メタバース 徹底してわかるまで その23

 

メタバース最終章

全員が観客だ


"テクノロジーは、誰も予想しないような驚きを頻繁に生み出す。しかし、最も大きく、最も幻想的な開発は、しばしば数十年前に予測されるものである。" 
 
Ball はこの言葉を本書の最初に述べている。彼が注目したのはヴァネヴァー・ブッシュである。彼はアナログではあるが、複雑な計算をおこなう機械をつくることが可能であるとのインスピレーションを持った。そしてその複雑な計算ができれば多くのことを予測する事が出来る不思議な能力を発揮できると考えた。この能力をつかえば、政府が重要な役割をこなせるだろうと予測した。
 
コンピュータの将来を予言した論文でインタラクション技術の研究者としてしられるブッシュが構想したMemexが発表されたのは第二次世界大戦の直後であった。これは単なる想像の機械では無く、ブッシュが技術者として構築可能だと確信を持っていた機械であった。ユーザーが要求するあらゆるコンテンツを物理的に保存し、ユーザーがそれに接続するとその情報を提供するものである。今日巨大なクラウドサーバーに接続をして無数のユーザーが検索をするiPhoneは、まさにブッシュのMemexが実現したものである。
 
SFの世界はブッシュの描いた未来よりも一見したところ、先に行っているようにおもえる。『2001年宇宙の旅』でスタンレー・キューブリックは、人類が宇宙を植民地化し、感覚を持った人工知能が出現している未来を映画いている。だが、そこにはMemexはない。iPadのような小型のディスプレイは朝食を食べながらテレビを見るくらいにしか使われず、映画の中の電話はまだ鈍重でコードが必要である。ニール・スティーブンソンの『スノー・クラッシュ』は、何十年にもわたるサーバースペースの研究開発プロジェクトにインスピレーションを与え、今では地球上で最も強力な企業の多くを導いているといわれる。しかし、スティーブンソンは、メタバースはゲームから生まれるとは考えていなかった。メタバースはテレビ業界から生まれると考えていた。『スノウ・クラッシュ』では人々は通りのバーに行く。いまはゲーム内で人々は集まっている、とスティーブンソンは驚いている。
 
さて、BallがMetaverseで描いた未来ではリアルタイムでレンダリングされた3Dの仮想世界が中心となる。これをIVWP(Integrated Virtual World Platform)と呼んでいる。また5Gさらには6Gの登場で、ネットワークの帯域幅、遅延、信頼性はすべて改善されると予言する。GPUの登場でコンピューティングパワーが増大し、より高い同時実行性、より高い持続性、より高度なシミュレーション、そしてまったく新しい体験が可能になるとする。実際量子コンピューティングの開発の進展は華々しく、ハードウェアからソフトウェアへと開発の重心が動いている。
 
メタバース世界がいま我々の経験している世界と大きく変わるわけではない。水平および垂直に統合された一握りの企業がメタバース経済のかなりの割合を支配していくだろうとBallは言う。規制当局はこれらの企業に対してより厳しい監視の目を向ける。ただし、メタバースにおける主要なカテゴリー・リーダーの一部は、現在私たちが知っているリーダーとは異なっている可能性がある。またメタバース経済の発展に不可欠な相互運用性は、ゆっくりと達成されていく。こうして生まれてくる様々な仮想世界と統合された仮想世界プラットフォームは、現実の世界経済の場合と同様に、データやユーザーの交換に異なるアプローチを取りながら、ゆっくりと少しずつオープンへと向かっていく。
 
           税金、関税、手数料、複数のIDシステム、ウォレット、仮想ストレージ・ロッカーなどがオープン化に向けて必要となる。ここでブロックチェーンがどのような役割を果たしていくことになる。Ballはここを断言していないが、2022年現在のブロックチェーンアプリケーションの開発の動向をみると、この流れは止まらないと筆者は思う。
 
否定的な見方は、金融におけるブロックチェーンのアプリケーションに多くの人の注目があつまったためだ。たしかに2021年から2022年初頭にかけて、ブロックチェーンは高騰を続け、主流の開発者や才能ある創業者、数百億ドルのベンチャーキャピタル、および機関投資家を惹きつけた。たしかに将来的には大きな可能性があるとおもわれる。しかし、どれだけの収益を生み出すかは依然として不確実なまま、私たちは現在の誇大広告に踊らされる段階を終えて、次のフェーズに向かっている。そのときに、次の3つの要因が重要になるとBallは述べる。それは
1)どのようなメタバース体験がいつ可能になるか
2)主要な技術的障壁を明確にして、克服する活動は何か、
3)技術的障壁を克服したとして企業が「メタバースで」構築すべきものを正確に把握するまでにどれくらい時間がかかるか、
の三点である。
 
