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記憶違いの恋

記憶喪失なんて、物語だけに存在すると思っていた。この日までは。
二年前。高校二年生のこと。幼馴染の長塚美愛は交通事故にあった。運転手は飲酒運転だったそうだ。正直、運転手の状態なんてどうでもいい。今、気になるのは美愛の状態だ。美愛は夜の九時に塾が終わり、その帰宅途中で事故にあった。美愛は、脳の損傷が酷く、目を覚めないかもしれないといわれたいた。もし、目が覚めても後遺症はあるだろうと。俺は、美愛の両親と幼馴染そして、美愛の彼氏である笠原駿太と美愛の手術が成功することを祈っていた。
夜十一時。手術室のランプが消え、医者が出てきた。
「先生、美愛は。」
美愛の両親が医者に駆け寄り、聞いていた。
「手術は成功しました。後は目を覚ますのを待つだけです。」
この日は遅かったこともあり、俺と駿太は家に帰った。
次の日、俺と駿太は美愛のお見舞いに二人で病院に向かった。
「美愛、目覚めてるといいな。」
駿太は不安げに言ってきた。
「誰だと思ってんだよ。長塚美愛だろ。目覚めてるに決まってる。駿太が信じてやらないでどうすんだよ。」
俺は慰めのつもりで、強気で駿太に言った。
正直に言えば、美愛が居なくなるかもしれないという恐怖を紛らわすため、自分に言い聞かせるために強気で言った。
「そうだよな。美愛だからな。」
俺らはいつも通りの会話をしながら、病院に向かった。
美愛の病室前に着き、二人は一呼吸おいてから病室の戸を開けた。
「あっ!海翔!」
「美愛、よかった。」
ビクッと、少し怯えるような警戒する様子のある美愛。
「美愛、大丈夫か。怖かったな。」
駿太は美愛の方に駆け寄っていた。
駿太は笑顔で美愛が目を覚ましていたことに喜びながら。次の瞬間、美愛は
「誰ですか。」
と、衝撃的な一言を言った。嘘をついてる様子なんてまるっきりなく。
その後、美愛は検査に行くことになった。
美愛の両親から言われたのは、美愛は記憶障害とのこと。事故のこと、駿太のことをわすれていた。
「事故のことを思い出したくないなら、俺のことを忘れるのは、分かる。」
「どうして。」
「美愛の塾帰りは電話してんだよ。その時に事故にあった。」
何て声をかけるのが正しいのか、全然わからなかった。「大丈夫。きっと思い出す。」も違うし、「関係ないよ。」も違う。何を駿太にかければいいんだ。
「…美愛のこと、頼むよ。海翔。」
「えっ…」
「美愛が覚えてないなら、美愛が困るだけだよ。一緒に居たって。」
「でも、ずっと一緒に居たんだから。美愛もいつかは…」
「いつかなんて、いつ来るか分からない。一生かもしれない。美愛が誰だか知らない男のところに行くよりも海翔に任せる方がずっといい。どんな奴か分かるから。」
「俺が美愛と付き合うなんかしたら、駿太怒るだろ?」
「海翔はそんなことするような奴じゃない。俺がわかってるから。」
確かに美愛と付き合うようなことはしない。分かってるな。友達にはバレないようなことでも駿太と美愛にはわかってしまう。赤ん坊のころから一緒だと拈華微笑で伝わる。
「駿太がそういうなら、美愛の事は大丈夫だから。任せとけ。」
「ありがとう。」
駿太の方が辛いんだから。俺が辛そうにしたら駄目だ。明るく振舞わないと。
本当なら、駿太が美愛の傍に居たい。駿太から伝わってくる。誰よりも美愛が好きだから。
美愛が覚えていないなら、傍に居たって困らせるだけ。駿太は自分よりも他人を優先する。自分がどうこうよりも他人がどう思うか。
この日から一年半が過ぎたころ、三人は大学生となった。俺と美愛は同じ大学。駿太は遠くの都会にある大学に行った。そして、俺は大学入学と同時に美愛と付き合い始めた。随一、美愛の様子を駿太に伝えていたが、これだけは言わなかった。
「海翔、今日はどこ行くの?」
「駅前のパンケーキ屋。」
「また、地元じゃん。もっと遠くいこうよ。」
「地元もいいでしょ。」
「いいけどさ、デートは違うとこ行きたいよ。」
「つまらない?俺といても。」
「そういうこと、言ってるんじゃないの。」
美愛は元気になった。記憶以外は。駿太のことも事故のことも何一つ覚えていない。美愛の中での幼馴染は俺だけ。俺は楽しい日々を送っているのかもしれない。
