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永住権を有する外国籍者の上陸拒否(再入国拒否)に関する法的問題点の整理 〜COVID-19水際対策に潜む問題点〜

この記事の概要

現在、外国籍者が、日本からアメリカ等の諸外国に出国すると、再入国の際に上陸拒否の対象になってしまいます。永住権者であろうとなかろうと取り扱いは同じです。つまり、日本で生まれ育ち生活基盤が日本のみに存在するとしても、外国籍であれば日本に再入国できない状況なのです。

そこで、この記事では、日本における外国籍者の再入国に関する権利状況にさかのぼりつつ現在の水際対策としての上陸拒否の妥当性について、法律的な観点から問題状況を整理してみたいと思います。

※1 同情目的の感情的な議論ではなく、あくまでも法律的な議論に終始したものになります。
※2 執筆スピードと勢いを重視し、自分のメモ代わりに、後で加筆・修正する前提で書いたものです。議論の流れや言葉遣い等、各分野の専門家の方の閲読に耐えない記載があるかもしれませんが優しい目でご覧頂けますと幸いです。

この記事を書くきっかけ

2020年7月7日、七夕の夜に、上のようなツイートを拝見しました。

法務省は、2020年4月1日時点で、次のようなアナウンスをしていて、永住者も含め、4月2日以降に日本からアメリカ等に出国した「外国人」は上陸拒否の対象となることを宣言していました。

このようなアナウンスは4月当時から認識しており、今後大きな問題となりうることも承知していました。

たとえば、2020年6月8日に書かれた記事として、次のようなものがあります。

ただ、緊急事態宣言真っ只中の当時、私としては日本国内ですら大きな移動をするつもりはありませんでしたし、当時の行政府のスタンスとしては、仕方のないものなのかなと思っていました。ですから、その当時は、大上段にかまえて議論をしたりもしませんでした(そもそも、私のような外国籍者には、政治に影響を与えるような活動の自由が憲法上保障されていないため、不用意に発言できないのです)。

しかし、それから数ヶ月たった今、緊急事態宣言も既に解除され、東京でも休業要請が出されていない状況の中で、見直すことなく同様の取扱いを続けるのはいかがなものかと思うようになりました。医療崩壊の危機等、まさにパニックのさなかで急遽アナウンスされた不適切な取扱いを見直す機会もあったはずだからです。

なお、前述の法務省のアナウンスは、7月1日に次のようにアップデートされていますが、上陸拒否の対象となる国が拡大されただけであり、永住権者等に対する扱いが変わった訳ではありません。

001318288_ページ_1のコピー

もちろん、日本国内(特に東京)の感染者数が再び上昇しはじめた現在、不要不急の国内外の移動を煽ったりするつもりは一切ありません。私自身は今でもリモートワークを継続し、不要不急の移動はせずにいます。ただ、留学でさえ特段の事情による出国に当たらず、再入国の際上陸拒否の対象になるというのは、法律上問題があるのではないかと思い、法的な議論を整理してみようと思った次第です。

外国籍者の入国の自由・再入国の自由

上記のツイートを拝見してすぐ、私は次のような一連の投稿を行いました。

こちらの投稿にあるように、外国籍の者は、たとえ日本に生活基盤がある者であっても、入国の自由や再入国の自由は認められていません(マクリーン事件・森川キャサリーン事件)。

「外国人の人権」については、次のような動画も投稿したところでしたが、外国籍の人には、フルパッケージでの憲法上の権利(人権)が保障されておらず、再入国の自由等も、外国籍者の人権パッケージの対象外とするのが判例なのです。

このような裁判所の態度に対し、大学等の学問の世界からは、強い批判が浴びせられています。特に、永住者と非永住者を一律に扱うことについては、国際人権的な観点から大きな問題があるとされています(詳しくは後述)。

憲法上の権利に関する問題点

①再入国の権利 [主張としては弱い]

憲法では22条2項で外国移住の権利を定めており、そこから出国の自由も導かれます。入国の自由については特段明文がありませんが、日本国籍の方には当然に認められるものと考えられています。

憲法
第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

もっとも、この憲法22条は、これまで、憲法上の条文の場所等から、経済的自由(保障の程度が弱い)の一部と考えられてきましたが、近年の憲法学では、22条1項の保障する居住移転の自由に精神的自由(保障の程度が強い)の側面があることを認めるのが通説になっています。

そのような事情を踏まえると、憲法22条及びその周辺に位置する権利である出入国の権利に関しても、精神的自由の側面があることを否定できないといえる可能性があります(←このあたりの議論は少し乱暴かもしれません)。すなわち、過去の最高裁判例がとってきた、再入国の自由を、「権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解される」権利として、安易に外国籍者を一律にその権利主体から外す態度が適切か否か、再考される必要があるように思います。

②学問の自由(憲法23条)[主張としては弱い]

第二十三条 学問の自由は、これを保障する。

今回の議論の契機となったのは、留学のための出国でした。再入国できない事態を懸念して留学を諦めることになれば、それを学問の自由に対する制約と観念することもできるかもしれません。しかし、今回は直接それを制約しているわけではなく、間接的・付随的制約となる(将来、上陸禁止措置が解除されることを見越して留学に行くこともできる)ということからすると、あまり強い主張とはいえないかもしれません。

③人格権(憲法13条)[主張としては???]

