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長編小説⑩:一日二件

政治家の息子が殺されてからは、ずっと署に寝泊まりしていた。
革靴の底を3㎝をへらし、署のうえからの小言に神経をすりへらす生活をおくっていた。 
政治家の息子が殺されたことで、この事件の注目度はたかまった。 
三日掃除していない三角コーナーにあつまる黒い虫のようなマスコミが署につめかけ、街のうえをハエのようにヘリがぶんぶんと飛びまわっている。 
マスコミの対応のおかげで、我慢の限界が、たたみ八畳ほどひろがった。 
 
あらたなガイシャ発見の報告をうける前日はひさしぶりに家に帰れた。 
肉体もだが、精神も披露していた。
マッカランの12年ものをグラスにそそぎいれた。
猫が水をなめるように、ていねいにマッカランを飲んだ。
お米を洗う最初の水が重要なように、最初に飲む酒は上等なものでなければならない。
マッカランを飲んだあとは、角ばった瓶にいれられた薄い琥珀色の酒をたっぷりとグラスにそそぎいれ遠慮なくグラスをかたむけた。 
気絶するように寝床にもぐりこんだ。 
睡眠の神のご加護はなく新たなガイシャが発見されたとの連絡がとどく。
夜の蝶の化粧よりも厚いメヤニが左目のまつ毛をおおっていた。 
目をあけると、バリバリとちいさい音をたてメヤニは崩落した。 
顔をあらう。左目の目がしらについているメヤニを小指でコリコリとこすり落とす。 
切れ味の悪い電動シェーバーでヒゲをそる。 
ていねいに、しっかりとヒゲをそっていると、電話がなりひびいた。 
電話をとる。 
ジュンコくんの声が聞こえてきた。 
 
「あらたな被害者です」 
「その報告は聞いたよ、いまでかける用意をしているので、あと20分ほどで現場につけると思うよ」 
「ちがうんです、新しい被害者は記者の丸目です」 
ジュンコくんの言葉は耳にとどいた。 
脳が言葉の意味をすぐに理解してくれなかった。 
たった1日でガイシャが二人。 
すぐに向かうと伝え電話を切った。 
電話を切ったが、すぐに動けなかった。 
どこから手をつければよいのかわからない。 
左手にもった電動シェーバーが、お乳を飲めなかった子犬のように小さく鳴いている。 
あとで気づいたのだが、またヒゲをそりのこしていた。 
 
ホストが殺された現場にむかう。 
自販機だけがおかれている公園は封鎖されていた。 
ツヨシが報告してくれた。 
人間は慣れる生き物だ。 
人の死に慣れてはいけない。 
けれども、人の死に慣れなければ警察は続けられない。 
ツヨシはしっかりと報告してくれた。 
凶器で頭を砕かれたであろうこと。 
ガイシャはちかくのホストクラブの店長であること。 
第一発見者は、ホストクラブの店員。 
目撃者はいないとのこと。 
いつもどおりの報告だ。 
あたらしい発見はないと思われた。 
 
「被害者のネックレスと指輪、財布、ライターが紛失しているスっ」 
「たしかか?」 
「ホストクラブの店員に確認してもらったスっ」 
「店長が店をでるときにつけていたネックレスと指輪、ライターがなくなっており、さらに自慢げに見せていた蛇柄の財布がない、と第一発見者とはちがう店員が証言したスっ」 
「ただ、店長がいっしょに店をでた女性の容姿や年齢の記憶はほとんどないようでスっ」 
 
報告ありがとうとツヨシにつたえた。 
腕をくみ、考える。 
タバコをふかしながら、考えこみたい。 
アインシュタインは煙のなかに知性が宿る、そのようなことをいっていたはずだ。 
模倣犯だろうか。 
電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物での殺人を模倣できるものだろうか。 
店長といっしょにいた女性。
いままで証言にあがれども、容姿と年齢はしっかりと判別できない女性とおなじだろうか。 
ホストクラブの店長の現場をツヨシにまかせ、記者の現場へとむかった。 
畳に削られ磨かれたツヨシの耳が、獅子の頭のように頼もしく見えた。 
 
黄色いテープが貼られている現場。
記者たちがブルーシートの向こうがわを透視してやろうと集まっていた。 
リングにむかうレスラーのように記者たちを押しのけ黄色いテープをくぐる。 
ブルーシートをめくると、適格な指示を飛ばしているジュンコくんの姿が目に飛びこんできた。 
凄惨な現場に咲く白百合の華。 
美しいが、どこか、儚さもある。大輪の花をつけた茎は折れやすい。
鍛えられたジュンコくんの体が、なぜかいまにも折れてしまいそうだと思った。 
 
ジュンコくんは、簡潔に要点を報告してくれた。 
言葉と言葉のすきま。息を吸うあいだに、記者丸目にむけられる侮蔑、亡くなったことへの黒い愉悦がしみだしている。 
貴重品は残されており、いつものように頭だけを砕かれている。 
 
1日に2件。 
こちらは、貴重品が残されている。こちらが、いままでの犯人か。 
あちらの犯人は、模倣犯か。 
または、2件とも同一犯人による殺人か。 
 
プレゼント用とおもわれる細長い箱とカメラが見つかった。 
箱とカメラは、飾り気のない透明の袋にいれられた。 
カメラになにか写っていないか調査するように指示をだす。 
「こんなやつでも、だれかへ贈り物をするのですね」 ジュンコくんが投げすてるように言った。
なにも答えなかった。 
タバコの煙を肺いっぱいに満たし、おもいっきり煙をふきだしたい、と強くおもった。 
ジュンコくんに現場をまかせ、署にむかう。
エライ様用の報告書を書かなければならない。 
エライ様は、まだぐっすりと布団で寝られていることだろう。 
 
ブルーシートをめくり、背後をふりかえった。 
ジュンコくんが、いまや記事を書けなくなった丸目を見つめていた。 
その目は、燃えているようにも、冷えているようにも見えた。 
アルミを噛んだような苦いものを口中にかんじた。 
 
死体を検査した結果。 
ふたりの体には、ちいさい火傷のあとが二つあることがわかった。 
いままでのガイシャに火傷はなかった。 
医者の見立てによると、火傷はスタンガンによるものではないかとも書かれている。 
日本では人を殺すほど電圧の高いスタンガンは売られていない。 
また、人を気絶させるほど電圧の高いスタンガンも売られていない。 
スタンガンなのか、はたまた別の凶器なのか考える。
考えながらアゴをさわると、とうぜんのようにヒゲがはえていた。 
スタンガンを売っている店に聞きこみにいくように指示をだす。 
深剃りできる電動シェーバーの情報も集めてくれないだろうか。 
 
ホストクラブの店長の貴重品は、質屋で見つかった。 
第一発見者のホストが、質にいれていた。 
店長の死体を見つけ、警察に通報するまえに盗んでいたようだ。 
物取りの線はなくなった。模倣犯の線はのこるが、おそらく連続殺人だろう。 
世間をさわがせている事件が解決していないのにも関わらず、事件に関係しているであろう盗品を質にいれるとはバカなのだろうか。
それとも警察そのものをバカにしているだろうか、どちらだ。 
日本の警察は優秀なんだぞ。 
内と外から圧力さえかけられなければ、事件を解決できるんだぞ。 
 
11話

1話


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