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奥出雲の農業遺産について

こんにちは!今回は奥出雲町の農業遺産についてご紹介します!

農業遺産(農業システム)の名称

日本語名「たたら製鉄から持続可能な農業へ 奥出雲の農村開発システム」
English Name " From Traditional Ironmaking to Sustainable Agriculture: The Rural Development System of the Okuizumo Area "

※奥出雲町が世界農業遺産の認定をめざし、2021年10月に国際連合食糧農業機関(FAO)に提出した申請書の名称です。

奥出雲の農業システムの特徴

 かつて地域の一大産業であった「たたら」と呼ばれる伝統的製鉄と農業とを結びつけ、製鉄の原料となる砂鉄を採取した鉱山跡地を計画的に耕地に造成することで、土地資源が限られた山間部において農業生産力の向上を図り、かつ主作物の米に他の農産物を組み合わせた複合的な農業を通じて安定した食料と生計の確保を実現し、持続可能な農業を営んでいるシステムです。

たたら写真
写真:文化財保護のため、現在でも奥出雲の地において「たたら製鉄」の操業が続けられています
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写真:鉱山跡地の耕地と循環利用される森林により、持続可能な農業が営まれる奥出雲地域の景観

奥出雲の農業システムの歴史

鉄づくりの発展

 奥出雲では、遅くとも8世紀から砂鉄を利用した製鉄が行われてきました。次第に製鉄が盛んになるとともに砂鉄の需要も高まり、遅くとも17世紀には大量に砂鉄を採取するため「鉄穴流かんなながし」と呼ばれる技術が生まれました。この技術は、山麓を切り崩し、水流によって比重差を利用して効率的に砂鉄を選別するものです。そして、「鉄穴流し」は水が欠かせない技術であるため、中国山地の谷の河川から採掘面まで水路を築いて水を導くとともに、水量を安定して確保するため、数多くのため池も築かれました。

鉄穴流し
写真:砂鉄を含む風化花崗岩の山を採掘し、切り崩した土砂を水流に流す
鉄穴流し
写真:切り崩した土砂は水路を流れ、選鉱場で比重を利用して砂鉄と他の土砂に分離される

たたら製鉄の営みを農業開発に応用

 奥出雲は、山間地のため農地が少なく、また、冬季の積雪のため、農業が行える期間が限られました。一方では、たたら製鉄が盛んになるとともに労働者の食料需要も増加し、農業生産を増やす必要がありました。こうした状況の中で、奥出雲の先人は、砂鉄を採取した鉱山跡地と、鉄採取後の土砂で下流側を埋め立てた土地を、次第に耕地として利用するようになっていきました。そして、砂鉄や木炭といった、たたら製鉄に必要な物資の運搬を担った牛馬の排泄物を再利用して肥料にすることで土づくりを行い、また、砂鉄採掘のために築いた水路やため池を水田用の灌漑施設に転用することで、砂鉄鉱山跡地に肥沃な水田を生み出していきました。さらに、たたら製鉄は、燃料として大量の木炭を必要としました。そのため、奥出雲では持続的に製鉄を行う必要から森林を伐り尽くさないよう独自のルールを定め、循環的な木材資源利用を行ってきました。
 砂鉄鉱山跡地に農地を造成する知識が発達した結果、遅くとも18世紀になると、砂鉄の採掘前から、あらかじめ採掘跡地の農地造成を念頭に置いた開発を行うようになり、農地造成と砂鉄採掘を一体的に行うようになりました。つまり、鉱工業と農業を積極的に組み合わせた総合的な農村開発システムへ発達していったのです。

鉄穴耕地2
写真:砂鉄鉱山跡地での農地造成を示す歴史史料
鉄穴耕地分布図2
図:砂鉄採取によって造成又は改良された耕地の分布図(出典:国土交通省データおよび農林水産省筆ポリゴンデータを基に奥出雲町農業遺産推進協議会が作成)
鉄穴耕地分布と地質4
図:砂鉄採取によって開発又は改良された耕地と地質の関係図。砂鉄採取に関連した耕地の多くが花崗岩や花崗閃緑岩地帯に分布している。(出典:国土交通省データおよび農林水産省筆ポリゴンデータ、産業技術総合研究所地質調査総合センターデータを基に奥出雲町農業遺産推進協議会が作成)

たたら製鉄から持続可能な農業へ

 20世紀になると、国外から安価な鉄が輸入されるとともに、国内でも西洋の技術を導入した石炭を蒸し焼きにしたコークスを燃料とする高炉の操業が始まり、当地域での製鉄業は衰退しました。しかし、たたら製鉄が生み出した農地と知識システムは貴重な財産として継承され、持続可能な農業と暮らしを実現することで、地域産業の主軸を製鉄業から農業へと転換してきました。現在の奥出雲の農地は、多くが長年にわたる砂鉄鉱山跡地での農地開発に由来します。また、森林は、循環利用の知識を受け継ぐことで、木炭生産からシイタケ栽培の原木供給林へと役目を変えました。そして、森林の保全を通じて水田の水源涵養機能と生物多様性を維持しています。
 現在の奥出雲の主要農産品である「仁多米」「ソバ」「奥出雲和牛」「シイタケ」は、いずれも、たたら製鉄の歴史によって育まれたもので、持続可能な農業を行いながら高品質な農産物が生産されています。

循環
図:資源の循環によって生み出される奥出雲の農産物

持続可能な農業と文化、景観、生物多様性

 「たたら製鉄」を起源とする総合的な農村開発の結果、奥出雲では、水田、ソバなどを栽培する畑地、森林を骨格とし、それらの周囲に、水路やため池などの水辺と、畦畔などの草地が散りばめられたモザイク状の多様な土地利用が形成され、希少な動植物に多様な生息地を提供しています。そして、森林はソバなどの農作物の生産に欠かすことのできない訪花昆虫に生息地を提供することで、持続的な農業生産に大きく寄与するとともに、祝いの日にソバを食べる文化の保全にも貢献しています。また、砂鉄鉱山跡地を造成した耕地には、神を祀る祠や墓地といった信仰の対象を削らずに残した「鉄穴残丘」と呼ばれる小山が点在しており、精神文化を守りながら鉱山・耕地を開発してきた歴史を伝える独特な景観や文化が残されています。

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図:鉱山跡地の耕地開発とランドスケープの特徴

世界への貢献

 鉱山開発による自然環境や社会環境への影響は国際的に問題となっています。そのような中で、奥出雲は、鉱山開発と農業開発を計画的に進め、たたら製鉄が生み出した知識システムを活かして持続可能な農業を形成することで発展してきました。つまり、鉱山跡地の環境修復を伝統的に行ってきた結果、現在においても高い農業生産性を維持している世界的にも稀有な地域であると言えます。
 世界で急速に進む生物多様性の損失を止めるためには、原生的な自然の保護だけでなく、人間の営みにより長い年月にわたって維持されてきた二次的自然地域において、自然資源の持続可能な利用を実現することが必要です。鉱工業地帯に持続可能な二次的自然地域「里地里山」を形成してきた奥出雲の知恵は、国際的な取り組みである「持続可能な開発目標(SDGs)」や「SATOYAMA イニシアティブ」などの達成にも貢献すると言えます。

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