リモート合唱を作り続けたら上手いがゲシュタルト崩壊した話①

2022年初夏、深夜3時。私はPCの前で唖然としていた。
「うそだろ。めっちゃ楽じゃん」
前日に宅録した音源のマスタリングを進めれば進めるほど頭を抱えたくなる。
「合唱の編集ってこんなに簡単だったっけ…」
こんなに不便なものが、こんな自由度の低いものが、こんなにたやすく完成度を出してしまう事が、どこか許せなくもあった。

私が音響エンジニアとしてコロナの足音を最初に聞いたのは、2020年の都立大グリー定演を収録した後、レセプションが中止になった時だった。
「本番もいいけど、酔った勢いでみんなが歌うのが最高に上手いからさ、この団。楽しみにしてたんだけどねえ」アシスタントと話しながら帰ったその日から先、私が現場でマイクを立てる事はなくなった。

打ち上げの中止は、またたく間に演奏会そのものの中止へ。
本番はキャンセルされ、代わりに、私に届く音響関連の依頼は、ほぼ全てがリモートで行われる合唱やボーカル収録の編集となった。

コロナ前から、動画や音源を作成するニーズというのは一定量ある。
それまで私が担当させてもらった合唱録音の多くは、「記録」や「記念」としての意味合いのものが大部分だった。本体はあくまで演奏会で、その「ついで」だ。
音源自体を聴かせる目的の収録も、もちろんあった。しかし動画サイトでのアピールを強く行う団体は、全体からするとまだまだ少数派。
「演奏はフィードバックとリテイクでこそ上手くなる」という信念のもと、スタジオ式の録音をアマチュアに提供する私としてはさびしい所だが、日本でも世界でも、一般合唱において、まだまだ発表の主体は演奏会だった。

だがそこにコロナが到来して状況が一変する。人との接近を避ける状況で、合唱団の全てが、メインの発表の場である「演奏会」を失うことになる。こうして、多くの団体で初めて、生演奏ではなく「動画を見てもらう」こと自体をメインとした収録がされる様になった。
多数の団体が、はじめて「動画そのものの出来」を求めた制作をしたのがコロナ初期だったと言ってもいいのかも知れない。

・リモートで行われる集団演奏の模索

コロナ初期には、大きく2パターンのリモート演奏が提案されていた。
ひとつはインターネット同期によるリアルタイム合唱。お互いオンラインで、ZOOM会議をする時などと同じ様に一緒に歌う。この頃、この方式で実験的に大編成合唱を形にしている例が紹介されていた。高速回線の環境やテンポがゆっくりの曲など、条件を絞れば成立は不可能ではなかったが、通信のラグや音質等、回線による制約を許容する必要があった。

もう一つが、個人それぞれが収録した音源を回収し、ミックスして合唱(合奏)の形にするもの。演奏の重要なファクターである一体感は得られないものの、回線に関する制約がない分ハードルが低く、一般的に演奏されている曲であれば理論上同じ様に再現する事が可能になる。

この双方がTLで提唱された瞬間、前者のやり方は厳しいだろうな、と思った。以前試してみた事があるが、私の持っている普通の回線では、音楽やリズムを要する同時通信などとても出来ないレベルだった。数拍程度余裕でズレる。高速通信が実現するにしても、タイムラグが「減る」に過ぎず、無くなる訳では無い。やるなら後者、個人録音&MIXの方だ。

2020年の4月上旬、サブカル合唱界隈でにわかにリモート合唱についての話題が持ち上がった。
「みんな別々で歌ってMIXしたら合唱って出来るのかな?」
リモートで録られた音源をミックスして合唱化?どう考えても私の土俵である。
このチャンスを逃すわけにはいかない。

どうにかして実証実験をして、テストケースを成立させよう。
何か曲を決めて、パート別に何人かに歌を歌ってもらって提出してもらい、こちらでミックスしてみるのが一番いい。
ただ、なんの曲を誰に頼もうか。

実験だから、できるだけ簡単な曲がいい。カデンツでも良いけど、もう少しくらい複雑な、練習曲・愛唱曲の類がレベル感としては丁度いいか。

歌い手に関しては、どのくらい形になるかもわからない関係上、出来ればそこそこ正確に歌える団体。少人数でいい。一般向けの実験だから機材環境はそこまで本格的である必要はない。しいて言えば録音とアップロード、拡張子の指定に戸惑わないくらいデバイスに強い人たちで…出来るだけ早く結果がほしいから、話を振ったら軽くノってくる機動性の高い所が条件かな。品行方正さは求めない。

ああ、近くにちょうどいいのが居たわ。

続く


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