手を握ったらあったかくて、生きてるって思った。名前は、呼ばれるためのもの

あだ名であれ、本名であれ、名前を呼ばれることにふと、とてつもない愛おしさを感じる時がある。
個人を識別するための名称ではあるが、その記号的な意味合いには収まらない。
発音とか、伸ばし方とか、タイミングとか、声とか。文字は同じでも、その人に呼ばれる名前は世界に1つだと思っている。


大学で上京してから早7年目。

父方の祖父が認知症になった。程度は分からない。
コロナが始まった頃に病気になり、入退院を繰り返し、ずいぶんと弱ってしまったとは聞いていた。
認知症の件は、先日、母と電話で話していた時に初めて聞いた。
遠くにいる私に余計な心配をかけないようにと、母の配慮で知らされていなかったとすぐに察した。
母方の祖父がペースメーカーを入れることになった時も、母は私に知らせてこなかった。

母方の祖父母より家は近いのに疎遠がちだった。
寡黙で、いつもタバコを吸いながらリビングで新聞を読んでテレビを見ている。小さいころから見ていたのはそんな姿だけだった。
声を出して笑っている祖父は、記憶の中にはいない。
仕事の関係で海外を飛び回っていた父に代わって、母が大変な思いをしているのを、少しだけ垣間見て育った。母も当時はほとんど表に出さなかった。

最後に会ったのは2年前、コロナ禍で大学の授業がすべてリモートになり、3カ月ほど帰省していた時のお見舞いだった。
元々細身だった体はすっかりしぼんでいたが、弱々しくも強く握ってくれた手はちゃんと温かかった。生きてる。
「元気か」と言ってくれた。
「次帰ってくるまでに元気になっといてや」と伝えると、笑ってうなずいた。笑っているのを久しぶりに見た。
私がお見舞いに顔を見せたことを心から喜んでくれているように見えた。握った手は最後まで全然離してくれなかった。
手を握ったのは、記憶がある中では初めてだった。細長い綺麗な指で、形は自分の手に似ていた。しわしわだけど、皮膚はつやつやしていた。知らなかった。

物心ついてからは全然まともな会話をした覚えはないけれど(もしかしたら小さい頃は話していたのかもしれないが)、あぁ私は、孫として、ちゃんと愛されてるんだな、って、思った。
ありきたりだなと自分を嘲笑したくなった。
誰にも何も言われていないのに、そんなことを感じる機会がこれまでなかったから、と、ありきたりな言い訳をした。

帰り道に1人で泣いた。
病室にいる時からもう、泣いていた。
久しぶりに顔を見た時から、涙を堪えていた自分に、驚いた。

コロナや諸事情が重なって帰省できずに早2年。
次会いに行くときに、祖父は、私のことを、覚えているだろうか。
名前を、呼んでくれるだろうか。

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