い印象がついてしまったことが本当に悲しい。

フジロックフェスティバル(FUJI ROCK FESTIVAL)は、日本のロック・フェスティバルである。主催はSMASH。フジロックという略称および愛称で知られる。1997年に山梨県の富士天神山スキー場で初開催された。1999年より、毎年7月下旬または8月上旬に新潟県湯沢町の苗場スキー場で開催されている。

『フジロックフェスティバル』Wikipediaより引用



私が初めてフジロックに参戦したのが2010年。そして最後に行ったのが2017年である。4年も空いてしまった。そろそろ耐えきれない。
せっかくなので、個人的な参戦記録を簡単に振り返りたい。

10年:初参戦
11年:参戦
12年:参戦
13年:参戦
14年:仕事で行けず病む
15年:参戦
16年:参戦
17年:参戦
18年:ヘッドライナーに興味が持てず不参戦
19年:家庭の事情で行けず
20年:某感染症の影響で中止
21年:ヘッドライナーがRADWIMPSで行かず

ワイ調べ


こうして振り返ると「行きたい……フェス行きたい……フジロック行きたい……」と未練が断ち切れない怨霊のような気持ちが溢れ出してきた。この思いをどうにか解消するために読んだのが『デイズ・オン・フェス』である。



共感と違和感

『デイズ・オン・フェス』は音楽フェスに焦点をおいた数少ない漫画である。読後に知ったのだが、「WEBマンガ総選挙2020」にて1位に輝いた作品であった。「このマンガがすごい!」をはじめ、ランキング形式で1年の総決算がされることが多く、正直追いきれない。まとめてくれる神がいたら投げ銭したい。

平凡な女子高生・空良 奏はクラスメイトの山奈音葉に誘われて、ロックフェスに行く事に。それまでライブに行った事もなかった奏は、初フェスで衝撃を受け―!? 演奏を聴くだけがフェスの楽しみ方じゃない!フェス初心者の奏たちとフェスガチ勢の律留たちの男子コンビ視点で描く読んで楽しい、行っても楽しい!新感覚『フェス体験』漫画!!

『デイズ・オン・フェス』Amazon紹介文より引用


ところで、音楽フェスに参加したことない方は、フェスに対してどのような印象を持っているのだろうか?

以前、テレビ番組で「フェスに行くようなやつとは友だちになれない」と発言をしている人がいた。辛辣だが一般認識を表した的を得た言葉だと思う。実際、私もそう思っていた。
陰キャをこじらせ過ぎていた私は、羨むような陽キャだけが楽しめるところがフェスであり、酒飲んで騒いで暴れることが楽しいバカが行くような場所だと思っていた。そしてフェス大好きになった今も、そういった側面は確かにあるなと感じている。


『デイズ・オン・フェス』でも、陽キャが楽しむキラキラした場所として音楽フェスが描かれていると私は感じた。そこに、一般認識からのブレはない。

陽キャの楽園:『デイズ・オン・フェス』1巻より引用 岡叶著


しかし音楽フェス好きかつ陰キャな私は、少々の違和感を感じていた。
確かに都市型フェスのように過ごしやすくチルいフェスは多くなった。しかし、『デイズ・オン・フェス』に描かれるようなキラキラしたフェスばかりかとと言われれば、そうではない。騒ぎたい陽キャが集まる場所だけではない側面が確かにある。
私は声を大にして主張したい。

音楽フェス、特にフジロックは楽しいことと同じくらいツライことが多い、ということを。


本記事では『デイズ・オン・フェス』に描かれているチルいフェスあるあると、私が体験した地獄のフェスあるあるを比較し、陽キャじゃないしツライこともあるのに、なぜフジロックに心を惹かれ続けるのかを紐解いていきたいと思う。



時には芝生に寝転んで

『デイズ・オン・フェス』の主人公・空良奏(そら かなで)が参戦した初めてのフェスは「METEO ROCK TOKYO」という架空のフェスである。名前から察するに「METROPOLITAN ROCK FESTIVAL」がモデルと思われる。

