女性の人生と信仰のレース
初潮、初めての性行為、結婚、出産、世俗的な思考ではこれが「大人としての通り道」であるかのようにマイルストーンとして定められている気がする。
7つ上の姉、同い年の友人の言葉にそれを感じ、女性がこの世俗的な考えに翻弄されて生きることを悲しく思った。
ひとりでも聖書的な価値観に共感してくれる人が増え、女性の人生の貴重な時間を奪う世俗的なアイディアが薄くなることを祈る。
「妹ちゃんは追い越してるよ、お母さんなんだもん」
姉は7つ上。2人きりでご飯を食べに行くのは、私が12歳で、姉が大学2年の時が最後だったのでほぼ20年ぶり。
姉は理系博士号を取得後、有名企業の研究職として新卒入社、リケジョバリキャリ人生を切り拓いていたが、大学1年から付き合っていた同級生との結婚を機に3年で退職し専業主婦になり今に至る。周りからは親族含め色々言われたらしいことは母から聞いた。
結婚前後は将来生まれる子どもの名前をもうすでに決めている話や「〇〇(子どもの将来の名前)が見たら困るからやめてね」など、なんとなく姉が妊娠出産を希望しているのは知っていたが、結婚12年経つ今も、姉には子どもがいない。母からは治療をしている話などを聞いたことがある気がするが、家族は誰も触れないので本当のことはわからないし、私は知る必要もない個人情報だと思っている。そして神がすべてご存知で気にかけてくれていることなので取り立てて気にかける必要もない。
7つ年下の私は姉にとっていつまでもオムツをつけていた頃の小さい妹の姿のようで、いつも子供扱いされてきた。しかし今日はそれを感じなかったので嬉しかった。純粋に嬉しかったので、「30代に入ってやっと姉ちゃんと大人同士の会話ができるのが嬉しい」と伝えると、「妹ちゃんは追い越してるよ、お母さんなんだもん」と返される。続けて「私は今も変わらず大学の友人と遊び回っているだけ」と続ける姉。ん? いやいやいや、とか言った気がするがその話を終わらせた。
追い越す。
姉はきっと何気なく使ったはずだけど、そして深い意味などないはずだけど、理解できるようでできなかった。理解できない理由は私が母になったから気持ちがわからないのではなく、それは世俗的な考えに基づくアイディアだからだと思う。神はそのように人の人生を見ていない。
聖書によると、人生はレース
聖書によると、人生はレースだ。
人間が決めた人生のマイルストーンを比べるレースではない。神が定めた人生の計画を全うし、神の下に行くゴールを達成するためのレースなのである。繰り返しになるが、誰かが決めた世俗的なゴールを全うするためではない、人生は神が定めた個人のレースを完走することなのだ。
大事なことは、神は信仰の有無に関わらず愛を持ってすべての人に完全な計画を準備しており、それぞれの人生に明確な目的を持っているということである。
個人に定められた計画を全うすることは、世俗の人々にとってはサクセスストーリーではないかもしれない。しかし、神の定めた人生を全うできたなら、死後、天国で私の人生の推し:イエスキリストとハイタッチだろう。いえっす!
「30歳の誕生日、彼氏が結婚の意思を示してくれないので別れた方がいい?」
結婚していない、ということが焦りに変わる理由としてはいくつか挙げられる。
自分自身が「世俗的に見て欠陥がある/魅力的ではない」と見られる恐れ
結婚が目的になっている(目的と手段の順番が逆になっている)
女性であれば出産のタイムリミット
3つ目に関してはフィジカルな理由であり個人差もあるので、何も言えないが、そもそも、神は「全人類が結婚すべきである」など1回も言っていない。
「結婚しないと欠陥があるとみんなに思われる」というサタンの囁き
1つ目の「いつまでもひとりでいるのは誰も自分を求める人がいないと周囲に評価されている気がする」という恐れは、世俗的な、言葉を選ばず言うなればサタンの囁きだと思う。
私たちは一人一人が神が与えた特別な役割があるので、それを全うできるのであればひとりである方が良いと言っています。どうしても性欲や情愛を抑えられなければ結婚しなさい、とのこと。
目的と手段の順序が逆になっているかも
「結婚したい」のが周囲の目を気にしていることがメインの理由の場合、目的と手段が逆になっている場合が多い。
結婚は、夫婦が1単位として他の家族やコミュニティを祝福(blessing)していく手段であると考えている。「付き合っているカップル」「既婚しているカップル」この違いは他のコミュニティとの関わり方が単体か、カップルかということ。
私たちは、一緒に外側に良い影響を与えていきたいのか、個別でいいのか。夫婦になって一緒にライフゴールを達成したいのか。そのゴールを達成するための手段として結婚は存在するのだが、多くの結婚前のカップルは「結婚すること」がゴール・目的になってしまっているように思う。
とにかく世の中に惑わされないで
何が言いたいかというと、世の中のものさしに惑わされないでいただきたい。世の中はマーケティングのために、女性を結婚させようとゼ◯シイで結婚のキラキラした面だけを全面に押し出し、ゼク◯イ購入者に全員当たる無料のプレゼントに応募させ、結婚時期や住所など情報を得る。プレゼントと引き換えに、結婚式を控えたカップルが使うサービス(新婚旅行のための旅行会社、個人から家族に書き換えるための保険会社)などに個人情報が渡る、妊活をしている女性が買うたま◯クラブ、ひよ◯クラブは同じ方法で産後の教育会社や学資保険の会社に個人情報が渡る。
女性のライフプランが変わるだけでたくさんのマーケットが動き出すんだから、みんな「結婚」「妊娠・出産」をキラキラさせることに必死だ。
極端なもの言いをしているかもしれないが、世の中は人々を幸せにするために回っているのではなく、より多くの収益を得ることを中心に回っていることに気づかなくてはならない。
でも覚えていてほしい。誰かが決めたどんなキラキラしたライフプランも、神様があなたのために作った最高の計画以上にキラキラしていない。神様の計画イズ・ザ・ベストキラキラ計画。
誰かの幸せのものさしで自分をはかるのをやめていこう。
あなたは、あなた自身に最高の計画があって、その計画は生まれる前から愛を持って計画されていて、ハッピーエンドである。
姉と義兄が観光に出かけ、姉夫婦の友人がおきなわマラソンに。
私たち一家はおきなわマラソンで日曜の朝礼拝に出かけられず、オンライン礼拝。
おきなわマラソンのゴールを見届け、家に帰り姉のお土産に気づく。
なんだか心が重い。
姉は自然信仰があるようだ。
自然の神々が助けてくれるような気がするらしい。
彼女の信仰はリスペクトするが、誰かが彼女に手を差し伸べてくれるように祈る。
信仰は人生を束縛するものではなく、人生を解放するものだ。
サポートいただけますと感謝です。ーおもちみつ