ではどうするかと、Ballは議論を進める。iPhoneの展開をみると、参考になるのではないか。2007年から2013年までに発売された最初のiPhoneを思い出してみると、AppleのOSは非常にskeuomorphicスキューモーフィックであった。
 
スケオモーフィズム(Skeuomorphism)とは、表現されたものを現実世界のものに似せて作るというデザインコンセプトである。この方法はユーザーインターフェース(UI)やウェブデザイン、建築、陶磁器、インテリアデザインなど、多くのデザイン分野で一般的に用いられている。スケオモーフィズムに対抗するデザインの考えはフラットデザインである。
 
スキューモーフィズム(Skeuomorphism)とは現実世界に対応させたオブジェクトをデザインして表示したり、現実世界でのユーザー同士の対話方法を模倣してデザインされたインターフェース・オブジェクトのことである。我々が見慣れている例としてはデスクトップにあるゴミ箱がよく知られている例としては、ファイルを捨てるときに使われるごみ箱がスキューモーフィズムにほってデザインされたアイコンである。この方法はユーザーが認識している概念を用いることで、インターフェースオブジェクトを親しみやすいものすると言われている。
 
この考えは生態心理学者のJames Gibsonが提唱する "アフォーダンス "から持ちこまれたものである。アフォーダンスとは、物体や環境の他の特徴が静物に与える行動可能性の情報のことである。アフォーダンスの例としてよく挙げられるのは、ドアの取っ手や押しボタンで、これらは回転させたり押したりできることを物理的なデザインで情報としてユーザーに伝えている。デジタル世界に存在するデザインではあるが、自然の世界で私たちがモノに対して抱く自然な解釈と一致する。
 
AppleのモバイルOSであるiOSの初期バージョンでは、ユーザーインターフェース全体にスキューモーフィズムが多用されていた。(例:光沢のある「本物」のボタンに似たボタン、白枠の写真が実際の写真のように見える、など)。iOSのスキューモーフィズムは、タッチベースのスマートフォンを使ったことがない人が直感的に使える理由の一部であると言われていた。
 
さて、ここからデザイン論の問題に展開するといろいろと解ることがでてくるので、Ballの本を離れて、ニック・バビッチ(Nick Babich)のエッセイを少し紹介しておきたい。
 
はUXアーキテクトであり、ライターです。過去10年間、ソフトウェア業界で研究開発に特化した仕事をしてきました。広告、心理学、映画など、興味の対象は無数にある。
https://xd.adobe.com/ideas/principles/web-design/flat-vs-material-skeuomorphic-examples/
 
この論文は
Flat vs. Material vs. Skeuomorphic Design Examples 
と題されている。
 
スキューモーフィズム
スキューモーフィズムという言葉は、ギリシャ語の「skeuos(容器や道具の意)」と「morphḈ(形の意)」に由来している。プロダクトデザインでは、スキューモーフィズムを、オブジェクト、アイコン、ボタンが現実世界の対応するものを模倣するUIデザインに用いられるテクニックと定義している。先に述べたゴミ箱アイコンがわかりやすい例だ。
 
スキューモーフィズムをデザインの方法として採用する理由の一つは、これがヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)の向上に役立つと言われているからである。1980年代、パソコンがほとんどの人にとって新しい概念だったころ、これは重要なことであった。Appleは、ユーザーにとって見慣れた要素やアイコンを作ることで、学習曲線を最小限に抑えようとした。スティーブ・ジョブズは、スキューモーフィズムがテクノロジーをより使いやすくすると考え、これを好んで採用したのである。
 
下記はスーザン・ケアが制作したApple Macintoshのオリジナル・スキューモフィック・アイコンの例である。懐かしい人も多いのではないか。

 
画像クレジット Shane Bzdok via Flickr.
 
スキューモーフィズムの第二の波は、2000年代の最初の10年間の終わりに登場した。モバイル機器の台頭により、デザイナーはこれらの新しい機器の操作方法をユーザーに理解してもらうために、再びスキューモーフィズムを使うことを余儀なくされたのだ。2008年当時、多くのユーザーにとってタッチスクリーンのコンセプトは新鮮だったため、デザイナーはユーザーが現実世界での経験を参照できるようなUI要素を作成した。たとえば、Apple iOS 6のカメラアプリのアイコンは、ドロップシャドウ、深度、テクスチャなどの3D効果により、現実のカメラに似せて作られている。


ipadyoupad

 
デザイナーは、アイコンのような小さな要素だけでなく、UIの背景のような大きな要素にも、スキューモーフィックデザインを使用した。

Apple iOS 6では、3Dの棚と木の質感を持つ、本物の本棚のようなスキューモーフィックな本棚が使われている。

ところが2011年にスティーブ・ジョブズが亡くなってから数年後、Appleはスキューモーフィズムを放棄する。それにはいくつかの大きな理由があった。
 
1)2010年代半ばまでに、ほとんどのユーザーはすでにインターフェースの使い方を習得しており、それを手助けする実世界の要素を必要としなくなった。
2)スキューモーフィズムは、レスポンスに優れないため、デザインの拡張が難しかった。純粋に装飾的な要素を多用するため、さまざまな画面や解像度に適応させるのが非常に難しくなる。各サイズ/解像度に対応したビジュアルデザインの詳細を作成する必要があった。
3)スキューモーフィズムはリソースを大量に消費するので、読み込み時間が長くなり、消費する帯域幅も大きくなる。
 
