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リメンバー・ミー(2017) 「人が家族で生きる意味」

ディズニーの柱とも言える要素「音楽」をテーマに、家族の絆の価値を問いかけたディズニーピクサー渾身の一本。美しい映像と素晴らしい音楽、確実に観客の琴線に触れるストーリーテリング、映画単体の完成度で言えば、ディズニー映画の中でもベストと言えるかもしれません。王道のテーマを「トイ・ストーリー3(2010)」のリー・アンクリッチ監督が真っすぐに描き切った、アニメーション映画史に残る至極の一本です

まず、アンクリッチ監督という人は、あらゆる人が持っている「思い出」に引っ掛けて、感動を引きずりだすのがとても上手です。トイ・ストーリー3が「昔遊んだおもちゃ」だとすると、このリメンバー・ミーは「亡くなった家族」であり、そこに引っかかる良い思い出がある人は、自然とその記憶が呼び起こされ、思わず涙してしまいます。しかし、「昔遊んだおもちゃ」に比べて、家族というテーマは複雑でありながら、これまでに散々描かれてきたもの。過去にピクサーでも「メリダとおそろしの森(2012)」で家族をテーマにしたものを作ろうとしましたが、正直、感動を呼べる代物ではありませんでした。天下のピクサーの数少ない失敗と言ってもいいでしょう。家族というのは、それくらい身近で、描くのが難しいテーマだと言うことです。ではリメンバー・ミーがそれに成功したのは何故か。それは、丁寧な舞台設定、各キャラクターの人物描写、そして音楽という最高の接着剤があったからだと思うのです。

物語の始まりは、主人公ミゲルによる語り。お祭りの切り絵飾りを使って、先祖の話が語られます。ちなみにこの紙飾りは上から吊るされたもの。過去の事を語ってはいますが、下を向くのではなく、晴れやかな気持ちで昔を思い出しながら、希望を持って未来を見つめているような演出です。作品の序盤では、ミゲルの家族とそのルールが丁寧に描かれます。主人公ミゲルは、現代における普通の家庭の子供。トイ・ストーリーのアンディがそうであったように、王子様でも無ければ魔法使いでもない、観客の共感を呼びやすい身近な設定です。その中で注目すべきは「音楽禁止」というルールでしょう。ストーリーの根幹となっているのはもちろん、禁止することで観客にも「もし音楽がなかったら」を想像させ、中盤以降の音楽の力をより一層強く感じさせる巧みな設定です。しかしもう一つ、忘れてはならない重要な設定が描写されています。それは、「皆が家族を大切にしている」ということです。ミゲルは、子供らしく隠れてルールを破ってはいますが、基本的には素直で良い子。お婆ちゃんのエレナも、音楽禁止のルールには厳しいものの、大前提は家族が大好きなのです。ミゲルが家を飛び出してしまった時は、死者の日のお祭りも忘れて家族総出で朝まで探しています。一見当たり前にも思えるこの2つ目の設定をとにかく丁寧に描写していること、それが物語全体の最も重要な土台となっています。土台がなければ、如何に良い設定を生み出そうと、観客には響きません。「音楽禁止」という飛び道具と、「家族を大切にする」という土台、この2つの設定が絶妙に絡み合い、物語に納得と共感を与え、大きな感動を生んでいるのです

また、作品中盤以降の舞台である「死者の国」への誘い方も見事です。先祖に想いを馳せる「死者の日」のような風習は、おそらく世界中の国や地域に存在する身近なもの。そこから、コミカルなガイコツのキャラクターとの奇妙な共存を挟み、圧倒的な映像美で一気にファンタジーの世界へと引き込みます。そして一度その世界に入ると、そこからは心を掴んで離さない。キャラクター描写はもちろん、タイムリミットや「二度目の死」という設定のお陰で、緊張感をもって物語に入り込めます。初めは丁寧に身近な世界を描きながら、死者の国でもとっぷりと世界観に浸らせてくれる。現実とファンタジー、2つの世界の絶妙なバランス感は、トイ・ストーリー3にも通じるところがあり、アンクリッチ監督の得意とするところです。

物語としては、家族の束縛から逃げながら、音楽という夢を追いかける構造。死者の国では、作品の最大の魅力である「歌」が、物語に次々とシームレスに組み込まれていきます。「なんで急に歌い出したの?」というシーンは一つもなく、全ての歌に意味がある。曲そのものも最高ですが、その使われ方に心を動かす仕掛けがなされていて、ミュージカルが苦手な人でも楽しめます。だからこそ、歌い手の力量が非常に重要なのですが、吹き替え版でミゲル役をつとめた石橋陽彩くんは、ディズニー映画の吹き替え史上最高と言っても良いほどの上手さ。単に美声なだけではなく、心を動かす歌い方が出来る凄まじい逸材です。是非とも日本語吹き替えでの鑑賞をお勧めします。

