青森

6歳児が日本国内で経験した衝撃的なカルチャーショック


 幼稚園のときはだれひとりとして話していなかった津軽弁。進学先はどういうわけか幼稚園のお友達とは異なる、地元の小学校になった。知ってる友達なんてひとりもいない、「友達ひゃくにんできるかな?」淡い期待と不安を抱えドっキドキの小学校ライフのスタート。

小学校の使用言語が一単語も理解できない

  困った。本当に困った。ここは青森県は弘前市。そうここは日本ではない、「津軽王国」なのだ。石川さゆりも凍えそうなかもめ見つめ泣いていたそうだが、私はかもめなんか見ずとも泣いていた。小学校1年生のうちはまだまだ社会性なんて求められてなかったし、授業は標準語も多いし、まあなんとかなったのだけれど。

ついに私もゴミ投げ当番に

 ある日、私もついにゴミ投げ当番になった。ご存知の方も多いかもしれないが、津軽地方ではゴミを捨てることを「ゴミを投げる」と言う。掃除が始まると、先生は青くて大きなゴミ箱から、これまた大きなゴミ袋を取り出して私に手渡しながら「じゃあ、ゴミ投げ当番、よろしくね」と言った。私は、普段周りのおともだちがどう「ゴミ投げ当番」をしていたか観察していなかったことを後悔した。言葉がわからなくてもなんとなく立ち回るために、常にまわりの動きを観察することに日々尽力していたのに。

 困ってしまった私は先生に聞く。「どうやって?」先生は今考えても理不尽な方だと思うが、このときもいきなり少しキレ気味で「ゴミ投げ場所まで行ってゴミ投げてくればいいべな!はやくいがねと掃除の時間終わってまうよ!」と言われてしまった。結果



できるだけ遠くに投げた



ゴミを

自分の持てるすべての力を振り絞って。




 今となっては笑い話だ。当時小学生だった私は当然先生にふざけてやったと思い違いをされて怒られてしまった。「なんで投げたの?」と。本人はいたって大真面目なのに、「投げろと言われたから投げたんだよ!」と言えどもこの理由は先生や周りのお友達にさえも理解してもらえない。「んもう。なんだか、難しいな、生きるのって。」帰り道、椎名林檎の「歌舞伎町の女王」を口ずさみながら、人生の困難さを感じていた。7歳上の姉がちょうどMDに焼いてよく聞いていたけど、さすがに小学校低学年がねこじゃらしで拍とりながら「毎週金曜日に来てた男と暮らすのだろう〜」はさすがにきついと思う。


ウキウキおままごと「これかましておいて」

 小さい頃なんて、だれかが授業中に小ゲロ吐いても、全校集会でだれかがおしっこちびっても、そんなに噂は広まらないで毎日が過ぎていくもんである。そんなこんな、私の「ゴミ投げ事件」も翌日にはすっかり忘れ去られていて、体育の二人三脚でクラスのいじめっこ的存在の男の子と息ぴったり意気投合すると、私のクラスの中でのヒエラルキーはかなり上の方に上がってきていた。

 ある日、近所の女の子たちに「おままごと」に誘ってもらった。日夜「探検ごっこ」に勤しんでいた私は、少し照れくさい気持ちを噛み殺して女の子たちと一緒に「雑草スープ」を作っていた。ここで雑草スープのレシピを紹介しようと思う。その辺の公園に生い茂る草適量を一口大に引きちぎり、適量の水を入れて、あとは混ぜるだけだ。簡単でしょ?今晩の一品にいかが?

 学年がひとつ下のまきちゃんはお母さん役、私は子ども役だった。子どもの世界に「年功序列」なんて考えは存在しないのである。ベテランおままごとプレイヤーのまきちゃんは、みんなを率先してリードし、「雑草スープ」クッキングを指揮していた。「じゃあ最後に、これかましておいてね」どこぞの家庭のBBQ用のものと思われるプラスチック製のお椀いっぱいに雑草スープがなみなみに入っている。まきちゃんが私に手渡すほんの数秒の間、私はずっとまきちゃんの目から視線をそらさなかった。「かます」とは?

 何もできずに立ち尽くしていると、「はやぐして!」とまきちゃん。アクセントは「や」に来る津軽弁らしいイントネーションだ。あきれたまきちゃんはヒントをくれる。「ぐるぐる〜ってして!」。ここでおままごとのパイオニア:まきちゃんを失望させてしまっていいのか?私は次回のおままごとへの切符を手にするべく、最初に浮かんではいたが躊躇していた行動に出た。




できるだけ遠くに投げた。


もちろん、お椀ごと。

まきちゃんの注文通り腕をぐるぐるっと軽快にまわせたしね!



 当然おままごとに参加している児童は唖然。「なしてそったことすんずよ!(どうしてそんなことするのよ!)」口々に私に向けられる非難の視線。みんなで摘んだ大切な雑草を私は一瞬で、文字通り土に返してしまったのである。でも、私は「かます=まぜる」を知らなかっただけなのだ。ただ、「かます=ぶっかます」と判断しただけなのである。「わからなかったって嘘でしょ!」嘘じゃないのに。じゃあ素直に「混ぜて」って言ってよ。児童たちの非難を一身に受け、人生の難しさと唇を噛みしめる。


 そんなこんな私は18年間、津軽の地でたくさんの間違いを起こしながらも育ってきたのである。いつだって大真面目である。「こいつに何か渡したら全部遠くに投げられるぞ」とでも噂されたのだろうか。これ以降おままごとに誘われることは一度もなかった。


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