10-3.背中を強引に壁から引きはがした俺の目に、踊り場の床で鈍く光を反射する物体が映る。

 背中を強引に壁から引きはがした俺の目に、踊り場の床で鈍く光を反射する物体が映る。スマホのライトに照らし出されたそれは、よく見ると一枚の紙を挟んだ透明なプラスチックの板だった。

 俺は板に近づいて、つま先で蹴ってみた。接着剤で床に固定されているのか、一ミリも動かない。間に挟まれた紙には、直線だけで描かれたUのような記号が黒インクで描かれていた。

 休み前にこんな板を見た記憶はない。つまり、この板はゲームと関係している可能性が大きい。

 とはいっても記号以外の情報がどこにも書かれていないので、推測でしかないけれど。

 俺は謎の記号をメモ帳に写すと、重い足を引きずって北東の踊り場へ向かった。直線距離で四〇メートル弱の廊下を警戒しながら、慎重に進む。

 でも、ユウイチもパペットマスターも、こちらが拍子抜けしてしまうほど、何も起こさなかった。ゲーム中継を見ている視聴者には、さぞ俺の空回りぶりが目立ったに違いない。

 結局、ゲームのしかけらしいしかけは、北東の踊り場に貼られた透明なプラスチックの板だけだった。今度の記号はUの字を右に倒したかたち。静まり返った校舎に、俺のメモを取る音が響く。

 この先、部室に着くまで、ずっとこんな感じなんだろうか。

 微妙に緊張が解けると、脳細胞の奥底でくすぶっていた疑念に火が点った。

 あの日、病院で感じた違和感。

 ジュンペーが撮りためてくれた写真。

 ヒロムが投げかけた言葉。

 トシが調べてくれた結果。

 そして、ユウイチが作る問題のいくつか。

 頭の中にぶちまけられたパズルのピースが、端から少しずつワクを埋めていく。

 最悪な気分だった。


『∪⊂∩†“頭を三つ並べて扉を開けよ”』


 残り時間を一五分以上残してたどり着いたパソコン部の扉には、最後の透明なプラスチックの板が貼られていた。扉の鍵穴は、なめらかな表面をした長方形の箱で覆われている。どうやら、スマホを使って遠隔操作で開閉できるスマートロックのようだ。

 そのことを示すように、扉の横に置かれた机の上で一台のスマホが光っている。手に取ってみると自動的にスクリーンロックが外れ、入力欄と英数字のキーボードが表示された。つまり答えは、アルファベット二一六文字と数字十文字を足した三六文字の組み合わせ、ということだ。

 ゆっくりとペンを回して意識を集中する。目と耳から流れ込むノイズが消える。

 まず、部室に来るまでに集めた三つの記号から、並べる三つの頭が導かれることはまちがいない。つまり、あの三つの記号はなにかの英数字に結びつくはずだ。

 問題はこのシステムが何回のやり直しを受け入れてくれるかだ。よくあるパターンで考えても三回。もしかすると、もっと少ない回数で入力できなくなる可能性だってある。

 メモを開いて「ucnt」と書いてみた。見たままだけど、可能性がないわけじゃない。特に四番目の「†」を「t」に置き換えるのは確実だろう。

 次に、少し考えてから「umst」と書いてみた。正方形の一部が欠けたようになっている記号の空いている部分、上、右、下のローマ字表記から頭の一文字を抜き出したかたちだ。“頭を三つ並べろ”という指示に対しては、こっちの方がそれっぽい。

 続けて、上、右、下の英語表記から頭の一文字を抜き出して「urdt」というのも書き加えた。

 もっとも、どのアイデアもわざわざ用意したパスワードとしては弱い。まるで機械が選んだみたいに無作為なのだ。―これ以外の考え方はないんだろうか?

 俺は窓の外に目を向ける。

 夏休みで外灯の電源が切られているのか、校舎に囲まれた中庭は四角いブラックホールみたいに真っ暗だった。校舎をぐるぐる回らされているうちに、ずいぶんと時間が――

「あ」

 俺は首をめぐらせて、さっき歩いてきた廊下を見た。南東の踊り場から北側のふたつの踊り場を通って南西の踊り場までの軌跡が頭に浮かぶ。いや、まさか。

 メモに第一ゲームから最終ゲームまでの軌跡を書き殴った。北西からスタートして南側を通り、北東で終わった第一ゲームは「∪」のかたち。北東からスタートして、西側を通り、南東で終わった第二ゲームは「⊂」のかたち。そして最終ゲームは「∩」のかたち。

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