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2021 to 2022

2021年も終わりが近い。毎年、年の瀬には1年間を振り返っているので、今年も2021年を振り返る。昨年に書いたものは以下。

気がつけば5年も同じ会社にいた

数年で転職が当たり前の時代、同僚も数年で別の会社に移って様々な経験をしたり、同い年の人たちが起業をしたり、チャレンジしている。この時代において、同じ会社に5年もいることについて、何も考えないことなんてない。

いつまでいるべきか。そう考える度に見返すnoteがある。それが「覚悟をもって組織に居続ける人」だ。何かを背負う覚悟があるのか。これが会社員と経営者の間にある覚悟の差なのではないかと思う。業績が悪くなったら転職すればいいや、環境が良くないの自分の責任ではない、きっと誰かがプロダクトを成長させてくれるだろう。そう考えることは決して悪くない。むしろ健全だと思う。しかしながら、会社員だったとしても、この覚悟を持って臨めるか否かを続けることが自分にとってプラスに働くと思った。というか、悟った。

スタートアップに社員数一桁の時にジョインして、5年間、成長をし続け、社員数が3桁にいくという経験は誰もができるわけではないし、それ自体が価値だとは全く思わない。むしろ、自分の力でここまでこれたなんて1ミリも思えないので、不甲斐ないとさえ思う。だけど、それを経験したからこそ、自分が担うべき責務があると考えている。

5年前、何も分からずに社会人になった時から比べれば、少なからず能力は向上していると思う。今思えば、もっと上手くできたことなんて沢山あったはずだ。経験をさせてもらった分、培ったものをすべて賭けて挑み続けなければならない。

思えば、自分が成し遂げたいことは「素晴らしいプロダクトを創ること」であって、そのためのスキルの研鑽や経験であって、それ自体が目的ではない。常に長期視点に立って、自分が成し遂げたいことから逆算した時に最も不確実で振れ幅が大きいことに賭けつづけなれば、小さい成功で終わってしまう。

生活に必要なサービスドメインにおいて、その中でも買い物 ~ 料理という日常生活に必要不可欠な行動の中でプロダクト開発に向き合ってきた。5年間向き合い続けて、ようやく課題の輪郭が見えてきた程度だ。本当に、このドメインにある課題をプロダクトの力で解決するには10年あっても足りないのではないかと思う。だからこそ、このドメインに向き合うことがどんどん面白くなってきているのだと思う。

数年で転職が当たり前の時代に、何かを突き詰められる胆力があることは決して悪いことではないし、この逆張りがユニークな価値なのではないかと信じて来年も挑戦していく。

仕事をするとは何か

今年のアドベントカレンダー企画の中で、以下のnoteを書いた。

めちゃくちゃ長くて読むのが大変だが、個人的には様々な項目について勢いだけではなく、ちゃんと"考えて"言語化できたと思っている。

今年を振り返っても順風満帆なことなんて一切なくて、前半は特に苦しかった。仕事をしていく中で、急激にストレスがかかったり、憂鬱な日や胸が苦しくなった日もある。でも、諦めるという選択はなかった。諦める選択肢が全くなかったからこそ、どうすればこの状況が好転し、みんなが笑顔になれるのだろうかとひたすら考えては行動していた。結局のところ、皆が思ったようにプロダクトが成長し続けて、個人の成長も伴って、チームが前に進んでいる感覚を醸成できるかが重要だ。それは、数字的なものだけではなく、経営層も巻き込んだモメンタムを作れるかどうかだったと思う。

まだ、この1年間が正解であったのかなんてわからないし、これから先もわからないのだと思う。しかしながら、この期間の中で、仕事をするとは何かということを強く意識できた。むしろ、今までが勢いだけで物事を解釈し、振る舞ってきてしまっていたと思う。

これまでの自分はプロダクトマネジメントやヒューマンマネジメントはセンスだと思っていたが、紛れもなく技術だと理解した。それは、理論と実践の先に身に付くものであり、一気に前が明るくなった。

僕が任されているのは新規事業の成功で、既存事業においてはちょっと性質が異なるのかもしれないが、経営層や部署間を巻き込みながら仕事を進めていく上ではここには書ききれないほどの理論が存在する。

今年は特に学び多かった。もっと具体的にいうと、今まで感覚でやってきたものがロジカルに説明できるようになり、それぞれの点が線でつながったと解釈できる。こればかりは、今までの自分が無知だったとかではなくて、自分なりに足りないことを常に学んできたつもりではあるが、今年になってなぜか理論がついてきたのだと考えている。