とにかく、リメンバー・ミーでは終始、音楽という偉大な文化へのリスペクトがあります。音楽がなくちゃ生きていけない、という台詞も登場しますが、音楽は時を超えて人々を魅了し、夢を与え、想い出を蘇らせる強さをもった素晴らしい文化です。音楽の衝動に身を任せ、追い求めることは、人間の生きる意味足り得ます。実は、ここまで真っ向から「音楽」を描いたディズニー映画は他にありません。これまでのディズニー映画において、音楽はあくまでもテーマの伝達手段、作品を構成する一つのパーツであり、結果的に主役級に目立つことはあっても、主役になることは無かったのです。リメンバー・ミーは、そのような困難なお題に挑戦し、見事に期待以上の作品に仕上げました。そしてこの事は作品単体だけではなく、ディズニー映画の歴史を考えた際、大いに価値のあることだったと思います。この映画は、観客に音楽の持つ力の素晴らしさを再認識させましたが、ここで言う音楽の力とは、「爆発的なヒット曲」ではなく、「物語の中で音楽が果たす力」ということ。つまり、ディズニー王道の音楽の力のことです。それによって、近年のディズニーが迎えている危機=半ば無理やりに過去を否定して新しいディズニー像を作らねばならないという「アンチ王道」の流れに立ち向かい、ディズニーがずっと大事にしてきた「王道」の力を私たちに「思い出させて」くれたのです。

ちなみに、リメンバー・ミーの音楽が作者の主張の道具にならずに、作品を支える力になりえた理由は、共同監督であり楽曲の制作もつとめたエイドリアン・モリーナのインタビューにヒントがありました。

(曲のイメージづくりはストーリー側からでしょうか? それともキャラクター側からでしょうか?という質問に対して)「必ずキャラクターの事を先に考えるようにしています。音楽というのはとても個人的な表現だと思うけど「口では表現できないけど何かを表現したい」という時に使っているから、「このキャラクターが秘めているメッセージは何だろう?」ということを考えることが大事なわけで。そういう意味でまずキャラクターのことを考えているよ。」

やはり音楽は、キャラクターへの愛情があって初めて成り立つもの。自分の言いたいことを言わせるために、キャラクターの性格をねじ曲げていては、映画にとって良い音楽になるはずがないのです

このように、本作における音楽は、力が最大限に活かされるよう工夫をもって描かれています。それゆえに、音楽と二項対立で描かれる「家族」というもう一つのテーマが一層輝くのです。家族の絆は、「音楽」という素晴らしい文化よりも優先されるものなのか。そもそも人はなぜ家族で生きるのか。家族のつながりとはなにか。序盤で「家族を大切に」と書きましたが、それが如何に難しく、重要なことなのかを、観客は考えさせられます。

家族の絆(きずな)は、強すぎる余り、時に絆(ほだし)として、個人に犠牲を求めます。夢を諦めなければならないこともあり、その犠牲は耐え難いものでしょう。ですが、それを上回る家族からの愛情・家族への愛情に気付いた時、自己以上に大切な存在がいるという、人間として生きる意味を知ることが出来るのだと思います。それは、子供でも大人でも、それぞれのタイミングでやってきますが、ミゲルは死者の国を旅する中で、家族からの愛情を知り、如何に家族を愛する事が大事かに気がつきます。一度は音楽を選んだ「あの人」も、家族への愛情が一番だと気がつきます。人は誰かから「愛されている」ことに気付いて初めて、誰かを「愛する」ことができる。理屈は単純ですが、愛されていることに気づくことが如何に難しいか、この映画は教えてくれます。映画冒頭で何気なく描写されていた日常という当たり前の幸せの中に、いくつもの掛け替えのない愛情があったこと。その愛情の連鎖があって初めて、命は繋がっていくということ。「家族を大切にする」ということは、ただ単に「家族を愛する」ということではなく、「家族が愛してくれたこと」に感謝の気持ちを持つということでもあると思います。

こうしてミゲルは子供として、家族の大切さを知っていくわけですが、子供の頃に知る「家族の大切さ」と、大人になって知る「家族の大切さ」は、異なります。ライフステージによって、家族のもつ意味は変わりますし、もしかするとまた家族を疎ましく思う事があるかもしれません。だからこそ、家族が家族の家族を大切にし続ける、おばあちゃんが自分のおばあちゃんの話をするようなリメンバー・ミーの家族は、現実では難しい、理想的で、ある種ファンタジーのような繋がりなのかもしれません。ただ一つ、このリメンバー・ミーが教えてくれる僕らが出来ること、すべきことは、「家族が亡くなってからも、その人への感謝の気持ちを忘れないこと」です。この映画は、「死者を忘れない」という設定を使って、この感情を自然に引き出してくれます。トイ・ストーリーを見て昔遊んだおもちゃを思い出したように、亡くなった家族との思い出を、蘇らせるのです。

そしてそれは、性別、年齢、国籍を問はず、価値のある行為だと思います。遊んでくれたこと、優しかったこと、怒られたこと、一緒に泣いたこと、などなど、その人が注いでくれた愛情を、人生の色んなタイミングで思い出して、今度はその愛情を自分の家族に注いでいく。この無償の愛のバトンこそが、人間が家族として生きる意味なのではないか、と思うのです。だからこの映画を見て流れる涙は、なんだかあったかくて、優しく、前向きな気持ちになれるのだと思います。


家族という身近で難しいテーマを、音楽というディズニー王道の力で描いていく。ゆえに、説教くさい押し付けはなく、誰もが真っ直ぐに感動できる。老若男女にお勧めできる、本当に素晴らしいディズニー映画です。まずは吹き替えで、是非。

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