【小説】媒介 その四

このベランダからは見えない死角に移動したのか?
部屋に入って目を移したコーヒーカップからは湯気が消えていた。
そして、カップの下に乱雑に置かれた書類が仕事のことを思い出させる。
そんな無言の圧力に目を背け、足は居間の方へ向かっていた。
もう音に頼ることはできない。
自分の勘? 
一番クリエイターとしては大事にしてきたつもりだが、ちょっと意外なところで試されるとは。
もう一つの窓から外をのぞいてみる。
ここなら広範囲に目が行き届くぞ、と期待に目を輝かせている心は少年のそれ。
息を呑むなんてことは日常あまりないが、たしかに息を呑んだ。
見覚えのある後ろ姿と、それに寄りそう男が坂を下っていく。
耳を澄ますが子供の泣き声は聞こえない。
ん? 男が何か話しかけている?
子供の反応は?
そもそも泣いていた子供なのか?
振り向け! 
どんな顔で、どんな気持ちなんだ!
表現してくれ!
声を大げさにあげてもいい!
漫画なら空をびゅーと飛んで肩を掴んでいる頃、男は苦虫を噛み締めていた。
ああ…。
見えなくなる…。
助けてやる!
青春漫画のように玄関へ駆け出した!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?