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誓います?【短編小説】

結婚式を前日に控えた日、僕と彼女は監禁された。

住宅街を歩いている途中、ワゴン車がいきなり横付けして車内から謎の覆面男数人が飛び出してきた。僕らをワゴン車に押し込み、二人とも手首を縛られ、目隠しをされ、どこかへ連れて行かれた。

目隠しを外された。
空き家らしい。
2階の部屋。
窓の外から、鬱蒼とした木々の葉が見える。
口を覆われた布も取られた。

「ヨイショっ」
と、僕達の目隠しを外した痩せ細った兄ちゃんが壁にもたれかかった。

沈黙。
静寂。

僕と彼女、そして、その痩せた兄ちゃんがスマホを眺めていた。
僕は彼女と、目を合わせた。
彼女は怯えきった表情で僕を見て、小声で、
「なんなの?」
と言った。
僕は首を振り、
「わからない」
と、小声で返した。

「あの!」
僕が呼びかけると、スマホを眺めていた痩せた兄ちゃんがこちらに顔を向ける。
なに? みたいな他人事の表情。

「縄を解いてくれませんか?」
「たぶん、ダメ」

たぶん?
「たぶん、とは?」
「よくわからないし」
「よくわからない?」
痩せた兄ちゃんは、うんうん、と頷いた。

僕と彼女は顔を見合わせた。

「あの、僕らはなんで縛られているのですか?」
痩せた男は首を傾げた。

これは、知らないかも、ホントに。
「……」
例えば、彼は闇バイトとか?
ここで何時間か見張りして、いくらみたいな。
なぜ、どうして、なんの為とかは、一切知らされず、見張り、幾らの契約。

「見張りのバイト?」
痩せた男は、とくに警戒もせず頷いた。
「いくらですか?」
「半日5万」
「デカイですね」
痩せた男は、ウンウンと頷いた。

「私たち、明日結婚式なんです」
と、彼女が言った。
「あ、おめでとうございます」
「逃してくれません?」
「いやあ、お金もらってるし」
「六万では?」
と、提案してみた。
「まあ、分かるけど、バイトの面接のとき個人情報押さえられてんだよね」
「なるほど」

そりゃそうか。
しばしの沈黙。
天気は良い。
窓の外の木々の葉が風に揺れる。
木漏れ日も揺れる。
こんな静寂は久々な気がする。
彼女を見る。
少し眠そう。

「普段はなにやってるんですか?」
とりあえず痩せた兄ちゃんに話しかける。
「ん? や、続かないんすよ」
「仕事が?」
「そう。なんかやりたくもないことやってる時間もったいなくてさ」
「やりたいことはあるんですか?」
「やりたいことってかさ、ああ、今日は幸せな日だったなとか思いたいじゃん」
「ええ」
「それだよね。お金なのかな? とか、友達とかかな? とか、誰かに感謝さらたらいいのかな? とか、んなことウダウダ考えてると、なんも続かないんだよね」
「闇バイトはまずくない? 捕まっちゃうかもしれないし」
「まあね、でも、求人とか見るとさ、いやこれ無理って、なんか憂鬱になる仕事ばかりでさ、見張りで五万とか、ちょっと簡単だし、スマホで漫画読んでりゃ終わるし」
「なるほど」
「でも、そうやって楽なことばっか考えてると、きっと取り返しがつかなくなるよ」
と、彼女が言った。

「取り返し? そうね、うん、わかんないんだよね」
「わかんない?」
「色々言うじゃん? 真面目にとか、敬うとか、でも、お金をもらうってのはさ、気持ちを誘導して、相手から利益を得ることでしょ? それって、騙してるみたいで、悪いことみたいじゃない?」
「そんなことないよ」
「そんなことない? 好きでもないやつに従順とか? 嘘つきじゃない?」
「たぶん、そんなことない」
「そんなことないかなぁ、でも、いや、こういうバイトなんか後ろめたいのはあるんすよ」
「それ大事!」
と、彼女がかぶせた。
「でも、悪いやつはいっぱいいて、でバレるまでは幅きかせて、バレない場合もあれば、バレても開き直る人もいれば、なんつーか、わかんないんだよね」
「わからない?」
と、僕は聞いた。
「わからない。けど、あなた達、二人は結婚するんだったら、幸せになってほしいとは思うよ」
「ありがとうございます」
と、僕は素直にお礼を言った。
「うん、別に誰かを不幸にしたいなんて考えてないんすよ」
「そうなんだ」
「うん、わかんないだけ」

本当にわからないんだろう。
僕もわからない。で、この境界線はなんなのかを考える。

「二人はなんで結婚するの?」
「え? 好きだから」
と、僕が言うと、
「好きだから」
と、彼女も言った。

「好きってなに?」
好きってなに?

「楽しいのよ」
と、彼女が言い、
「心が楽しいと幸せな気分になる」
と、僕も言った。

「ほう」
と、痩せた男が僕らを眺めた。

「俺はどうしたら楽しくなれんのかね」
「まずは、なんか嫌だなってのを止めたよ、わたしは」
と、彼女が言った。
「悪口とか、嘘つきと絶交とか、食べ過ぎとか、お酒は2杯までとか、10時以降のアイスと、寝る前のTik Tokとか」
「結構あるね」
と、痩せた兄ちゃんが始めて笑った。

「二人は愛を誓うの? 先のことなんかわからないのに」

「誓います」
「誓います」

「ほほぅ、誓われた。なんかちょっとウキウキするな」

そう言うと、痩せた兄ちゃんは立ち上がり、僕達の縄を解いた。

「え?」

そして、
「俺を縛って、で逃げて」
と、自分を縛るように言った。

「お姉さんが言ったちょっと、なんか嫌だなってのを止めるの試してみるよ」
「え、ありがとう、大丈夫?」
「所詮、バイトだから捕まっても、それはそれでさ」
「一緒にバックレようよ」
と、彼女が言った。
痩せた兄ちゃんは、首を横に振り、
「結婚おめでとう」
と言った。


僕と彼女は空き家を出た。
そんな物騒なことがあったのに、その後はとくになにも起こらなかった。
世の中のことは本当にわからない。
先のこともわからない。

あの日の翌日、僕達は無事結婚式を行った。
「誓います」
「誓います」






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