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お素麺

さて、9月

おそうめん達が、鳴りをひそめ。たくさんのビーフンが騒ぎ出す。そんな季節でございます。

街に出れば、そこいら中から聞こえてくる。かりんとうの車。

私は本人だと気づかれることのないよう、一生懸命に引っ張り上げたタートルネックに顔をうずめて生活しています。


そんな苦労もつゆ知らず。私のなにを持ってトンツカタンのお抹茶だと気づいたのか、わかりませんが。
当然のように街行く人は「お抹茶さんですよね」と声かけてきます。そうなってしまうと、私もバレてしまいましたかと言わんばかりに、タートルネックを折り返し、顔を露わにして「お抹茶うねぇ〜」と返します。もちろん相手は大爆笑。ここから2、3時間話し込み。最後はジャンピングロウタッチをしてお別れ。だいたいこんな感じで日々が過ぎていきます。


そんな日々をおくっていた頃。突然1通の葉書が届きました。我が家では葉書が届くとまず音読をします。とにかくハキハキと大きな声で。音読を終えると、次は意味を理解するために、黙読をします。なるほどなるほど。一文字一文字丁寧に。字の成り立ちを意識しながらしっかりと。
黙読を終えたころ、ようやくこの葉書が免許更新のお知らせだという事が判明しました。


ふむふむ。これは絶対に行かなければ。


思い立ったが吉日ということで、私はその足で急いで免許更新旅館「運転荘」へと赴きました。



旅館に着き、まずはチェックインを済ませます。そして受付の人に免許証を預けます。一泊している間に免許更新の手続きを済ませてくれるのだそうです。


チェックインを無事にすませ、案内された部屋へと向かいます。部屋は、6畳くらいの和室でした。中に入ると、畳がどこにあるのか確認できないほど布団が敷かれています。
私は、布団を汚さないように、なるべく端の方に荷物を起き、用意されている浴衣とタオルを持って、大浴場へ行くことにしました。


脱衣所には若いお兄さんもいれば、運転大丈夫かなと思うほどのおじいさんもいました。平日ということもあり、そこまで混んでいる様子はありませんでした。


大浴場は、大きなお風呂がひとつあり普通に混浴でした。男女合わせて10人くらい。脱衣所が別れていたので、みんな戸惑いながらも、とりあえずお風呂にはいっていました。
わたしも最初は戸惑っていましたが、いつのまにか慣れてしまい、当たり前のように温泉に浸かりました。
壁には効能が書かれているパネルに、大きな字で「ストレス」と書かれていました。効能が一つだけなんて珍しいですよね。


温泉から上がりすっかりストレスフリーになった私は、部屋へ戻りました。


中に入ると部屋中に敷かれた布団達の真ん中に、畳が一枚敷いてありました。
私は、こういう「逆」もあるんだなと感心しながら、布団の方に横になりました。特にすることもないので、ぼーっと天井を眺めていると、一瞬だけ天井がピカっと光りました。というか。そんな気がしました。
あまりにぼーっとしていたので、本当に光ったのか、それとも気のせいなのかわかりません。今のは何だったんだろう。と考えていると、いつの間にか眠っていました。


目が覚めると、すでに朝でした。夕食を食べずに寝てしまったことを、腹の具合で思い出しました。
たまたま、夕食なし朝食2人前付きのプランで予約しておいた前日の自分のファインプレーに感謝し、食堂へと向かいます。


食堂に着くと、昨日脱衣所で見かけたおじいさんが、美味しそうにとろろをすすっていました。

私が席に着くと、タイミングよく定食が運ばれてきました。ご飯、味噌汁、漬物に納豆。サラダに、焼き鮭に味付け海苔。そして、ちょっとした煮物。それが全部2つずつ来ました。テーブルの上が食器でいっぱいです。

あれ?そう言えばと思い、店員さんに確認すると。どうやら、あのおじいさんは、一泊朝とろろのみプランで泊まっているとのことでした。次来る時は、それにしようかなと思いながら、私は朝食を勢いよく食べはじめました。


朝食の鮭を1匹だけ残し、部屋に戻りました。

帰りの支度をして少し部屋を片付けてから出ようと思ったのですが、布団の方を畳むべきか、畳を片付けるべきかでとても迷いました。この場合どっちなんだろう。
とりあえず、私は真ん中にある畳を壁に立て掛けておきました。こういう時、みなさんならどうしますか。


そして、チェックアウトをするために受付へ行きました。宿代と免許更新費用の合わせて8,500円(自分は優良ドライバーなので500円引き)を支払い、更新された免許証を受け取りました。免許証には、布団に横になって天井を眺めている私の写真が添付されていました。
あまりに気の抜けた表情と、背景の敷き布団は、なんとかならなかったのかという思いで撮り直しを申し出ましたが、受け付けてもらえず、渋々、免許証を受け取りました。私はこの免許証で次の更新まで耐えなければいけないんだと思うと、ストレスが溜まりました。


宿を出ると、とろろをすすっていたおじいさんが散歩をしていました。
軽く会釈をすると、おじいさんがこちらに気がつき、近づいてきました。なんとおじいさんは、私がトンツカタンのお抹茶だという事を知っていました。まさか私のことを知ってくれているおじいさんがいるなんて。私は嬉しくなってお礼をいいました。
するとおじいさんは、私の手に何かを握らせ、これ返すよと言って、ご機嫌な様子で去っていきました。


手には、おじいさんの免許証が、握らされていました。おじいさん。私に返納されても。と思いましたが、その思いは胸にしまい、引っ張り上げたタートルネックに顔を埋め、私は宿を後にしました。




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あの…なんか、書いただけだから…

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