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聴き語りtr.4:Prince「Illusion, Coma, Pimp & Circumstance」('04) - J-ROCKの理外・ファンクのペダルトーン

曲を聴いてひたすら語るシリーズ、トラック 4。


前段

Prince。その存在感や功績は理解しつつも、ミスチル・スピッツといったJ-POP和音族から出発してロックに向かったリスナー(自分)にとって、その音楽はクエスチョンマークだらけでした。もちろん「Purple Rain」はスタジアムアンセム、「Raspberry Barrett」などはポップスとして受け止められた。が、ファンク方面の楽曲。自分の耳、J-POP/J-ROCKの美学には存在しない回路と音楽観から楽曲が形作られているように聴こえました。意味が分からないというより、「何をもって評価してんの?」くらいの価値観の断絶※1。

ゆえにそこに線が繋がって得たものは非常に大きく、今となっては最も愛するミュージシャンのひとりなのですが。

今回はそんなPrinceからいぶし銀な1曲を取りあげつつ、自分が覚えた衝撃を少し書きだします。

売上的には若干低迷※2していたPrinceが、もう一度メインストリームへとその姿を現した快作2004年リリース『Musichology』収録の楽曲です。80年代作の存在感には譲りますが、2000年以降の作品の中では代表作のひとつです。

タイトルが面白いですよね。ミュージコロジー。音楽学とでも訳しますか。アルバムの内容は、「こんな良いものがあるんだよ」と"古き良き"R&B/SOUL/FUNKをもう一度現代に鳴らして見せる、大作というより小粋な、歴史へのリスペクトに富む一作でした。が、そんな中に異物が1曲存在するんですね。


楽曲について

今回とりあげるのはコレ。アルバムでも異質な楽曲であり、実に奇妙なシンセフレーズを片手に始まる、語り部Princeによるシニカルな「This is the story of illusion, coma, pimp and circumstance」(幻惑と昏睡、女たらしと境遇に関する物語)


■クールすぎるファンク・ギターオブリの数々

この曲の魅力はいくつかありますが、何といってもまずはギターです。噺家の扇子のように楽曲にアクセントを加えるファンキーなギターオブリの左右ツインハーモニー!

間奏とアウトロではギターが主役となりますが、「ギターソロ」と呼べるようなフレーズは一切なく、ファンクのカッティング・オブリフレーズと"間"だけで聴かしきる。これがロック耳には新鮮でした。「Purple Rain」や「Let's Go Crazy」のように"弾きまくる"ソロもお手の物なPrinceですが、「休符を弾く」とはこの事と言わんばかりの本曲のプレイセンスにもまた唸ります。激渋。

たぶん同じ感動を覚えたひとによるギタープレイ動画があったので挙げましょう。カッケェ~。


■シニカルなテーマによる「何とも言えない」雰囲気

さて、タイトルの「幻惑と昏睡、女たらしと境遇に関する物語」とは何だって話ですが、自身とレコード会社の確執を寓話風に歌ったものだと思います。
→歌詞解説サイトリンク

そんなドロドロな物語は「グッドソング」とか「エモい」、朝まで踊ろうぜな「パーティファンク」の雰囲気は似合いません。そこでこんな何とも言えない雰囲気の、クールな(醒めた)楽曲が生まれました。楽曲テーマ的に一般的な「グッド」の音楽表現に向かわないのが面白いと思うんです。ホラーゲームのサントラを作る際、あえて不協和音を採用するのと似た、普段近づかない音楽の領域へ踏みこんでいる感じ。


そして、この「何とも言えない雰囲気」に一役買っているのが、最初に書いた実に奇妙なシンセフレーズ」です。ここでいったん話を音楽用語に飛ばしましょう。



謎のシンセフレーズを解釈する

「ペダルトーン」という音楽用語・作曲技法があります。これは楽器によって意味合いが違う面倒な言葉ですが、ギター出身の自分は「変化していく和音の中で、変わらず同じ音を鳴らし続ける」、その音・鳴らし方をそう呼ぶと認識しています。

この記事では便宜上、「ペダルトーン」を更にすこし拡大解釈して、「リフ」のような反復フレーズも含むものとして書きます。整理すると以下です。

①. 単体ではコード(和音)をあまり感じられない「反復フレーズ」がある
②. ①が反復するなかで、他のパートがコード進行を展開する

上記①②が揃った時の、①の反復フレーズも(この記事では)「ペダルトーン」と呼ぶ。

ピンときづらいので具体的に曲をみていきましょう。


■ロック・ポップス的なペダルトーン

自分に馴染みあるもので。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『君の街まで』。45秒くらいから曲が始まります。①クリーントーンのアルペジオの「反復フレーズ」=「ペダルトーン」に対して、②ベースラインとバッキングのギターが和音を彩っていく(コード進行を展開する)のが感じられると思います。


