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ライター仕事で気を付けていること~取材先に媚びないけど嘘もつかない、の巻~

撮影:東畑賢治

ライターにとっての取材先は鮨屋にとっての魚介類みたいなもの

 ライターにとっての取材先は鮨屋にとっての魚介類みたいなものだと思う。どんなにやる気があって腕を磨いていても、「いいネタ」がなければまったく仕事にならない。逆に言えば、いい取材先を確保することができれば仕事の半分は終わったと感じる。あとはできるだけ丁寧に取材(僕の場合はインタビュー)をして、肩の力を抜いて素直に原稿を書くだけだ。
 気をつけなければいけないことは、取材先も自分と同じ生身の人間であること。匿名での記事であっても意地悪なことを書けば取材先を深く傷つける可能性が高い。気をつけているつもりでも、何かの拍子に嫌味な自分が出てくると、ちょっとした言葉遣いで取材先を傷つけてしまうのだ。
 だからと言って、取材先が喜ぶように書いたり、原稿のすべてを相手の言いなりなったりしてはいけない。緊張感に欠けたつまらない原稿になるからだ。正直言って、僕も何度かそんな原稿を書いてしまったことがある。恥ずかしいし、読者にも発注元にも申し訳ない。

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企業の採用サイトの記事がおもしろくない構造的な理由

 つまらない原稿の身近な例としては、企業の採用サイトがある。「人事担当者の話」や「先輩社員の声」を読んでみてほしい。「いい人」が「いいことばかり」言っていることがほとんどだろう。企業の広報部(か人事部)→広告代理店→編集プロダクション→僕のようなライター、という発注構造になっているため、誰かが「忖度」をしやすいのだ。広報部が現場や役員に忖度することも少なくない。すると、毒にも薬にもない嘘くさい文章になってしまい、誰の心にも響きにくい内容になる。
 僕も顧客(例えば編集プロダクション)の意向には従う。でも、最初の原稿はできるだけ忖度はしないようにしている。取材先やその人の所属先企業が損するようなことは書かないけれど、ちょっとした本音や不満は入れたほうがリアルだと思うからだ。就職活動中の学生が記事を読んだとき、リアルな声を聞いたうえで就職を希望するか否かを考えてもらったほうがミスマッチは起こりにくいだろう。こういう工夫をまったく評価してくれない仕事先とは二度と仕事したくない。
 請負仕事の現実を言えば、取材先に忖度して媚びた原稿を書くほうが楽だ。誰も何も言いようがない。ただし、結果として「読まれない文章、読まれたとしても心に残らない文章」が出来上がってしまう。それでは協力してくれた取材先も時間を無駄にしたことになる。

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一期一会の取材先にも誠意を尽くさないと、いずれ誰も協力してくれなくなる

 もう1つ注意したいのは、取材先には小さな嘘もつかないこと。「この部分は書かないでほしい」と言われてこちらも了解したら、絶対に書かない。匿名取材であれば、その取材先の実名は誰にも(編集部や配偶者にも)明かさない。原稿を掲載前に取材先に見せない場合は、その旨をあらかじめ伝えておく。そして、記事がアップされたら取材先や紹介者にはきちんと報告して礼を述べる。
 僕も取材を受けることがたまにあるけれど、「掲載したら教えてくださいね」と伝えたのに連絡がなかったりすると不信感が募る。いちいち抗議したりはしないけれど、次は協力しないかもしれない。世の中は狭い。こんなことを繰り返しているライターはいずれ誰にも協力してもらえなくなり、自分の首を絞めることになる。
 一方で、小さな嘘もなく、だけど鋭い文章を書いて、しかも律義に報告してくれる記者やライターもいる。「やるなあ。この人は信用できる。他にも誰か紹介しようかな」という気持ちになるのは当然だ。
 いい鮨屋はネタを厳選して大切に扱う。ライターも同じだ。一期一会かもしれない取材先に緊張感を持って丁寧に接すること。10年以上もこの仕事をしていると、この繰り返しが自分をどこかで助けてくれていると気づく。(おわり)

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