このデザイン原則の変更によってスキューモーフィズムは死んだとおもわれていたが、2020年、AppleはBig Surと呼ばれるmacOSのデザインにスキューモーフィズムの要素を復活させた。
 
下の画面では、OSのコントロールセンター、特にディスプレイとサウンドのコントロールに注目してもらいたい。ディスプレイの輝度バーには、輝度調整のための重い影など、スキューモーフィズムの小さなディテールが使われている。

画像出典Apple

 

もう一つの注目すべき例は、Big Surのアイコンだ。下のスクリーンショットに見られるように、Apple MailとApple Messagesのデザインで、スキューモーフィズムデザインのアイコンが復活している。
 


フラットデザイン


スキューモーフィズムト対立するデザイン原則にフラットデザインがある。
2006年、Microsoftは「Zune」という音楽プレーヤーを発表した。このプレーヤーはAppleのiPodと競合するはずだったが、Microsoftはこの戦いに敗れた。しかし、このプレーヤーは、フラット・ウェブデザインという新しい概念を世界に紹介した。
 
Zuneを作るために、デザイナーはMicrosoft Metroと呼ばれる新しいビジュアル言語を作り出しました。Metroは、スキューモーフィズムとはまったく逆のものでした。ミニマリズムを核に、純粋に装飾的な要素をすべて取り除き、純粋に実用的なデザインにすることが、この言語の背後にある目標だったのである。Metroは、デジタル製品におけるフラットデザインの最初の事例のひとつで、MicrosoftはWindows 8を含む多くの製品でこの言語を使用した。
 
Windows 8のビジュアルデザインは、Metro言語をベースにしている。




  
これにより、立体的な要素を一切排除したフラットデザインの流れが確立した。現実世界を模倣しようとする様式的なディテールを一切排除しているのだ。フラットデザインには以下のような特徴がある。
 
1)2Dの要素
2)シンプルなタイポグラフィー
3)ミニマリズム
4)大胆な色使い
 
ユーザーがデジタルのパターンやインタラクションに慣れ親しむようになり、現実世界の要素を模倣した不要なビジュアル要素を導入する必要がなくなったため、フラットデザインの方針が登場した。しかし、フラットデザインには大きな欠点がある。フラットデザインは、デジタルなインタラクションに慣れ親しんだユーザーには最適だが、デジタルなインタラクションにあまり慣れていないユーザーにとっては、直感的な言語ではないので使いにくいのだ。
 
フラットな美学は視覚的なデザインの詳細をすべて削ぎ落としてしまうため、最終的なデザインは視覚的な記号性が弱くなってしまう。この問題を解決するために、デザイン界ではフラット2.0を開発した。フラットデザインのなめらかでミニマルな特徴をすべて具現化したビジュアルスタイルだが、3Dに少し近づいたデザインになっている。例えば、微妙な影やグラデーションだけを導入し、UXを向上させている。現在ではFlat 2.0は多くのアプリケーションで使われている。
 
たとえばAdobeのデザインシステム「Spectrum」である。
 

 
 
マテリアルデザイン
 
さて、2014年にGoogleは「Material Design」という独自の言語を発表した。このデザインシステムは、フラット2.0をよりバランスよく解釈したもので、現実世界とデジタル世界を融合させようとするものだ。「マテリアル」という言葉は、現実世界のオブジェクトの特性に似たデジタルオブジェクトを暗示している。
 


Material Designをつかうことで、異なるAndroidデバイス上での見え方を統一することができた。現在マテリアルデザインは、この作業を容易にする一連のガイドラインとしてうまく機能している。マテリアルデザインの他の例としてはYouTubeがある。
 
デザイン方針の視点からマテリアルUIを説明すると、ほとんどフラットな要素を使いながら、微妙な3Dタッチを加えることである。この3Dタッによってデザイナーは多次元的な体験を生み出す事が出来る。
 

