#読書の秋2021『ガラスの海を渡る舟』寺地はるな│Similar but not the same.
夫に映画デートに誘われた。
「何年ぶりだろう」と考えても思い出せないくらい久しぶりで、時の流れの速さを思い知る。
いつも仕事に趣味に飛び歩き、ほとんど家にいない夫。
『夫とデート』というと仲のいい夫婦というイメージかもしれないが、うちに限ってはロマンスなど全くなく、悲しいかな、現地集合。
夫より先に映画館に着いたのがなんだか張り切っているみたいで嫌だったので、時間潰しに近くの書店に入った。
ずらりと並べられた店先の新刊書。
それぞれのタイトルを眺めながら店内に足を踏み入れると、淡いブルーの表紙が異彩を放っていた。
手で触れるとキンと冷たく、持ち上げるとハラハラと壊れてしまいそうな、そんな守ってあげたいような脆さや儚さを感じた。
ふわりと軽く、舞い降りる羽毛を大切に手のひらで受け止めるかのように優しくそっと表紙を開くとその瞬間、ストーリーが始まった。
祖父の遺言のもと、ガラス工房を引き継ぐことになった兄の道と妹の羽衣子。
人とは同じ行動がとれず特別扱いを受けて育った兄と、特別な才能がなく劣等感を抱く妹。
そんな正反対の性格の2人が、時に傷つき藻掻きながらもガラス工房を切り盛りしていく様子は、健気で愛おしい。
10年の歳月を描いた、不器用な兄妹愛の物語。
私は、この物語に散りばめられた3つの宝石を見つけ、読み終わった今も大切に心の宝石箱に入れてある。
1つ目は、みんなと同じことが普通に出来ない兄の道に、「ひとりひとりが違うという状態こそが『ふつう』であり、『みんな同じ』のほうが不自然」と、亡き祖父が習いたての英語で「Similar but not the same. (似ているけれども同じではない)」と呪文をかけてくれる、心温まるシーン。
2つ目は、飼い犬を亡くした飼い主の田沢さんが、「いつかまた犬を飼うかもしれないけれど、亡くなった犬の代わりにはなれない」と、前を向き歩き出す場面で、兄の道が心に感じた「誰も、誰かの代わりにはなれない」と気付く、力強いフレーズ。
そして3つ目、「自分には兄のように特別な才能やセンスもない」と卑下する妹の羽衣子に、同業者の繁實さんが「そんなふわっとしたものに頼っていくのは苦しいこと。ガラスに向き合った、その事実を信じていけばいい」と諭す、厳しくも優しさに満ちた言葉。
誰もがみな、この兄妹になりうると思った。
少なくともこの私、これを書いている私の中には、兄の道もいて妹の羽衣子もいる。
特別扱いされたくて必死にがんばっている、私。
普通ではない特別な何かを探し回っている、私。
そして、私はこれらの言葉を必要としていて、誰かに言って欲しかったのかもしれない。
いや、自分の中にこれらの言葉があったことに、気づかされてしまったのだ。
この宝石たちには、「それぞれ個々の輝きがある」ということを教えてくれるパワーがある。
この物語は、「ありのままでいい」、「みんな違ってみんないい」、「十人十色」、まさに多種多様な生き方やひとりひとりの個性が重視される現代の社会を反映している芸術作品だ。
私もちょうど今から10年前に結婚し、子どもを授かった。
生まれてきた我が子は何にも代えがたく、全力で守ってやらねばならぬ「自分の存在以上に大切な人」となった。
しかし、それと同時に気づいたのは「自分の子なのに、全く自分に似ていない」ということだった。
顔立ちや体型は、まぁ遺伝かなと思える部分はあるが、行動や性格に至ってはまるで正反対!「これが、私の子!?」と叫ばずにはいられなかった。
その5年後にまた次女が生まれてからも、長女とは似ても似つかぬ顔立ちや性格で日を追う毎に、叫びから絶叫に変わってしまうほどの驚きだった。
そして結婚10周年を迎えて強く強く思うのは、「夫も私とは全く違う人格を持った、ただ1人の人間」だということ。
元々、私には(ちょっぴり?)完璧主義なところがあって、それは往々にして家族に向けられる。
ドアを開けっ放しにしたり、電気を消し忘れたり、出したものを戻さなかったり、そんな行動を見ようものなら頭から角が2本も出てきてしまう!
「当たり前のことがどうして出来ないのだろう」と、いつも思っていた。
夫に至っては、すぐに物を無くしちゃうし、壊しちゃうし、どこかに置き忘れてきてしまう。思い立ったらすぐ行動しちゃうし、じっとしてられないし、時間は守れないし、いつもギリギリだから周りが振り回されて大変!
「どうして、みんな、私みたいに出来ないんだろう」
この本を読んでその疑問が晴れるとは、思いもしなかった。
グレーだった雨空が一気にブルーの青空に変わり、心が晴れ渡ったようだった。
家族とはいえ、生まれ育った環境もぜんぜん違う。
ひとりひとり違っていて、当たり前。
それぞれ違っていて、それぞれの良さがある。
違いがあるからこそわかり合えるし、認め合えることができる。
人生はおそらく、そこが、面白い。
相容れない愛おしい兄妹から学んだ。
書店を出て、再度映画館に向かうと相変わらず時間ギリギリの夫がいた。
「いつぶりか?あ〜、結婚後、初じゃない?」
どうやらこの映画デートは10年以上ぶりだったらしい。
観終わってこれからどうすると聞くと、また仕事に戻るとのこと。
やっぱりロマンスはなく、でももう悲しくないよ、現地解散。
最後のシーンで妹の羽衣子がずっと拒否してきた兄の看板を受け入れたように、私も家族それぞれの個性を尊重し違いを受け入れこれからの人生という舟を漕いでいきたいと思った。
相容れない夫婦、そして家族。
人生はおそらく、これからもっと、面白くなる。
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