駿太とは月に一度ほど会っている。
「美愛、どう?」
「元気にやってるよ。うるさいくらいかもな。」
「ははっ、美愛らしい。想像がつく。」
「駿太はどう?大学には慣れたか?」
「慣れてきたよ。そっちは知り合いが多くて楽しそうだな。」
「大学デビュー失敗してるやつもいて面白いよ。」
こんな何気ない会話を毎月している。それが楽しかったりする。
「そういえば駿太さ、美愛と付き合ってるときデートでどこ行ってたんだよ。」
「なんだよ。海翔らしくないな。」
「気になるじゃん。一年過ぎたことだよ。」
「美愛とは一度だけ遠くに出かけた。高校生の恋愛だとどうしても地元がメインでさ、一度くらい高校生のうちに美愛と思い出作りに今、俺が住んでるとこまで出かけた。すごい夕日が綺麗なところだった。あれは忘れないな。」
「キスしたのか。」
「がきか。まぁ、したけどさ。」
「忘れられないって、言うからさ。」
がきみたいな、会話もありながら、月に一度くらい会っている駿太とのことが終わった。
「じゃあ、またな。海翔。」
「じゃあな。」
美愛と付き合い始めて、三か月が経った。俺と美愛は三か月記念で初めて地元以外でデートをすることにした。電車に乗って遠くに出かけたりなんかして。
「海翔が地元以外でデートだって。」
「何?嬉しいの?」
「うれしいよ。」
「それはよかった。喜んでもらえて。」
そんなこんな、記念日を楽しんで夕暮れになった。そろそろ帰りたくなる時間かもしれないが、俺にはやらないといけないことがある。
「美愛。ここってさ、夕日が綺麗に見えるスポットがあるらしくて見に行かない?」
「行きたい!」
案の定、美愛は行きたいと言った。夕日が綺麗に見えて、カップルにも人気のスポットに来た。ちょうど夕日が綺麗に見える時間ってこともあり、カップルが多くいた。
「綺麗だね。海翔。」
「そうだね。」
「痛い!」
「どうした、美愛。大丈夫か。」
「頭が…痛い。」
「ちょっと、そこに座ろうか。」
美愛が突然、頭が痛いと言ってきた。少し心配だ。美愛を近くにあるベンチに座らせた。
「大丈夫か。まだ、痛むか。」
「大丈夫。…海翔じゃない誰かが居るんの。ここと同じ景色で私の隣に…駿太?」
「…駿太のこと、思い出した?」
「うん。ごめん。海翔。駿太のところに行きたい。」
「ここの近くのマンションに住んでる。」
「ありがとう。」
俺の仕事は終わり。美愛がどのくらい気付いたかはわからないが、美愛とのデートは全て駿太から聞き出した場所。約一年前、自分を犠牲にして美愛を想い、自ら離れた駿太。美愛が駿太のことを思い出してもらうために付き合った。最低だと思う。この夕日が最大の賭けだった。この景色で思い出さないのなら、無理だと思っていた。美愛は駿太を思い出した。よかった。俺は一人寂しく、駅に向かった。
辺りはすっかり暗くなっていた。俺は駅に一人、椅子に腰かけている。美愛と駿太は再会出来ただろうか。少し、心配で帰れずにいた。プルプルと、俺のスマホの着信がなる。駿太からだ。
「もしもし、駿太。美愛と会えたか?」
「あぁ、会えたよ。色々ありがとうな。海翔。」
「俺は何も。」
「今思えば、違和感だらけだもんな。急に美愛とのデート行った所聞いてきたりしてさ。」
「まぁ、そうだな。」
「本当にありがとう。今度会えた時に改めて礼する。」
「いいって。電話で十分だよ。」
「感謝したいんだよ。今度から三人で出かけるか。」
「そうだな。じゃ、また。」
「またな。」
駿太らしい。いいって言ってんのにな。直接、礼言われると恥ずかしいわ。
「海翔!」
遠くから美愛が走ってきている。涙目。ちゃんと再会出来たなと安心した。
「海翔。」
「駿太と会えたんだな。よかった。」
「会えたよ。ありがとう。」
「別に何もしてないよ。駿太とはヨリ戻すのか?」
「ううん。戻さないよ。」
「どうして。」
美愛が駿太のことを思い出したら、付き合うと思っていた俺は美愛に問いを投げた。
「私が今好きなのは…海翔だから。」
美愛の言葉で頭が真っ白になっていた。だけど、気が付いたころには俺の腕の中に美愛が居た。
「好きだ。」
俺は初めて、美愛に好意を向けた。

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