自分の弱さを知る(3)

私は世の大半の精神科医に対してよい感情を持っていない。

おもに出版、動画配信、講演、などを通じ見知っている範疇でいえばだけど、患者たちとの対話を通じ得たと本人が思い込んでるらしい世間「観察」の成果を開陳しドヤ顔している精神科医の賢しらぶりがイヤだ。そんなにヒトの粗探しが好きか?と訝しくなる。

のみならず彼らがあたりまえのように持ち出してくる発達理論のその引用/援用する”てつき”がイヤだ。

彼らの語る主体からはいっこうに血や土の匂いがしてこないのだ。

ゆえにわたしは今までエリクソンを先入観のみで逆恨みしていた。だけど今回、本家本元の理論を改めて読み返してみて(それはエリクソンの解説書だけど)いつのまにか胸を撫で下ろしている自分がいた。これは信じるに足るという想いがむしろ強まった。何故か?

つまり世の精神科医たちのエリクソン評価と私のそれが真逆とはいわないにしても、かなり距離があるということなのだろう。むろん私のごときこの知識基盤社会から盛大にあぶれた”弱者”がなにを喚こうとなんの効き目もないのは百も承知している。それどころか有害だ。おれのエリクソン、なんて書く気は毛頭ない。

<続く(続く)>

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