METROPOLITAN ROCK FESTIVAL(メトロポリタン・ロック・フェスティバル)は、METROPOLITAN ROCK FESTIVAL事務局(テレビ朝日、ぴあ、博報堂DYメディアパートナーズ、MUSIC ON! TV、ディスクガレージ、キョードー大阪)が主催する、野外ロック・フェスティバルである。2013年に初開催され、2016年からは東京と大阪の2会場にて開催。

『METROPOLITAN ROCK FESTIVAL』Wikipediaより引用



友人と初めてフェスに参戦した奏は、生音のインパクト・美味しいフェス飯・開放的な空間と、平凡な日常とは異なる非日常感にどっぷりとハマっていった。
芝生に寝転がりながら生で聴くライブは、間違いなくチルい。

最&高:『デイズ・オン・フェス』1巻より引用 岡叶著


私が初めて参加した音楽フェスは「サマーソニック2008」だ。当時好きだった女性にこっ酷くフラレ、自暴自棄になったところを、友人が誘ってくれたのがキッカケである。
サマーソニックは都市型フェスのため、芝生に寝転ぶようなことはなかったが、非日常感に溢れる環境に奏と同様、すっかり魅了され、フラれた現実はどこかに行ってしまった。……まぁそんな訳ないのだが。

サマーソニック(SUMMER SONIC)は、毎年8月上旬から中旬の間で2日間、土曜・日曜に千葉(2000年のみ山梨)と大阪で開催される都市型ロック・フェスティバルである。

『サマーソニック』Wikipediaより引用



しかしフジロックは趣が違っていた。
前述の通り、フジロックは苗場スキー場という山の中で行われる。そして山の天気は変わりやすい。雨がふらないことのほうが稀である。

さて、スキー場という舗装されていない場所が、雨に濡れ、3万人を超える人に踏みしめられたらどうなるか?

泥のプール:『FUJIROCK EXPRESS'10』より画像引用


チルいとは程遠い環境が爆誕する。

もちろん天気の良い日は、メインステージの芝生に寝転んだり、アウトドアチェアに腰を下ろして、ゆったり過ごすことが出来る。
しかし初参戦した年は特に雨が酷く、また勝手も分からず貧弱な装備で参加したせいか、最終日のヘッドライナーの時点で体力が限界に達し、翌日の昼までテントから動けないという始末であった。

Tips!:泥まみれのフジロックはチルくない。



感情をなくした4時間30分

次に奏が参戦したフェスは「ROCK ON JAPAN FESTIVAL」。こちらは、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」がモデルである。

ROCK IN JAPAN FESTIVAL(ロック・イン・ジャパン・フェスティバル)は、毎年8月に茨城県ひたちなか市にある国営ひたち海浜公園で開催される日本最大の野外ロック・フェスティバルである。日本を代表するアーティストが集う真夏の野外イベントとして2000年にスタート。

『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』Wikipediaより引用



一般的に、音楽フェスの入場にはリストバンドが必要となる。あらかじめ購入したチケットとリストバンドを交換し、それを身につけることで各ステージへと入場することができる。
奏たちも実にスムーズにチケット交換を済ませ、フェスを楽しんでいた。

リストバンドつけると気分がアガる:『デイズ・オン・フェス』2巻より引用 岡叶著


フジロックも同様に、以前は入場の前にチケットをリストバンドに交換する必要があった。ちなみに現在は、リストバンドがそのまま郵送されるため、交換の手間すらなくフェスを楽しむことができる。




リストバンド交換で思い出されるのは2012年。Radioheadやファッキンお兄さんこと元OasisのNoel Gallagherがヘッドライナーを務めたため、例年より3万人ほど動員数が多かった年だ。

この年、私は結婚したばかりの嫁さんと参戦した。嫁さんはこの時初参戦。大丈夫かなと不安な様子を見せていたが、参戦3年目と中級フジロッカーきどりの私が「大丈夫だよ!楽しいよ!」と背中を押しての参戦であった。