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

憲法13条を根拠に、自分の生活基盤に戻る権利に対する制約として上陸拒否処分をとらえることができるかもしれません。これについては、その根拠として、後述の国際人権規約等も参照していくことになりますので、そこであわせて述べることにします。

平等権(憲法14条) [主張としては???]

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

今回政府がとっている上陸禁止措置では、特別永住者(すなわち、ポツダム宣言の頃から日本にいた中国系や朝鮮系の方々及びその子孫)が対象外となっています。つまり、特別永住者は上陸拒否の対象ではないのに、単なる永住者は上陸拒否の対象になるのです。

このような別異取扱いが不合理であることをとらえて、憲法14条違反を主張することもできるものと考えられます。

この点、合理的な別異取り扱いか否かの判断基準を考える際の考慮要素として、差別の基礎からの脱却可能性等も考慮することになります。永住権取得者の中には、帰化の条件が整っている方も多いでしょうから、差別の基礎たる外国籍からの脱却可能性があるとみることもできますが、しかし、今回問題となっているのは特別永住者と単なる永住者との区別です。単なる永住者が特別永住者になることはできない以上、脱却可能性はないとみることもできるのではないでしょうか。以上、14条違反の主張はあまり強いものとはいえないかもしれません。

ここでは審査基準を定立しての議論をすることは控えますが、COVID-19の蔓延を防ぐ上で、特別永住者は入国拒否せず2週間の自主隔離をし、一般の永住者はそもそも入国させないという、異なる扱いをすることが合理的であるとは、到底いえないでしょう。一般の永住者についても、入国させた上で何らかの隔離措置をとれば十分なはずです。

そのように考えれば、14条違反は比較的強い主張といえるかもしれません。

条約上の権利に関する問題点(自国に戻る権利)

日本国内の議論においては見落とされることの多い条約ですが、憲法学において憲法優位説条約優位説といった議論があるように、実は、法規範のヒエラルキーの中において、条約は少なくとも憲法に次ぐ強さを有しています。

今回注目したいのは、日本も批准している国際人権規約(自由権規約)12条4項の「自国に戻る権利」です。自由権規約というのは、昔は「B規約」と呼ばれていたので、学校ではそのように教えられた方もいらっしゃるかもしれません。

国際人権規約
第十二条
4 何人も自国に戻る権利を恣意的に奪われない。

そして、この条項について、国連の自由権規約委員会一般的意見27で次のように述べています。(一般的意見については、日弁連が和訳したものが次のページで公開されています。  https://www.nichibenren.or.jp/activity/international/library/human_rights/liberty_general-comment.html )

第12条4項の用語(「何人も」)は、国民と外国人とを区別していない。従って、この権利を行使し得る人が誰かということは、「自国」*9 という語句の意味を如何に解釈するかにかかっている。「自国」の範囲は、「国籍国」の概念より広い。それは正式な意味での国籍、すなわち出生又は付与により取得した国籍に限られない。それは少なくとも、当該国に対して特別の関係又は請求権を有するが故に、単なる外国人と見なすことはできない個人を含む。このような例としては、ある国の国民が国際法に違反して国籍を剥奪された場合とか、個人の属する国籍国が他の国に併合され又は譲渡されたが、その国の国籍を付与されなかった場合がある。のみならず、第12条4項の用語によれば、それ以外の長期在留者が含まれるとの更に広い解釈が可能である。これら長期在留者には、在留国における国籍取得の権利を恣意的に剥奪された無国籍者も含まれるが、それに限られない。一定の状況下では、その他の要素が人と国との間の密接且つ永続的な関係を形成する場合があるので、締約国はその報告書の中に、永住者が在留国に戻る権利に関する情報を含めるべきである。

国連自由権規約委員会もあくまでひとつのアクターにすぎず、その解釈が絶対的なものではありませんが、その解釈によれば、日本に永住権を持つ者が日本に入国する権利は「自国に戻る権利」に含まれるものと考えることもできます

つまり、前述のようにたとえ入国の自由や再入国の自由が、外国籍者一般に認められないとしても、永住権者については、条約上の権利として(あるいは条約の前提たる自然権を憲法13条に読み込むことで)主張できる可能性があるのです。

以上の権利を侵害することの適切性(法律の留保、比例原則)

ここまで、憲法や条約を根拠に、上陸拒否をされた場合に侵害される権利について議論をしてきましたが、ここからはそれらの権利侵害が適切なものか、正当化されうるのかということを考えていきます。

なお、たとえ憲法等で具体的に以上のような権利が保障されていないとしても、「法律上保護すべき利益」(例えば、生活基盤を保持する利益等。人格的利益も含む)が存在する場合には、その利益も考慮して以下の議論をしていくことになります。

①法律の留保(出入国管理法の要件に適合しているか)

