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嘘をつく人: 5

 そのあとはあっさりしていました。彼の地元の川で(土地勘のないところなので詳細はわかりません)ある意味で無事に彼はご両親に保護され、おそらくは彼らの帰宅後、お父様からお詫びの電話が入りました。すみませんでした、という言葉の後。

「あいつには人を殺す勇気も自殺する度胸もありませんから」

 そう仰いました。みんなわかっていたんです。それでも死ぬ死ぬと騒いで人の気を引いて、あわよくばお金の無心をしてそれが当然と思っていたのが彼です。すべてが嘘にまみれていて少し可哀想になりました。彼はおそらく、自分が嘘を言っていることに気づいていませんでした。

 自殺を止めなければお前は犯罪者になると脅す。きっと知り合いに弁護士がいると言うのも嘘だったのでしょう。なぜそう思ったか。自分が口論で勝てないとわかった途端に法的措置に出る、自分のバックには弁護士がいる、ということをアピールする人に何度か遭遇したことがあったからです。そしてそのあとは何のアクションも起こさないのが彼らの常です。相手を黙らせ、自分が優位に立つことで満足するのです。

 彼も、仮に本当に法律関係の知り合いがいたとしても、アドバイスまではしてもらえたとして、実際に「誰々を訴える、力を貸してくれ」と言ったら、もうそこからはビジネスとなり弁護士料金を請求されることになるでしょう。飲食代さえ払えない人が専門家を雇えるはずもありません。

 自殺するというのが嘘だと疑わなかったのも、彼の日頃の立ち居振る舞いだけではなく、何かにつけて「ビルから飛び降りたけど死ななかった」、「車に撥ねられたけど死ななかった」というある種の武勇伝を聞かされ、わたしだけではなく当時の仲間内でも「こいつは人の気を引くために平気で嘘をつく」という認識があったためです。

 すべてが当人を守るための嘘だったのです。そしてそういう人が自分の身近にいるということ。さらにこちらから距離を置こうとしても追ってくるようなことをする。それがわたしをとても困惑させました。最終的に、これを経験として次に備えることが、自分を守ることになると考えました。

 そのため、後日また彼から電話が来た時も、すべてを終わらせるためにあえて出ることにしました。

 内容はわたしのせいで自殺に失敗したこと、両親に罵られて家の中で肩身が狭いこと、自分には弁護士の友だちがいるということを繰り返してきました。そして、

「僕の本気を見縊らないでほしいね」

 と続けたのです。

 

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