仕事とは詰まる所、目標設定と成果を出すことの繰り返しだと思う。まず、最も重要なことの一つが正しい目標を設定すること。プロダクトマネジメントでいうところの「何を」という部分で、これがズレてしまっていると成果もズレるということに繋がる。この目標は、評価者や関係各所が納得いくものに設定しつつ、コンセンサスを明確に取る必要がある。これを感覚でやったり、フワッとしたまま進めてしまうと事故が起きてしまう。これはどのフェーズのプロダクトにおいても当てはまって、むしろ目標設定こそがプロダクトの成功の再現性を高めると言っても過言ではない。これは社長でも例外ではなく、投資を受けているスタートアップならば投資家との間で目標 (と言わず、期待値と言うかもしれない) が設定されるはず。自己資本だったり、自分だけで開発している週末開発でさえも目標をどこに設定するかを見誤ると再現性は一気に低くなると考えている。目標とは、何が成果とみなすのかと置き換えることもできて、成果を正しく評価する軸になる。僕は今まで、アウトプットを全力で出すということをやってきたのだと思う。この目標を正しく設定することを蔑ろにしてしまったからこそ、途中からアウトプットは量を出すが、成果にはつながらないという状態になってしまっていた。これでは、誰も幸せにならない。そして、目標がもしも間違ってしまっていた時も、四半期が終わる段階において、自分たちは何がしたかったのだろうかという振り返りになってしまう。目標が正しく設定された時のチームの推進力は非常に強い。フォーカスできていればするほど強力になっていく。目標を正しく理解し、分解可能な単位に落とすこと、そして目標のコンセンサスを正しく取ることを理解し、徹底したからこそ、成果に繋がるチームができてきたのだと考えている。これがわかったことは自分の仕事人生の中でも非常に大きい一年だった。 

全ては役割なんだ

この1年間で、チームのマネージャーや大規模プロダクトのプロダクトマネージャー、エンジニアとしてコードを書いたり、新規事業の事業計画に携わったり、新しい部署の立ち上げでマネージャーをしたりと、様々なことがあった。そして、これまでもエンジニアとしてジョインしてから、チームのマネージャーやプロダクトマネージャー、本当に0からの新規事業立ち上げ、時には部署の部長もやっていたこともある。

1年間で何度も役割が変わってきたからこそ、CEOですればただの役割で、素晴らしいプロダクトをチームで創っていくために必要な役割をチーム全員で適材適所で担っているだけ、という考えが染み付いた。これが自分のこれからの仕事人生の中でも大きいと思う。どうしても最初にマネージャーを任された時とかは、役割ではなく役職だと思ってしまったり、自分の能力が全く変わってなくて、ただ単に必要だった時に適任者がいなくて自分に回ってきただけなのに調子に乗ってしまったりして大きな挫折をしたりした。組織は生き物であって、素晴らしいプロダクトを創るための全部が役割であるからこそ、役割に拘っていてはどこかで歪みが出てしまうように思う。

役割にこだわることがなく、自分が今何をすべきかを考えて、最も成果を出せる役割に変化していくことを意識すること。非常に重要なことを学ぶことができた。

常に未来から逆算する

今年の最大の学びの一つに「不確実性とは何か」を自分なりに理解できたことだと思う。詳しくは上記のnoteに言語化した。常に読み返そうと思うほど尊い考えだと思う。

プロダクトマネジメントにおいて、勝率を高めるために短期的な視点で物事を考えて判断してしまうと、勝率は高いけれど、結果として少しばかりの成長しか描けない。常に、長期視点に立って物事を捉えて、不確実性が大きい、つまり振れ幅が大きいことを狙っていく。このアプローチは不確実性が高いため、大きく失敗する可能性もあるが、成功した時のリターンもその分大きくなる。この不確実性が高いがでかい未来をどう逆算していけるかが偉大なプロダクトを再現性高く創っていく方法なのではないかと考えるようになった。

不確実性が高いことは、よくわからないものに挑んでいくことではなく、アンテナを常に高く張り、少しでもわかることがあれば、少しずつ軌道修正を行い、大きくなりそうな光が見えたら全速力で突き抜ける。これはスタートアップが既存を破壊していくプロセスを指している。様々な概念が示していることは実はシンプルであると僕は考えている。

不確実性を恐れ、勝率の奴隷になってしまうと、未来にはコモディティ化の罠にハマってしまう。そして、プロダクトを創っていくチームはエンジニアやデザイナだけではない。セールスやマーケティング、そして採用なども含めて、最適化が走ってしまい、徐々に動きが取れなくなってしまう。これは組織を作っていく上では仕方がなく、正しく運用するためのプロセスだと思う。つまり、最初に描いた大きさでしか、プロダクトは大きくならないという性質を持っていると思う。ということは、最初から小さな成功、勝率を意識してしまうと小さく終わってしまうというのが僕が考えついた現時点での考えである。

しかしながら、そんな単純な話ではない。プロダクトや組織、その在り方は生き物だ。生き物ということは進化も退化もする。僕たち人間がここまで文明を築けたのは破壊的な変革を起こしてきたからだと思う。NETFLIXも最初はTSUTAYAみたいなDVDを貸すという事業から、コンテンツの定額配信へと変革していった。そこに必要だったのは、圧倒的に強いカルチャーだった。つまり、もしも勝率の罠にハマってしまっても強いカルチャーを築けていれば、痛みを伴いつつも偉大なプロダクトを創ることは後からでも可能だということを示している。まだ僕の中でカルチャーがなんなのか、どうすれば素晴らしいカルチャーを作っていけるのかまで言語化できていない。

2022年は、現時点では新しいプロダクトを率いる役割を担っている。素晴らしいカルチャーを築き、偉大なプロダクトを創ることに何度でもチャレンジできるチームを創ること。これが僕が2022年に成し遂げたい、たった一つのことだ。

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