かさ、はんぶんこ。

空の表情がみるみるうちに変わる。
「お願い、今は泣かないで」
祈りながらグレーの雲を見上げていた。

わたしはあの日、某イベントのグッズを買うために列に並んでいた。
雨を避ける場所などない、屋外で。

なぜだろう。
わたしが傘を持って出かけると、雨は降らない。
逆もある。
傘を持たずに出かけると、雨が降ってしまう。

雨の神様がどこかでわたしの手元を見ていたような気がした。
いじわるはやめて欲しい。

お天気を教えてくれるお兄さんの
「雨が降るのは夕方以降でしょう」の言葉を信じていたのに。

ぽつ…ぽつ…ぽつ…から
ぽつぽつぽつぽつ…に変わるスピードは早かった。

「あーあ。濡れるしかないか」って
諦めがつくほど、雨は強く降ってきた。

あの頃は今みたいに、へんてこなウィルスも知らなかったし
濡れて風邪をひくことも厭わなかった。
それより、グッズをゲットする方が優先的だった。

心を無にして、時間が過ぎるのをただ待っていると
あっという間に雨が止んだ。

ん?止んだ?
それにしてはおかしい。
傘に当たる雨音は聞こえていた。

そう、わたしの上に降る雨だけが止んでいた。

後ろに並んでいた人が持つ大きめの傘を、さりげなく前に並んでいるわたしの方まで伸ばしてくれていた。

横並びの相合い傘ではなく、縦並びの。
しかも、知らない人同士の不思議な相合い傘。

勘違いかもしれない、たまたまわたしも入れてるだけなのか…

後ろを振り返って聞いてみようか、でも恥ずかしい。

半分だけ振り返ってみると、あらやだ、ちょっとステキな人じゃない。

恥ずかしい、でもお礼が言いたい、でも恥ずかしい。

そんな感情と戦いまくって、心臓もドキドキしながら
列は少しずつグッズ売り場に近付いた。

そうだ、グッズを買い終わったら思い切り振り返ってお礼をしよう。

そしたらお互いにいい感じかも。

そんなことを思って、無事にお会計を済ませ彼を探していると

どの人だったかわからない。

売り場がいくつかあったので、後ろにいた彼がどの列に行ったのかがわからなくかってしまった。

透明のビニール傘を持っている人が沢山いたから、結局お礼が出来なかった。

思った時にお礼が出来なかったことを、未だに悔いている。

雨が降ると心は憂鬱に支配されてしまいがちだけど、

わたしには大切な思い出があって
あのステキな彼と縦並びで雨が避けられた。

そのことを思い出すと足取りは軽やかに
顔もにやにやしてして雨の日がちょっと楽しくなる。

傘に当たるぽつぽつ音も、好き。

今年の梅雨も、名前も知らないあの彼に
優しい雨が降ることをこっそりと祈ろう。

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