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目を閉じる度 2024/8/21

今日もエアコンの室内機の中を流れる水の音で起こされた。今普通に使えてるんだから良いじゃん私全然気にならないし、と妹が言う。もしも壊れたらその時はその時だし、ことが起こってから考えようよ、と。私は起こってもいない事象に怯えすぎている。いやでも音は今起こっているんだよ。変化が怖い保守派なので、新しいことが生活の中に入ってくると怖いのだ。やっぱり朝も怖いし昼も怖い。でも今はエアコンの音が怖いので居間に避難した。こちらもこちらで同じような音がする。テレビを点けるとかさあ、と自分でも思っているけど、同じ音がするから仕様なんだな、と安心したい気持ちもある。めんどくせ。なんにも気にしないおおらかな人でありたかったけど、それは無理だし受け入れるしかない。このルートを選んだ中での最適解を探そう、と妹が言っていた。パラレルワールドでも妹は私の神だろうな。私のことなんて捨て置いて幸せになってほしいが、それには私が消える必要がある。難しい。

やはりまだ買い物も怖くてパスさせて頂く。買い物が怖いってなんなの?って後になって未来の自分が思うかもしれないしという期待も込めて書き残しておくと(前にも書いた気がするけど)、表示されている値段とレジで打たれた値段が違うのではないか、ポイント還元は合っているのか、違うのなら何故そうなったのか、店内の什器や床を汚してしまっていないか、その他諸々の確認確認確認で、なにか1つでも疑問があるとお店に電話しなきゃという衝動を抑えるのが大変だから。本当は確認も電話も何一つしたくない。全部嫌だ。でも、やらなくてはならないという強迫観念にとらわれている。怖い。動悸と息切れ。これはなんなのだろう。こんなものがいつか、回復する時がくるのだろうか。レジで打たれた金額が違うわけないじゃんと思うじゃないですか。たまにあるんだよ打ちミスとか設定ミスとかで。たまにだけど。バイト時代自分もやったことがあって、何度かお客さんに怒られたことがある。その経験を何故か10年以上経った今強く強く思い出して、勝手に疑心暗鬼になっている。全てが合っていなくても良いのにね。自分が病的だということを自覚する度、どんどん社会というものが遠ざかっている気がする。誰にも会いたくないけど、会って話を聞いてほしい。新しい苛みの種を増やしたくないけど、普通の人になりたい。矛盾だなあ。

『0.5の男』を見ながら父と妹の帰りを待つ。noteの日記でも見ていると書いている方がいて気になっていて、昨日アマプラを開いた瞬間おすすめの一番右端に出てきた。確実に大豆田とわ子の八作からだ、と思った。そうだよ好きだよ。わかってんじゃんアマプラ。40歳引きこもりの男性とその家族の話というあらすじを読んでもっとギスギスした社会問題に切り込むぜ的な内容かなと思っていたけどそんなことはなく、思っていたよりほのぼのとした?内容であった。主演の松田龍平の空気感がそうさせるのか、ドラマ全体に漂うゆるい空気感がそうさせるのか。どちらもだろうな。主題歌もゆるくて好きだった。そこここで思い当たる節というか、私も33歳無職引きこもり元会社員ストレスで会社を辞めたというほとんど同じような経緯だったので最初のうちはちょっと見るのが辛かった。けど、2日で5話全てを見終えるくらいには面白かった。二世帯住宅にひっそりと、でも確かに存在する「0.5」という存在。外に出て変わっていく主人公とその家族、周辺の人々。押しつけがましくなくて小さな描写が優しくて、見て良かったな、と思った。また面白いドラマを1つ観終わってしまった。『1122』が辛くて1話で断念してしまったので、観終わったことになんとなく安堵。今はその穴を埋めるように、なにも考えなくて済むように、『ねじまきカギュー』を読み返している。何度目だろう。中山先生の描く女の子は強くて好き。

昼。確認作業を終え買ってきてくれたパンを食べる。ラクレットなんとか。美味しかったけど確認作業の余韻であまり味わって食べられなかった。もうやめにしたい人生。夜はこのクソ暑いのに家族全員しゃぶしゃぶが食べたくなり土鍋とカセットコンロを引っ張り出して肉を茹でた。何やってんだろうね、と言いながら食べた。冬にやるやつだよ。でも久しぶりにご飯をおかわりした。胃が重いけど、進歩な気がする。なんの進歩だデブ街道のか。よく頑張ったね、ということで。と、父のいないところで妹から言われる。午前中、とうとう勇気を振り絞って精神科へ予約の電話をしたからそれのことらしい。情けないが電話を持つ手が震えた。でも、今のままずっと人間をしていくのはたぶん無理だから、なんとか予約を取った。こんなに声が出なくなるものなのかと思った。情けな。予約は1ヵ月先なのでそこまでなんとかやり過ごしていかなければならない。というか行ったところでなにか変わるのか?とも思うけど、自分から助けてくださいと言えたことは褒めて良いことなのでは。1褒め。とりあえず買い物に行けるようになりたい。家から出ることに怯えたくない。コメント等でアドバイスをくれた皆様、ありがとうございました。まだ何も終わっていないし始まってもいないけど、一歩踏み出せました。これからどうなるのかな。期待しないように、でも最悪の事態を想像しすぎないように。

シャワーを浴びて、日記を書く前に『0.5の男』の最終話を観終わる。時系列バラバラだけど、本当はさっき観終わりました。感想を先に書きたかったので変な感じになってしまった。今はまた考えなくてもたぶん良いことを考えてしまっている。あといつもより喘息が酷い。なんでだろう。低気圧?いつかこの日記を読み返して、ああこんなこともあったなあとか思える日が来るのだろうか。来ないのならもう未来なんてなくて良いと思うけど、それすらバカだったななんて思える日が来るのかな。人には人の地獄がある。私の地獄は子供の頃からゆるくずっと存在していて、それは私だけのものだから全部はわかってもらえない。小学生の私よ、大人になってもその地獄、あるよ。しかも酷くなります。でもなんとかしたいよね。まだ寿命があるのなら。産まれてこのかたずっと死にたい人生、まだ死なないならちょっとくらい良いことがあっても良いじゃないですか。目を閉じる度、目覚めないよう祈る日々にさよならを言いたい。