王子、お前なあ…!/『人魚の姫』

今回は青空文庫から。矢崎源九郎・翻訳版のアンデルセン『人魚の姫』を紹介。人魚姫といえば楠山正雄の訳も有名ですが、矢崎版のほうが言葉選びが現代的で読みやすいです。興味がある方はぜひ。

人魚姫といえば大体の人はあらすじを知っていると思うのでここでは書かない。が、なんで今さら私がnoteで記事を書いているかというと、子ども向けの絵本では省略されがちなとあるシーンを知ってもらいたいから。

王子様がね、ひどいんですよ!!!私はこのシーンを高校生のときに読んで憤慨した。

どのシーンかというと、王子と人魚姫のキスシーン。

ストーリー後半。人魚姫が人間になってしばらくしてから。王子は溺れていた自分を助けてくれたのは人魚姫ではなく、浜辺で彼を発見した修道院の女性だと思い込んで片思いしている。しかし隣国の王女と結婚話が持ち上がり、お見合いのために隣国へ行くことに。

「美しい王女に会ってこなければならないんだよ。おとうさまやおかあさまが、そうするようにとおっしゃるからね。しかし、その王女を、どうでもお嫁さんにして帰ってくるように、とはおっしゃっていないよ。ぼくが、その王女を好きになんかなれるはずはない。だって、修道院で見た、あの美しい娘さんに似ているはずがないもの。あの娘さんに似ているのは、おまえだけだよ。ぼくが、いつかお嫁さんをえらばなければならないとしたら、いっそのこと、おまえをえらぶよ。ものをいう目をした、口のきけないすて子の、かわいいおまえをね」
 こう言って、王子はお姫さまの赤い唇にキスをしました。そして、お姫さまの長い髪の毛をいじりながら、お姫さまの胸に頭をおしあてました。お姫さまの心は、人間のしあわせと、死ぬことのない魂とを、夢に見ているのでした。(本文引用)

このあと、修道院の女性=隣国の王女だと判明して、王子は大喜びで王女と結婚する。

……いや、人魚姫からしてみれば、そこまで言われてキスされたらもう、勝ちやと思うやん。「たぶん私、王子様と結ばれるのほぼ確定。泡にならない、やったー!」って思うやん。緒霧なら思うんですけど。

上げて落とすの振れ幅がヤバすぎる。王子、お前なあ、余計な期待させんな! かわいそうじゃん!

こんな感じで当時17歳の私は、休み時間の教室で電子書籍片手にひとりでキレ散らかしていたのでした。

ただこの流れがあるからこそ悲恋ストーリーとしての良さが増しているのも確か。アンデルセンって人魚姫に限らず他の作品でも、ふりむいてもらえないしんどさを書くのが上手で惹きつけられる。

ところで子ども向けだと端折られがちな他の部分は、大きなところだと「死なない魂」の話がある。

人魚は寿命が長いが死ぬと泡になって終わり。人間は寿命は短いが「死なない魂」を持っていて、体が死んでも来世へと生まれ変わることができる。

人魚姫は王子に恋い焦がれただけではなく、永遠の魂を欲して人になることを望む。2つの目的を持って陸の世界に飛び込むわけだ。

外国はどうかわからないが、日本の子どもにとってはそうした輪廻転生というか宗教的な側面は馴染みが深いとはいえない。だから絵本だと省略されてしまったのかなあと。

王子との恋が叶わなかったことはあまりにも有名だけれど、「死なない魂」のほうは手に入れることができたのか。そこらへんが気になるかたは、結末までぜひ読んでみてくださいな。

それでは。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?