SUPERCAR『Strobolights』。①印象的なシンセの「反復フレーズ」=「ペダルトーン」に対して、1:20秒ごろから主に②ベースラインによってコード進行を展開していきます。「…is True Heart!!」の号令とともに動き出すのがとてもドラマチックです。

くるり『ばらの花』もですね。これは複雑にテンションノーツを織り重ねた楽曲ですが、例えばあのキーボードフレーズを「ペダルトーン」と見ます。

・・・・・・・・・・

自分が指したい部分が伝わっていると良いのですが、つまり何が言いたいかというと。こうした楽曲を刷り込んできた自分のようなリスナーにとって、印象的な(和音未満の)反復フレーズ = ペダルトーンが来ること、それは次にコード進行が展開し・ペダルトーンを基調に楽曲の色彩が美しく移りゆく予感なのです。まさしくSUPERCAR『Strobolights』のように。


■Prince(ファンク)的なペダルトーン?

長い前書きでした。その観念を覆されたのがPrinceの本曲という訳です。改めて聴きましょう。

なにを言いたかったか伝わったでしょうか。最初に書いた「実に奇妙なシンセフレーズ」、開幕から歌に並走する「ペンッ・ペンッ・ペンッ・ペンッ・ペンペン」、コイツです。これを「ペダルトーンだ」と自分の脳は捉えようとし、そして挫折するんです。このシンセフレーズ、音階になおすとこうなっています。

下から「レ#、ミ、ファ」、半音・半音・半音の3連。(西洋)音楽の基本はドレミファソラシド。ミファ・シドのように半音の2連はあっても、半音の3連なんて和音上はない。この楽曲はKey = Amなので、D#は明確にコードの響きを邪魔している。つまり本曲のペダルトーンは和音を濁す存在なんです。楽曲を美しく彩るような存在じゃない。そんなのもあるのか……。

実際ボーカルメロディともぶつかりまくってて、普通消すか直す音程をしている。だけどこの和音を濁すシンセフレーズは、まったくもってミステリーですが本当に楽曲の雰囲気を決定づけています。試しにシンセフレーズを抜いて、ギターでコードをつけた参考バージョンを作ってみました。
★原曲のボーカルだけを抜き出して自分がギターを足したもので、もちろんオフィシャルのデモ音源ではありません。これは本当に「こんな感じになるんだ」って参考までに聴いてもらえれば※3。

コードとメロディだけだと4畳半フォークとかに近いのが分かります。これなら「何とも言えない雰囲気」なんて形容する必要もないでしょう。

でもそれがこの、濁すペダルトーンとヒップホップのリズム、Princeの音感覚が加わることによって、「何ともいえない雰囲気」、クールな響きに鳴らし替えられている!!(と素人ながら解釈してみる!!)

そこにPrinceの才を見た、自分の耳を拡張された(表現の奥深さを感じた)、というのが今回の記事なのでした。


末尾

締めに入って。

これは想像ですが、このシンセフレーズは、和音上の役割を持つペダルトーンではなく、リズム的な役割を担うパーカッションの存在として盛られたんだと思います。ある種のボンゴ的な。でもそれが上手い具合にトーンにも面白い響きをもたらしたもんで、Princeはニヤッと笑い、こんなキャッチーな楽曲が並ぶ『Musicology』の2曲目に我が物顔で置いたんじゃないかな……なんて。

本楽曲はコード的にもまさしく「何とも言えない」雰囲気の曲です。たぶんファン人気もそこまで高くはないし、大名曲とまでは自分も判を押しません。でもコレ、"味"の詰まった楽曲じゃねぇかと。Princeも自信満々でアルバムに並べたんじゃないかな?と。そんなことを思うのでした。改めてアルバムのアートワークーー殿下のご尊顔で締めましょう。

音楽学。

ううむ、殿下の背中はかくも遠し。

今回はここまで。


注釈・補足など

※1. 最も愛する存在となってしまった今では記憶に遠いですが、J-Pop/Rock出身リスナーとしてPrinceのファンクを始めて聴いた時の印象を挙げるなら……和音進行は?サビは?みんなで声掛け合ってるだけやないか。なんでそんな繰り返すの?なにその音色?この音響??……みたいな。この全てを満たす「Le Grind」が今では大好きです。

※2. もちろんセールス的な意味であって、『Rainbow Children』('02)は疑いようなく最高傑作のひとつです。

※3. ボーカルリムーバーで声を分離させてギターを被せています。


前回の記事はこちら。



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