この年の予定は、前日の深夜1時頃に苗場入りし、その後テントを張ってしっかり寝てから初日を楽しもうと計画していた。これまでも同様に過ごしていたので、何も問題ないはずだった。
予定通り深夜1時頃に到着し、「さくっとチケット交換行ってくるよ」と荷物番を嫁さんに任せ、笑顔で別れた。例年なら10~15分ほどで交換は終わる。


しかし10分たっても20分たっても、一向に列が進まない。


深夜1時にもかかわらず、チケット交換を求める行列はどんどん伸びていくのだが、マジで進まない。
訳も分からず、ただ並ぶしかない私のもとに、嫁さんからのメールが届く。

「すごい列になってるよ!大丈夫?」


「全然進まないね…」


「寒い」

嫁氏のメールより



さすがに「寒い」の一言だけメールが届いた時には、嫁の身を案じると共に「離婚を切り出されてもオカシクない」という危機感に苛まれた。結婚から1年にも満たないのに、まさかのフジロック離婚の危機である。

ちなみにこの時、時計は明け方の5時を示していた。

離婚を覚悟した明け方5時


列に並び始めてから4時間半後、私はチケット交換を終えた。
この時初めて分かったのだが、なぜか交換窓口がひとつしか開いていなかった。文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、私以上に疲弊しているボランティアスタッフを見て、何も言う気がなくなってしまった。
ちなみに私が交換を終えた後も、行列は途切れておらず、むしろ並んだときよりも長くなっていた。5時半なのに。


実に4時間半ぶりに再会した嫁さんは感情を無くしていた。
言葉もなしにお互いを労った私達は、速やかにテントを張って驚くべき速度で寝た。7時頃の話である。

Tips!:その日は快晴でテント内温度がとんでもないことになり、結局8時に起きた。



まるで映画のようなテント泊

複数日にまたがって音楽フェスに参加する時は、テント泊がオススメだ。近隣のホテルに泊まることもあるが、大体は予約で埋まってしまっているし、理不尽なほど高い金額が設定されているので、なんとなく腹落ち感がない。

その点、テント泊は装備さえ揃っていれば安上がりに済む。フジロックのキャンプサイト券は¥4,000で最大4泊出来る。1泊あたり¥1,000と破格だ。
またテント泊の一番良いところは、会場の空気感と地続きの場所で泊まれることである。遠くの方で聞こえる音楽は心地よく、非日常感を切らさずにずっとフェスを楽しむことが出来る。


『デイズ・オン・フェス』でもテントが大好きなキャラクターが登場する。テントだけではなく、タープでくつろぎスペースを確保したり、バーベキュー用具を持ち込んだりと、こだわりが半端ない。
設営も地面が完璧な水平でないと納得せず、各々の配置にもこだわるため、最終的には、まるで映画のように映えるバエル拠点が出来上がる。もはやグランピング施設とも引けを取らない。

雑誌かな?:『デイズ・オン・フェス』2巻より引用 岡叶著



一方、現実は非情である。

フジロックが開催される苗場スキー場の周辺には、苗場プリンスホテルと少数のロッジやペンションしかない。駅周辺までの移動は、車やバスに乗るために膨大な時間がかかるので、とても大変だ。
そうなると必然的にテント泊が一般的な選択肢となるのだが、フジロック3日間の総入場者数はおおよそ10万人を超える。

結果こうなる。


タープなど使えぬ:画像引用元


すし詰めのような状況でテント設営をしなければならないので、『デイズ・オン・フェス』のような余裕をもった設営は不可能である。また、もともとスキー場にキャンプサイトエリアが設けられているので、平地がほぼない。場所取りに失敗すると、ボールが転がるような斜面で4日間寝ることになる。

