6-10.「これは、一度、工場出荷時の状態にリセットされているかもしれないのだよ」

「これは、一度、工場出荷時の状態にリセットされているかもしれないのだよ」

 ユウシのスマホからデータを抜き出しながらトシがぼやく。基本アプリで残ったのはメールだけ。

「なにも、ない……のです」

 立ち上がったメールの受信画面を見て、ジュンペーが落胆の声をあげた。でも、すぐにトシが全否定する。

「ジュンペーは、あきらめるのが早すぎるのだよ。まだ全部は見てないのだよ」

 トシがキーボードを叩くと、下書き、送信済みメール、迷惑メール、ゴミ箱といった、受信以外のすべてのメール画面が同時に開いた。記録のかけらもない、からっぽの画面がちらつく。

「あ、あ、あ、あったのです」

 ジュンペーがノートPCを指さした。

 迷惑メールの中に、残されたただ一通のメール。誰かから送られたわけでも、誰かに送ったわけでもないのに、書かれたときから迷惑なやつ扱いされたそのメールこそが、俺たちの探していたユウシからのメッセージだった。


 親愛なる友人たちへ

 強い意志を持って、このメールにたどり着いたであろうきみたちが、僕の調べていたことをさらに知りたいと思ったときに役立つよう、このメールを残しておく。メールに書かれている情報が、きみたちにとって必要のないものだった場合は、このメールを削除して、すべてを忘れてほしい。

 僕がアルティメット・ミッションに対して疑問を持ったのは、僕たちのチームがランキングを次々と上げていた六月の下旬だった。多くのチームに同時にイベントが配信され、上位チームのほぼすべての行動がリアルタイム映像で配信される。同時に、その映像には多くの視聴者が殺到する。普通に考えれば、これだけの仕組みを無料で提供し続けるのは難しいと思う。でも、アルミは無料のままだ。無料アプリにありがちな大量の広告も表示されない。どうやってアルミは運営資金を得ているのだろうか。それが疑問の始まりだった。

 その疑問は、裏ミッションの存在を知ったときに、ふたつの仮説を生んだ。

 ひとつめの仮説は、ミッションの難易度選択やランキングにも絡んでいるが、誰かがプレイヤーを使ってギャンブルをしているという説だ。同時に配信されるミッション。能力によるランキング。うたがいなく熱狂的に取り組むプレイヤー。あとは賭け率を決めて、徹底して運営の秘密を守ることができれば、非合法のギャンブルは成立する。

 ふたつめの仮説は、裏ミッションの存在そのものから生まれた。シャーロック・ホームズに『赤毛組合』という話があるが、あれは非合法の仕事を行うために架空の仕事を与える話だった。アルミの場合は、もっと単純だ。非合法の仕事を行うミッションを配信すればいい。もちろん、ひとつのチームですべてを遂行する必要さえもない。指定された時間と場所にドローンを飛ばして映像を配信するチーム、同じ時間と場所で建物の窓ガラスを割りまくるチーム、配信された映像に最初のコメントをつけて拡散するチーム。接点もない「たまたま、そこに居合わせた人」の手で事件が炎上する。たとえるなら、そういったパズルの組み合わせで、ひとつの仕事を完成させる。

 だからパペットマスターは、プレイヤーにルールを守ることを徹底させる。ひとつは、アルミの秘密を持ち出させないため。もうひとつは、アルミのことが明らかになっても、良識ある人のほとんどに「誰に動機があるのかも定かではない事件なんてありえない」と思わせるためだ。

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