9-9.『……結果は出たわけだが、なにか言いたいことはあるかい?』

『……結果は出たわけだが、なにか言いたいことはあるかい?』

 ユウイチがヒロムにたずねた。画面を見なくてもわかるほどに淡々と。

「別に。なんもねえよ」

『では、きみには早々にゲームから退場してもらいたい。いいよね?』

「拒否権はないんだろ? なら、いちいち聞くんじゃねえよ」

『心外だな。これでも礼儀のつもりなんだがね』

「そういうのは礼儀とは言わねえ。トシの皮肉の方がかわいく聞こえるぜ」

 俺の耳に、階段を駆け上がる複数の足音が引っかかった。

「ああ、そうだ。……おまえ、クラゲソフトって好きか?」

『いきなり、どうしたんだい。好きなものの話をしたところで、きみの退場が延期されることはないよ?』

「んなことはわかってる」

 やがて、ふたりの会話は途切れた。

 踊り場に姿を見せた働き蜂が、ヒロムを取り囲むようににじり寄る。

『さて。そろそろ、次の問題を始めるよ』

 ユウイチが冷たく言い放った。自分の顔が歪むのがわかる。

「ち、ちょっと、待てよっ」

「いいから行けっ!」

 ヒロムの声が叩きつけられる。トシが俺の背中を強く押した。振り向いた俺を見下ろすトシの眼鏡の向こうの目は、西日の反射に隠されてまったくわからない。

 手の中でスマホが震えた。ユウイチがゲームの再開を宣言する。トシは俺の背後をあごで指した。

「もっとも確率の高いやり方を選んだ、あいつの選択まで殺してはいけないのだよ」

 確率ってなんだよ。ヒロムがなにを選んだっていうんだよ。

「自分たちでユウイチに一発喰らわしてやるのだ。忘れたわけではあるまい」

 そのままトシは振り返ることもなく、足早に南東の踊り場へ向かう。

 目の奥がじんわりと熱くなった。床にあぐらをかいて、俺たちを追い払うように右手を振るヒロムの姿が歪んでみえる。

 ずるいぜ、ヒロム―という言葉は飲み下した。ヒロムが望んでいるのは、この場に立ち止まっていることじゃない。俺はヒロムに背を向けると、南東の踊り場に向かって走り出した。

 途中でトシを追い越して南東の踊り場に着くと、窓の外は夕方から夜へとつながる壮大なグラデーションで覆われていた。端まで見通せていた廊下は、真ん中あたりで暗闇に埋もれる。

 ユウイチは宣言どおり、俺たちが廊下を走っている間に次の問題を配信した。だから、俺が踊り場についたとき、解答までの残り時間は九分を切っていた。


 問五

 鍵を外した瞬間、花子は太郎が自分と同じ気持ちであることを知った。なぜだろうか?

 注)質問は、イエス・ノー形式で答えられる質問のみ受け付ける


 こんなの、どうとでも答えられるじゃないか。

 いままでの問題とは明らかに違うオープンな問いかけに眉をひそめた。

「……水平思考なのだよ」

 トシの声が背中越しに聞こえた。

「自由な発想で次々と質問を投げながら、答えとなる物語を探すのだよ」

「物語が答えだって?」

「水平思考の問題では、見えていることから合理的に答えを出そうとすると行き詰まるのだよ。だから、その背景にある物語を思い浮かべるといいのだ」

 トシの言いたいことはわかった。でも、考えがあちこちに発散する分、答えにたどり着くには時間がかかるんじゃないだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?