見出し画像

何かが始まる予感がして、

高校3年生。3月3日。今日も授業が終わり、ぼんやり外を眺めてた。

「もう3月かぁ。」

あと6日で卒業だ。僕には、好きな女の子がいる。斜め前の席に座っている宮村さんだ。きっとこの静かな思いも全部学校において卒業することになるのだろう。「すき」この二文字を真っ直ぐ伝えられる強き男に僕もなりたかった。この二文字をロマンチックに伝えられて、奇跡的に両思いになれる世界線はお母さんのお腹に置いて来たようだ。

そして今日、卒業アルバムが配られた。皆が、アルバムにメッセージを書いてもらおうと、クラスを超えて人が行き交っている。廊下は大賑わいだ。あと6日でいつもの日常が終わる。そのどこか現実味を帯びない6日後が、落ち着けない雰囲気を作り出す。ワクワクともドキドキとも呼べないこの感じは卒業式特有の感情だ。帰ろうとしたそのとき、宮村さんがこっちに向かってきた。

「メッセージ書いて!」

唐突にそう笑顔で言ってきた。嬉しいなぁ。もちろん書こうじゃないか。宮村さんと話したのは、何回目だろう。おそらく指で数えるくらいしかない。まさか僕に気があるのでは。そんな自分勝手な妄想をした。僕はただのクラスメイトAにすぎない。

「僕のもお願い。」

そう彼女に言ってメッセージを書いてもらった。きっと、彼女と話すのも今日が最後なのだろう。でも、今日話せて幸せだった。ありがとう神様。第一志望の大学落ちた甲斐があった。帰ってから、彼女に書いてもらったメッセージを見てみると、

「3年間ありがとう!卒業式楽しもうね。最高の思い出にしよう!」

なんて優しい子なんだ。地味な僕にこんなに優しい手を差し伸べてくれるなんて。そうして、何の変哲もない残りの5日を過ごした。この学校で過ごす最後の1日はきた。なんか独特の緊張感だ。

卒業生の合唱曲「3月9日」

「3月9日」の聴き慣れた伴奏が、この3年間の記憶を繰り返させる。当たり前に過ごしたこの教室も、集会のたびお世話になった体育館も、体育祭で恥をかいたこのグラウンドも、普通の毎日で一番お世話になったこの階段や昇降口も今日が最後。

「なんだかんだ楽しかったな」

最後のホームルームで、担任が作ってくれたクラス動画を見て教室中が涙で溢れた。そして、切なくも新しい気持ちでホームルームは終わった。

6日前、宮村さんが話しかけてくれた日から、何かが始まる予感がしていた。このたわいの無い会話から奇跡的に両思いになって彼氏彼女の関係になるみたいな青春ストーリーを思い描いていた。これを一概に、「痛い妄想」と呼ぶ。

それぞれで写真を取り合う中、宮村さんが話しかけてきた。

「元気でね!」

そう彼女はいうと、立ち去っていった。卒業式の今日、宮村さんはいつも以上に可愛く見えた。やっぱり僕は宮村さんが好きなのだろう。可愛らしい顔、人の中身をしっかり見ようとしてくれる性格、華奢なスタイル、なんだろう全てが愛おしく思える。

僕の中の何かが、破裂した。今しかないと思い宮村さんを追いかける。この思いをこの学校に置いて行くのは嫌だ。伝えるんだ。溢れそうな気持ちを。

追いかけた先は、屋上に続く階段だった。屋上の扉の前で男子生徒が立っている。

全てを察した。彼もまた、彼女に思いを伝えるのだろう。彼もまた、このタイミングしかないと考えたのだろう。

僕は階段下で大人しく待っていた。微かに聞こえる。でも何を話しているかまでは聞き取れなかった。

すると、階段を降りてくる足音が。終わったのか。ふふ、残念だったな。告白を成功させるのは僕でお前はおしまいだ。恋をすると性格がゴミになると実感した瞬間だった。

二人は手を繋いでいた。

おしまいなのは僕だった。

何かが始まる予感がして、何も起きなかった。


15年後。二人は結婚して、子供の二人がいるらしい。ちなみに僕は、お金を騙し取られて貧しい生活を送る独身彼女なしのおじさんだ。


もう一度噛み締めておこう。

おしまいなのは僕だった。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?