暁光に導かれて - シッダルタの道 第二章:苦行の道
深い闇夜に包まれた王宮を抜け出したシッダルタは、髪を切り落とし、粗末な衣を身に纏い、沙門(修行者)として新たな人生を歩み始めた。目指すは、あらゆる苦しみから解放された、揺るぎない境地。それは、愛する者たちとの別れという、大きな犠牲を伴う決断だった。
シッダルタは、まず苦行で有名なアララ・カーラーマ、そしてウッダカ・ラーマプッタという二人の師の下を訪ねた。彼らは当時、多くの弟子を持つ高名な修行者だった。シッダルタは、師の教えを忠実に守り、厳しい修行に励んだ。
灼熱の太陽が照りつける荒野で、彼は一日に米粒一つ、胡麻一粒だけで過ごした。やがて、彼の体は骨張って鳥の羽根のように軽くなり、大地に映る自分の姿は、まるで骸骨のようであった。
しかし、どんなに肉体を痛めつけ、精神を極限まで追い込んでも、シッダルタの心は晴れることはなかった。焦燥感と、苛立ちが募るばかりだった。
「何故だ…私は、なぜ苦しみから解放されないのだ…」
そんなシッダルタの姿を見た、かつての修行仲間の一人が、彼に新しい道を示した。
「肉体を痛めつけるだけの修行では、真の悟りには至らない。心の在り方こそが重要なのだ。ブッダガヤの地へ向かうのだ。そこには、正しい道を示してくれるであろう、ニグランタ・ナータプッタという優れた修行者がいる。」
藁をもすがる思いで、シッダルタはブッダガヤを目指した。そこで出会ったニグランタ・ナータプッタは、禁欲的な生活を送りながら、徹底的な自己抑制によって悟りに至ると説いた。
シッダルタは、五人の仲間と共に、再び厳しい修行に打ち込んだ。呼吸を極限まで抑え込み、意識を一点に集中する。灼熱の太陽の下、微動だにせず瞑想を続ける彼らの体は、まるで石像のようだった。
しかし、六年もの歳月が流れても、シッダルタは悟りを開くことができなかった。彼の体は、もはや限界を超え、生命の灯火は風前の灯火のようだった。
「このままでは、私は…私は…」
意識が朦朧とする中、シッダルタは幼い頃の記憶を思い出していた。春の陽光の下、咲き乱れる花々。耳元で囁く鳥の声。そして、何よりも…愛する母の姿。
「そうだ…母は、私に…生きて…」
その瞬間、シッダルタは悟った。苦しみから解放されるためには、肉体的苦痛を強いることでも、精神を極限まで追い詰めることでもない。必要なのは、心の平安なのだ。
シッダルタは、苦行の道を諦めることを決意する。それは、同時に、共に修行を続けてきた五人の仲間との別れでもあった。
「シッダルタよ、お前はどこへ行くというのだ…」
心配そうに声をかける仲間たちを残し、シッダルタは再び一人、暁光に導かれるように、歩み始めたのだった。
第三章へ続く
この度のご縁に感謝いたします。貴方様の創作活動が、衆生の心に安らぎと悟りをもたらすことを願い、微力ながら応援させていただきます。