Tips!:慣れると、ズリ落ちたら戻るという動きを寝ながら繰り返せる


もちろん雨が降れば、浸水の恐れだってある。私は参戦できなかったが、19年は特に雨が酷く、SNSを賑わせていた。

水没するテント:画像引用元


この年に参戦した友人は、ヘッドライナーのSiaを見終わって帰ると、テントが別の場所に流されていたと言っていた。ペグが仕事してない。

Tips!:ペグはいいやつを買ったほうが良い。死ぬから。



それでも

この他にも話したいことは多々あるが、今回はこの辺にしておこうと思う。お風呂に入るのに1時間裸で待ったこととか、豪雨の中でハイネケンを飲んでいたらいつの間にか買ったときより増えていたこととか、クロージングアクトの電気グルーヴを見ている最中に内腿をハチに刺されたこととかは、また別の機会に。

うっかり『デイズ・オン・フェス』のキラキラ感とは程遠い話ばかりをしてしまった。ここまで読んでくれた方は、「行きたくない」と強く思っていることだろう。


それでも私はフジロックに行きたい。
なにが私をここまで惹きつけるのかと考えてみると、苗場スキー場の、あの環境でしか体感出来ないことがあるからだと結論を得た。

そもそも洋楽アーティスト好きは、贔屓のバンドを見る機会が限られている。
例えば私は「Nine Inch Nails」というバンドが好きだ。1988年から活動する彼らだが、来日公演はたったの7回である。そのうち4回は観に行ったが、それでも全然足りない。全ての回が貴重だ。

『ナイン・インチ・ネイルズ』Wikipediaより引用

ナイン・インチ・ネイルズ(Nine Inch Nails)は、アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランドで結成されたインダストリアル・ロックバンド。(中略)1989年にシングル「ダウン・イン・イット」でデビューを果たした。その斬新かつ精密なサウンド・プロダクションやビジュアル・ワーク、過激なステージング、内省的な世界観は後進のアーティストに大きな影響を与えた。

『ナイン・インチ・ネイルズ』Wikipediaより引用


このような貴重な機会をより良い環境で聞きたいと思うことは、自然のことのように思える。フジロックの音響は、他のフェスとは一線を画するほど良く、また周囲に建物もないので自然の中でライブに没入することが容易に出来る。
快晴の日にチルい音楽を聞くことが出来れば最高にくつろげるし、雨の中で骨太なサウンドが売りのバンドがプレイすれば、観客は自然と盛り上がる。


2013年にNine Inch Nailsがヘッドライナーを務めた時は、とんでもない豪雨と共に雷が落ちはじめたので、私はここで死ぬかもしれないと思いながら彼らの公演を見守った。
環境は過酷極まりなかったが、音楽は最高であった。こういった思い出を増やすために、私はフジロックを渇望しているのかもしれない。

(死ぬかと思った:『Nine Inch Nails - Copy of A, Live at Fuji Rock Festival 2013 with a thunderstorm.』より)



まとめ

『デイズ・オン・フェス』と私の体験を比較しつつ、世間一般の音楽フェスに対する認識とは異なる側面を紹介した。

嫁さんがフジロックに初めて参戦した時、「あれは娯楽じゃなくて修行だ」と言っていたことが、とても記憶に残っている。そりゃ晴れたり雨降ったり目まぐるしい環境で1日3万歩近く歩くようなイベントは、娯楽というより修行だろう。


私が高いお金を払ってでも修行に行きたくなるのは、その環境でしか得られないものがあるからであり、そこで得た感動は自分のモノだからなのだと思う。
『ブルーピリオド』の1話では、テレビの中の日本代表戦から得た感動は「俺の感動じゃない」としていたが、修行の先に得た感動は俺だけの感動、つまり「n=1の感動」になっているはずだ。

n=1の感動は貴重:『ブルーピリオド』1巻より引用 山口つばさ著


音楽が好きで「n=1の感動」が欲しい人は、音楽フェスに行くことをオススメする。特にフジロックはほぼ修行なので、陽キャが酒のんでウェイウェイ言ってるだけの場所ではないので安心して欲しい。
酒のんではしゃいでる人は、大抵吐いて看護室に運ばれてるか、道端で冷たくなっているので、自然と淘汰されている。みんな覚悟して来てるから安心してくれ。


それでは。

(今までの記事はコチラ:マガジン『大衆象を評す』


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