マテリアルデザインのシャドウを使用したUIボタンの例。

 Material Designでは物理演算も導入されている。Material Designの原則は、現実世界での物事の仕組みを模倣しつつ、それを徹底的に簡略化することである。Material Designは、リアルさを、私たちの脳をインターフェイスの仕組みに慣れさせるためのツールとしてのみ使用しているという。 以上、すこしデザイン論に寄り道をしたが、続けたい。Appleがスキューモーフィックデザインを利用していたiOS6の時代には、今日の消費者向けデジタル製品のリーディングカンパニーが数多く誕生している。Instagram、Snap、Slackといった企業は、IPを使用して固定電話(Skype)やテキスト(BlackBerry Messenger)に電話をかける古いユースケースを破棄して、デジタルコミュニケーションのあり方のみならず、コミュニケーションの方法、理由、そしてその内容についても再構築した。Spotifyは、インターネット上でラジオを再放送する(Broadcast.com)のでもなく、インターネット専用のラジオ(Pandora)を作るのでもなく、我々が音楽にアクセスし発見する方法を変えた。 以上の流れをみると、「メタバース・アプリ」のインターフェイス・インタラクションデザインはどの方向に向かっていくか予想は難しい。例えば、ビデオ会議が3D表現されていて、会社の役員室のシミュレーションとなっているのでいいのだろうか?Netflixだがバーチャルシアターの中にある、だけでいいのか。こうした問題意識をもってユースケースとテクノロジーのすりあわせをデザインで行うプロセスが始まったとき、メタバースは始めて、生活にとって重要な意味を持ち、空想的なビジョンではなく、より現実的なものになって行くと思われる。 メタバースの開発は、批評と同時に、失望と幻滅をもたらす。1995年、米国の天文学者であり、米国エネルギー省ローレンス・バークレー国立研究所のシステム管理者であったクリフォード・ストールは、「シリコン・スネーク・オイル」を書いた。 Silicon Snake Oil: Second Thoughts on the Information Highway Library Binding – October 1, 2008English Edition  by Clifford Stoll (著)

 


この本の出版に際して、彼は『ニューズウィーク』誌の社説で、「20年間オンラインを利用してきて、私は当惑している。この最もトレンディで売られすぎたコミュニティには、不安を感じる。ビジョナリーたちは、在宅勤務の労働者、インタラクティブな図書館、マルチメディア教室の未来を見ている。電子タウンミーティングやヴァーチャルコミュニティの話もある。商業やビジネスは、オフィスやモールからネットワークやモデムに移行するだろう。そして、デジタル・ネットワークの自由は、政府をより民主的にするだろう。ばかばかしい。インターネットは、編集されていないデータの大きな海であり、完全であるかのように見せかけることはできない」

2000年12月、Daily Mailは「Internet 'May Just Be a Passing Fad as Millions Give Up on It'」という見出しのニュースを掲載した。ドットコムクラッシュが始まった直後の記事であり、ナスダックの株価は40%近く下落しさらに、残ったものも半分になっていった。NASDAQがドットコム時代の高値に戻るまでその後、12年かかった。この本が出版された2022年現在、ナスダックはその時の高値の3倍以上になっていた。ストールの批判は、まだ発表されていないメタバース批判のように読める。
 
先駆者であっても、未来を予測することは難しい。コンピューティングとネットワーキングの過去2つの時代を考えてみよう。インターネットを熱烈に信じる人々でさえ、何百万というウェブサーバーに何十億というウェブページが存在し、1日あたり3千億の電子メールが送信され、1日あたり何十億というユーザーがいて、1つのネットワーク、Facebookが月間30億以上、1日あたり20億ものユーザーをカウントするという未来を想像できていたわけではない。2007年1月に初代iPhoneを発表したとき、スティーブ・ジョブズはこれを革命的な製品だと表現した。もちろん、彼の言うとおりだった。しかし、この初代iPhoneにはApp Storeもなければ、サードパーティの開発者に作らせる計画もなかった。なぜか?ジョブズは開発者たちに、「SafariのフルエンジンがiPhoneの中に入っているんだ。といったと言う。

しかし、iPhoneが発表されてから10ヶ月、発売されてから4ヶ月後の2007年10月、ジョブズは考えを改めた。2008年3月にSDKが発表され、同年7月にApp Storeがリリースされた。1カ月も経たないうちに、約100万人のiPhoneユーザーがダウンロードしたアプリの数は、4000万人以上のiTunesユーザーがダウンロードした楽曲の数の30%にも及んだ。その後、ジョブズはウォール・ストリート・ジャーナル紙にこう語っている。「現実は予測をはるかに超えており、我々はこの驚くべき現象を見守るしかない。」
 
メタバースの軌跡は、大まかには同じようなものになるだろう。技術的なブレークスルーが起こるたびに、消費者、開発者、起業家が反応する。やがて、携帯電話、タッチスクリーン、ビデオゲームなど、些細に見えるものが不可欠となり、予測されたもの、あるいは考えもしなかった方法で世界を変えることになったように世界を変えてしまうのである。
 
 (完)


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