行政府を含む国が権利を侵害するには、法律の根拠が必要になります(法律の留保。侵害留保説)。

それでは、今回の上陸拒否の根拠は何なのでしょうか。

冒頭でも示しました、法務省のアナウンスによると、出入国管理法5条1項14号が根拠とのことです。

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出入国管理法5条1項14号は、次のような条文です。

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まず、その規定ぶりからして、1号〜13号までに当てはまらない場合のブランケットクローズ(包括的な規定)として設けられている規定だということが分かり、これを根拠とする以上は他に上陸拒否の根拠が見当たらないことが窺われます。

また、そこでは「法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」と書かれています。

「法務大臣において」の規定から、上陸拒否に関する法務大臣に裁量があることが読み取れますが、他方で、その法務大臣の裁量も無制限ではありません。「日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」という文言で、法務大臣の裁量が限定されているのです。

法務省のアナウンスによると、アメリカやEU圏等から日本に入国する者は全て一律に「日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に該当すると判断されることになります。

これは、果たして妥当でしょうか。そもそも全ての人に対して「相当の理由がある」とまではいえず、文言(要件)に当てはまらないように思いますし、その判断の過程においては、国ごとのCOVID-19の蔓延状況であったり、各人の検査の有無抗体の保有状況等、考慮されるべきことが考慮されておらず、いわゆる判断過程審査の観点からも違法性が窺われるのではないでしょうか。

なお、法務省は前記アナウンスにおける「特段の事情」がある場合に該当する事由として次のようなものをあげています(http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho06_00099.html)

○ 外国に居住する重篤な状態にある親族を見舞うため又は死亡した親族の葬儀に参列するために出国する必要があった。
○ 外国の医療機関での手術等の治療(その再検査を含む。)や出産のために出国する必要があった。
○ 外国の裁判所から証人等として出頭の要請を受け,出国する必要があった。

他方で、分離された家族と会う目的や、留学については「特段の事情」に当たらないものとされています。

②比例原則

処分の目的に比して、相手方が被る不利益が過大な場合、国が処分をすることは許されません。これがいわゆる比例原則で、厳密には(i)適合性、(ii)必要性、(iii)狭義の比例性(得られる公益と失われる利益との比較考量)の3点から比例原則を満たしているか考えていくことになります。

ここでは特に、日本に生活基盤がある外国籍者について考えてみます。

そのような人が、再入国できないことによって被る不利益は甚大といえます。そもそも、日本以外に生活基盤がない以上、滞在する場所もありませんし、仕事がなくお金も尽きてしまうかもしれません。長期の日本国外滞在に十分な保険等も入っていないでしょうから、体調が悪化しても病院に行くのが難しい場合もあるかもしれません。さらには、COVID-19が蔓延する中で、それから身を守るのに十分な環境を確保できるかも怪しくなります(生命の危険)。また、仕事をクビになってそれまで日本で築いてきたキャリアが失われたり、家賃を支払えず日本での生活基盤自体が脅かされることになるかもしれません。

他方で、上陸拒否による水際対策により、日本国内でのCOVID-19蔓延を防ぐのに一定の効果はあるかもしれませんが、しかしそれは、別に上陸拒否をせずとも、一度入国させた上で、特定の施設に強制的に隔離する等の方法によっても目的を達成できるものです。

以上のような状況を踏まえると、(ii)必要性や(iii)狭義の比例性の観点を満たさず、違法となるケースも多く出てきそうです(厳密に違法性を判断する際には、個別具体的な事情を踏まえて議論する必要があります)

もし違法な措置だとしたら、その財源は国民が負担

以上のような上陸拒否処分の違法性は、まずは処分の取消訴訟等で争われることになると思いますが(訴訟類型については処分性等の訴訟要件を考慮する別の議論が必要ですがここでは省略します)、そこで違法だということになれば、国家賠償請求訴訟も多く提起されることになるでしょう。その際の賠償範囲には、上陸拒否をしていた期間分の海外での滞在費や慰謝料等も含まれる可能性があり、国家賠償法に基づき、国は莫大な金額を支払わなければならないことになるかもしれません(ただし、相互補償主義に留意)。

そして、そのことは、日本に住む全ての人にとって他人事ではありません。国家賠償は、直接的には国がお金を支払いますが、その財源は税金です。つまり、すべての日本国民がその負担を負うことになるのです。

終わりに

私は、日本の資格を有する弁護士です。日本の法廷で代理人として訴訟を遂行することができます。普段は企業法務がメインですが、理不尽な出来事で涙を流す人の力になるべく、一般民事も刑事事件もやっています。

現状の一般的な見通しとしては、現在のような一律の上陸拒否の措置が、数年に渡って継続することはないでしょう。

しかし、COVID-19はいまだ終息せず、先行きの見えない状況であることに変わりはありません。

もし、帰国に際して再入国できず困ったことになったときは、私が力になることもできます。筋の通らない取り扱いによって、留学等の重要な事柄を諦めることは、とても悲しいことです。辛い思いをされる方が1人でも減りますように。

最後までお読みくださりありがとうございます! お求め頂いた価格分の価値はございましたか? それ以上の価値を提供できていたら嬉しいです