唯一の得意料理

料理が苦手だ。

一人暮らしが長かったので、「生きていく上で必要最低限」程度の料理はできる。だけどいつまでたっても味付けのセンスはないし、包丁づかいも下手くそ。出来上がった料理は、まずくはないけどうまくもない、そんな仕上がりばかりである。

そんなわたしだが、唯一得意料理と胸を張れるものがある。

卵焼きだ。


あなたの思う「卵焼き」は、甘いですか塩辛いですか。わたしは断然塩辛い派です。

だしを入れたりはせず、シンプルに塩オンリー。卵の層が見えるくらいきっちりと巻かれたそれが我が家の卵焼き。伝授してもらったのは小学生の頃だったか、母方の祖母の家でのことだった。

少し緊張しながら、使い込まれた銅製のフライパンを持つ。卵焼き専用の、長方形のアレだ。

おばあちゃん曰く「卵焼きのコツはとにかく油をしっかり使うこと」。思っているよりたっぷりめの油をフライパンに敷き、卵液を流し込む。

ふつふつと大きな気泡が出来てきたら潰しながら火を通す。端っこの方が加熱され固まってきたら、いよいよ「巻き」だ。

フライパンの自分より遠いほうから手前がわへ、くるり、ぱたん、と巻いていく。卵がフライパンにこびりついてしまいそうなもんだが、油をしっかり使っていれば大丈夫。特におばあちゃんちのフライパンは不思議なくらい卵がきれいに巻けた。きっと長い長い間使い込まれて、フライパンのすみずみに油が染み渡ってるんだと思った。

手前がわまで巻き終えたら、卵焼きの赤ちゃんのようなものが完成する。それをフライパンの反対の辺までぐっと持っていって、2回目の「巻き」へ突入だ。卵液を流し込み、今巻き終えた「卵焼きの赤ちゃん」の下へも卵液を行き渡らす。ある程度火を通して、再度フライパンの遠いほうから手前がわへ、くるり、ぱたん、と巻いていく。これを用意した卵液がなくなるまで繰り返し、卵焼きの完成だ。

おばあちゃんにアドバイスをもらいながら、卵を巻いていった。何度か失敗しながらも、綺麗に巻けた卵焼きを包丁で切ってみると、ちゃんと縞模様が見えて嬉しかった。そして何よりびっくりしたのが、焼きたての卵焼きのおいしさ!お弁当に入ったつめたい卵焼きしか食べたことがなくて、もちろんそれはそれでおいしいんだけど、焼きたてアツアツの卵焼きはぜんぜん違う食べ物だった。ちょっぴりお醤油を垂らして火傷に気をつけながら頬張る卵焼きは、それだけでとんでもないごちそうだった。



さてあれから20年以上が経ちました。

剥げかけたテフロンのフライパンでこびりついた卵をこそげながら作る卵焼きは、あの時ほど美味しくはないかもしれないが、それでもまあまあな出来だと自負している。

ごまやわかめを混ぜ込んで食感を楽しめるようにしたり、明太マヨを加えて味に変化を出したりしながらお弁当の具材のレギュラーメンバーとして活躍する卵焼き。大人になってからは晩酌のお供としても超優秀だ。白だしなんかを加えてふっくらと仕上げ、お弁当用よりは大きく切り分ける。居酒屋で大人数で頼むと一切れしか食べられないがおうちでのひとり飲みならぜーんぶわたしのもの。心ゆくまで卵を味わってビールで流し込む。この世の楽園である。

料理上手な祖母は、会うたびに料理をする上でのポイントを教えてくれる。「夜寝る前に煮干しを鍋に放り込んどけば、朝にはいい出汁が出とるよ」「味付けの最後、どうにも決まらないなと思った時は塩をひとつまみだけ加えるんよ。料理はお塩よ」…おばあちゃん、朝から味噌汁は作れないし料理の味付けはついついクックドゥに頼っちゃってるよ。本当に不甲斐ない孫で申し訳ない。

でも卵焼きだけは、おばあちゃんの教えを活かしながらしょっちゅう作っている。とりあえず今は、これで許してほしい。おばあちゃんは苦笑いするかもしれないが、料理が苦手なわたしに「得意料理」と言えるものができただけでも御の字ということで。

さあ、今日も卵を焼こうかな。

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