キャンプの子
福岡に引っ越してきて、半年ぐらい経ったか。
日に日に、森盛さんからアピールされまくった結果。
僕は彼女に惚れてしまった……。
植田さんも確かに清楚で長い美脚がたまらないのだが。
積極的な森盛さんも負けなぐらいの魅力を持っている。
童顔、低身長、脱ぐと結構大きめなヒップが魅力的だ。
1995年、僕はとある番組を兄から知ってしまい、虜になってしまう。
『ギルガメシュないと』
初めて見た深夜番組に僕は興奮して、ハマリにハマってしまう。
そのせいか、宿題も試験勉強もそっちのけ。
いろんな深夜番組で、大人の世界を堪能していた。
(森盛さんもこんな体つきなんだろうか)
妄想が暴走し出す。
そんな毎日だから、いつも寝不足。
中学校で、林間学校が行われると発表された。
僕は勉強しなくていいんだ、と鼻をほじっていた。
大きなバッグに荷物こそ、詰めていたものの。
僕は懲りずに、深夜番組を楽しんでいた。
旅行の当日だというのに、遅刻してしまう。
急いで、集合場所の体育館に行くと、一年生が全然揃って、体育座りしていた。
どうやら、僕が最後の生徒らしい。
ピリッとした空気が流れている。
それもそのはず、今回の引率を任された教師がパワハラ先生だったからだ。
一番前のステージに腰を下ろし、竹刀を肩にかけている。
僕の担任、美人教師が声をかける。
「童貞! あんた、遅刻してんじゃないわよ!」
「すいません。連日、寝不足でして……」
「試験勉強? やりすぎには注意しなさいよね」
「はい……」
同じ班には、相思相愛になりかけている森盛さんが、ジャージ姿で座り込んでいた。
「あ、童貞くん。やっと来たっちゃね! ヒヤヒヤしたとよ~」
「ご、ごめん……」
一年生、全員揃ったところで、パワハラ先生が竹刀を床に叩きつける。
「よぉし! これで全員だな……お前ら! 赤白帽子を全員被れぇ!」
パワハラ先生が言うには、他の学校もキャンプ場に集まるから、わかるように色を赤にしておかないと、迷子になるとのこと。
隣りの森盛さんもバッグから取り出して被る。
僕もと思い、バッグの中を見ると……。
「あ、ない」
忘れてしまった。
急に寒気を覚えた。
もう6月だというのに。
パワハラ先生は、この中学校でも、いや福岡市内ではちょっとした有名人。
顧問を勤めている部活の試合にて生徒たちが負けると、全員一列に並べて、全力の平手打ち。
その際、鼓膜が破れてしまった生徒が何人もおり、人呼んで「鼓膜破りのパワハラ先生」だ。
彼の前で、ウソをつくと、必ず痛い目に合う。
実際、僕も体育で砲丸投げの説明を受けている際、隣りの男の子が話を聞いていないという理由だけで。
「砲丸投げは危ないから、ちゃんと話を聞けぇ!」
とその重たく硬い砲丸で、クラスメイトの頬を全力で殴っていた。
ガクガク震えている僕を見て、森盛さんが異変に気がついてしまう。
「え? 童貞くん。まさか忘れたの?」
「う、うん……」
「この中で忘れたバカはいないよな? いたら、こっちにこいや。卒業生の残していった赤白帽子があるからよ。その変わり、わかってるよな?」
竹刀を床に激しく叩きつける。
美人先生も僕の異変に気がつき、「ウソつくと殴られるから」と前に行くように促された。
仕方ないので、300人近い生徒たちの一番前に進んでいく。
「あいつ、忘れたのかよ」
「鼓膜破られるな」
そんなヒソヒソ声が聞こえてきて、僕はもう生きた心地がしなかった。
パワハラ先生の前に恐る恐る顔を見せると、予想通り睨みつけられる。
「おぉい……童貞だったか? お前、まさかあれだけ言っておいた赤白帽子を忘れたのか?」
ドスの聞いた声で、竹刀を持ち上げる。
(こ、殺される!)
パワハラ先生は嘘を嫌うときく。
ここは潔く謝ろう。
「す、すいませんでした!」
頭を深々とさげてみる。
「てめぇ! 童貞! この中で忘れたのはお前だけだぞ! ちゃんと理由があるんだろうなぁ?」
生きた心地がしない。
呼吸も乱れて、死を覚悟する。
だが、ウソをつかなければ、パワハラ先生はひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。
「あ、あの……夜遅くまで起きていて、それで急いで家を出たので……」
「だからなんだよ? なにを遅くまで起きてたんだぁ? 試験勉強か?」
「いや、あの……テレビ見てました」
「テレビだぁ?」
「はい」
「てめぇ! 深夜までなにを見ていたんだ! 番組名言え!」
「え? 今、言うんですか?」
「言わないと、今からこの竹刀でお前の頭ぶった切るからな」
(えぇ……)
「あ、あの……ギルガメシュないと見てました!」
「……」
静まりかえる体育館。
「そうか。ギルガメか……」
なぜか小声になるパワハラ先生。
「すいません! うちビデオなくて!」
「ま、まあ。今度親御さんにビデオを頼んでみろ。もういいから、この中の赤白帽子を選べ」
「はい……」
パワハラ先生の横にあった汚いダンボールから、埃のかぶった赤白帽子を一つ取る。
そして、自分のクラスのグループに戻る。
森盛さんが心配そうに声をかけてきた。
「童貞くん、鼓膜破られなくてよかったばい!」
「うん……」
汚れの知らない森盛さんは、あの番組名を聞いて、ピンと来なかったようだ。
後ろにいた美人先生が、僕の頭をゲンコツで殴る。
「あいてぇ!」
「童貞……あんた、今度補習だね」
「はい」
森盛さんは嬉しそうに僕を見て、優しく微笑む。
「童貞くん、林間学校楽しみやね!」
「う、うん……」
待てよ? 林間学校? キャンプ?
お泊りが楽しみだって?
そうか、夜這いして欲しいってことか!
ついに今夜、僕は森盛さんと結ばれるに違いない!