『大奥』最終巻を読んで高ぶりに高ぶった感情をひたすらにぶつける

よしながふみさんの『大奥』が終わると聞いて、心臓がぎゅっと掴まれるような気がした。

わかってはいたのだ、ずっと前から。だって何と言っても『大奥』だもの。徳川幕府は十五代で終わるのだ。それ以上続きっこない。

でも、この作品が終わってしまうということが今とてもさみしい。


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よしながふみさんの漫画は昔から大好きだった。最初に読んだのは『西洋骨董洋菓子店』で、当時の私にはちょっとオトナすぎる内容に衝撃を受けたのをよく覚えている。たしか小学校高学年くらいだったか、ドギマギしながらも「これはすごいまんがだ…!」と思い何度も繰り返し読んだ。成長するにつれ手放す漫画が増えていく中でも大事に持ち続けた作品のひとつだ。

そんな私だが『大奥』は、読むのに少し躊躇があった。第一に、日本史にちっとも明るくない自分にはちょっと難しいんじゃなかろうかと思ったこと。第二に、結構がっつりめのBLなのではというイメージがあったこと。第三に、試し読みした数ページに描かれていた“赤面疱瘡”の様子が怖すぎたこと。我ながらしょうもないったらない。が、案外同じような理由でこの作品を遠ざけている人は少なくないのではないか。

第一の懸念点は、ある意味的を射ている。『大奥』は紛うことなき歴史モノだ。素人目でもわかる史実に忠実な描写、巻末にぎっしり挙げられた参考文献。ただし、いわゆる「歴史的場面」が描かれるばかりではないところがこの作品の素敵なところで、たとえば時代時代の美しい装いだったり、江戸の人たちと動物(ペット)との関係性だったりがすごくリアルに描かれていて、「歴史」に少し抵抗がある私のような人間にも相当にとっつきやすくなっている。あとはなんといっても食べ物!よしなが先生の描く食べ物はいつだってめちゃくちゃうまそうだけれども『大奥』でもそれは変わらず。鰻が江戸っ子に広まっていくところとか、ページから匂いがしそうだもんなあ。

第二の懸念点は完全なる認識相違だった。この作品は「BL」ではない。たしかに作品中には同性同士(男性同士、女性同士)の恋愛関係がいくつが登場するが、それをもってこの作品を「BL」と区分するのはちょっと乱暴すぎるだろう。いやそもそも「BL」とは何かという話を始めてしまったらもう議論噴出、百人百通りの答えがあるやんけという感じなので立ち入らないでおくが、よしなが先生のいわゆる「BL」作品とは毛色が違うのは間違いないと思う。

第三の懸念点は、まあ仕方ないのかな…なんなら何度読んでも”赤面疱瘡”の描写は怖いもの…。しかしそこも、この漫画において非常に重要な要素なのだと思う。この病気を心から恐ろしいと感じた上で読み進めないと話が成り立たない。だからこそわかりやすく恐ろしい画で表現されているんだと思う。


超大作なこの作品の中で、好きなシーンは数えきれないほどあるのだが、一番を挙げろと言われたら即答できる。第7巻202ページのやりとりだ。

「世が世ならそなたが将軍で私がそなたに仕えていたかもしれぬと言う事だ」
「悪いご冗談でござります」

前者のせりふは第八代将軍吉宗公のもの、後者は部下のもの。なおご存知の通り、この作品は「男女逆転大奥」なので吉宗公は女性、部下は男性である。きわめて冷静に事実を認識する吉宗公に対し、「そんなことはあり得ない」と目を伏せる男性部下の対比が、小さなコマではあるのだけれども強烈に印象に残る。トップに立ち人民を率いるのが男性なのか女性なのかは、「世が世なら」で簡単に変わってしまうものなのかもしれないと頭を殴られたような感覚に陥った。そしてそのことは、凡庸な人間には見えていない。聡い人間、ほんとうに能力のあるひとには見えていることなのかもしれないということにも気づかされた瞬間だった。

なおこのシーンが描かれたのは10年以上前のことだが、今の私たちはたった1つの感染症が世界をどこまで変えてしまうのかを身をもって知っている。男性にのみ症状が発生する感染症が爆発的に流行してしまったら?という問いは、いまやそんなに非現実的なものではない。私たちが「当たり前」と感じている、女性のあり方、男性のあり方、そもそもそういったくくりでものごとを考えるというモノサシそのものだって、案外たやすく塗り替えられてしまうのかもしれない。

『大奥』はまちがいなく素晴らしいエンタメ作品で、難しいこと抜きに楽しめる作品だ。だけれども、その中には確実によしなが先生の強い思想が織り込まれていると思う。この作品の中では何度も「その人が持つ能力が、不当なハードルで阻害されることなくのびのびと発揮できるように」という思いが繰り返されている。男でも女でも、どんな仕事をしていてもどんな家柄でも、ハーフでも病があっても。今「マイノリティ」だと思っているものだって実は簡単に変わってしまう可能性を孕んでいるのだ。誰もが自分の持てる力を存分に振るうことができる、そんな世を実現したい。そう思って奔走するたくさんのキャラクターたちが頭をよぎる。

でも悲しいかな、その夢はなかなか実現しない。最後まで実現しなかったと言って差し支えないだろう。ただし、ほんの一時でも垣間見えた瞬間は何度かあった。そして最終巻、大奥最後の花見の宴は本当に夢みたいに美しかった。和宮さまの、家茂公を心に思いながらの笑顔を見ると、家茂公だけでなくこれまで大奥で過ごしたたくさんの人々のことが次々と思い出された。「最後までこの作品を読み続けてよかった」と、ものすごくおこがましいけれどそんな気持ちに、なった。


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もしまだこの作品を読んでいないという人がいたら、ぜひ読んでみてほしい。途中まで読んでいたけど最近読めてないな~っていう人がいたら、ぜひ再度戻ってみてほしい。全19巻、1冊あたりの価格もページ数もジャンプコミックスに比べるとなかなかにボリューミーだけど、どうかひるまず手に取ってみてほしい。映画もとってもよかったけれど、あの映画以降のストーリーもめちゃくちゃすごいから。そして何より「漫画」という表現方法だからこその魅力が半端ないから。

なお、こんなに偉そうに長々と語っておきながらビジュアルファンブックはまだ手に入れられていない。近場の本屋さんに取り扱いがなかったのだ。でもその分楽しみが長く続くと思うことにする。美しいカラーイラストやよしなが先生のメッセージにお目にかかれるまで、少しずつ読み返していくことにしよう。

さて、どこから読んでいこうかな。



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